読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Not so open-minded that our brains drop out.

科学とニセ科学について書くブログ

ホメオパシー助産師が提訴された件について

ホメオパシー

ある女児の死亡をめぐる訴訟が読売新聞の記事で取り上げられた。

 山口市助産師(43)が、出産を担当した同市の女児に、厚生労働省が指針で与えるよう促しているビタミンKを与えず、代わりに「自然治癒力を促す」という錠剤を与え、この女児は生後2か月で死亡していたことが分かった。
助産師は自然療法の普及に取り組む団体に所属しており、錠剤はこの団体が推奨するものだった。母親(33)は助産師を相手取り、約5640万円の損害賠償訴訟を山口地裁に起こした。

(中略)

 助産師が所属する団体は「自らの力で治癒に導く自然療法」をうたい、錠剤について「植物や鉱物などを希釈した液体を小さな砂糖の玉にしみこませたもの。適合すれば自然治癒力が揺り動かされ、体が良い方向へと向かう」と説明している。日本助産師会(東京)によると、助産師はビタミンKを投与しなかったことを認めているという。助産師は読売新聞の取材に対し、「今回のことは何も話せない。今は助産師の活動を自粛している」としている。

(引用元:http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20100709-OYT1T00173.htm 太字による強調は引用者による。)


太字にした部分から、この助産師が生まれて間もない女児に施したのがホメオパシーであることは明らかだ。ホメオパシーとは、後で説明するように事実上効果がないただの呪術・偽医療である。今回の読売の記事を読む限りでは、本来投与されるべき乳児の病気を防ぐビタミンKのシロップをこの助産師が与えず、代わりにホメオパシーの錠剤(レメディと呼ばれる。)を与えていたために、病気が予防できず結果として女児が亡くなってしまったということらしい*1助産師のホメオパシーに対する信仰が女児が正当な医療を受ける機会を奪ってしまった形だ。

ホメオパシーとは何か

今回の報道で初めてホメオパシーの存在を知った人もいるかもしれない*2。そこで、もう耳タコの方もいるとは思うが、改めてホメオパシーが何なのか説明しておこう。

ホメオパシーは19世紀にハーネマンというドイツ人医師が発明した治療法である。その方法は病気の症状と似た症状を引き起こす物質を薄めて患者に与えるというものだ。つまり、毒を持って毒を制するに近い考えであり、例えば熱病の患者には発熱を引き起こす物質を与えればいいということになる。これだけ聞くとなんだか効きそうな気がするが早合点してはいけない。ここでいう「薄める」という操作は、1 mlの物質を99mlの水で加えて混合・振盪し、それをまた1mlとって99mlの水と混ぜる、、、、というような具合に100倍に薄める操作を30回繰り返すのだ。つまり、10の60乗倍に薄めたことになり、最後には元の物質は一分子も含まれないことになってしまう*3。実際にはこうして"薄めた"溶液(実際には薄めすぎてただの水になってしまっている。)を砂糖玉に垂らしたものを患者に与える。この錠剤をレメディと呼んでいる。

このどう考えても効きそうがない治療法がその当時受け入れられたのには理由がある。第一に、当時は原子説・分子説が確立される以前だったこと、第二に、当時は他の医療のレベルは低く、ただの砂糖玉を与えるだけで無害だったホメオパシーは、有害ですらあった当時の他の医療よりは患者が助かりやすかったことが挙げられる。加えて、これは現代にも当てはまることでホメオパシーに限った話ではないのだが、人間は錯覚に陥りやすい存在であることも関係していると言えるだろう。例えば、自然に病気が治っただけでも、その前にレメディを飲んでいた場合には、そのおかげで病気が治ったと思いたくなるのが人間というものだ。

20世紀に入ると、ホメオパシーは科学的な観点から批判されるようになり、ホメオパシーを支持する人々も物質そのものではなくて物質のもつ情報がレメディーに移っていてそれが治療効果を持つ、という言い訳がましい説明がなされるようになった。しかし、複数の厳密に実施された臨床試験の解析*4によってホメオパシーのレメディが偽薬と同程度効果しか示さないことが証明され、ホメオパシーに治療効果がないという結論は揺るぎようがないもとのなっている。

女児の死亡はこの助産師個人だけの問題か?

現在明らかにされている情報を読む限りでは、助産師に問題があったと考えるのは妥当と思われる。しかしながら、ホメオパシー団体が日頃からどんな活動を行っていたのか知れば、これが個人の問題では済ますことはできないことが理解できるだろう。以下はロイヤル・アカデミー・オブ・ホメオパシー英国本校*5のウェブサイトに記載されているホメオパシー利用者の質問(引用の中略より前の部分)と「村上先生」の回答(中略)である。

質問ですが、現在妊娠中の子にソライナムをもらっているのですが、長女には与えなかったので、たとえば水で溶かして私と長女でとっても構わないのでしょうか?それと、出産後K2シロップを与えたくないので、そのレメディーももらったのですが、これはもし産院でK2シロップを与えなくても赤ちゃんに与えた方がいいのでしょうか?センターに問い合わせればいいのですが、どなたかの参考にもなればと思い質問させてもらいました。

(中略)

ご質問のソライナムの件ですが、できればホメオパスにかかっていただき、この子のタイミングで与えていただいたほうがいいと思います。それとK2シロップの件ですが、産院で与えなくてもいいのであればその代わりにそのレメディーを与えていただいてもかまいません。いずれの場合もレメディーをくださった方にご相談やサポートをしていただけるとご安心かと思います。

(引用元:http://www.rah-uk.com/case/wforum.cgi?no=1342&reno=no&oya=1342&mode=msgview&list=new 強調は引用者による。)


このホメオパシー団体の中で「先生」と呼ばれている人物が、ホメオパシーのレメディーがビタミンKを補充するためのK2シロップの代わりになると会員にアドバイスしているのだ。私は訴訟を起こされた助産師がこの団体の構成員であるという証拠を現時点でつかんでいないが、助産師がこの団体のメンバーであろうとなかろうと、このホメオパシー団体そのものがこの危険で誤った考えに汚染されていることが伺える。そうでなければどうしてこんなデマをウェブサイトに載せているのか*6

助産師会の責任

私が知っている範囲だけでも千葉市助産師会*7、兵庫県助産師会*8、神奈川県助産師会*9がホメオパシーのセミナーや講演会・研修会を開催している。さらには、日本助産学会でもホメオパシーのセミナーが開催されている*10

正しい知識を助産師に提供すべき助産師会が今までその責務を怠り、更に悪いことにホメオパシーという誤った"治療法"を広めるのに一役買っていたのだ。助産師会が何がしかの法的な責任をとる必要がある立場にあるとは思わないが、助産師会とホメオパシーのこれまでの関係を考えれば、助産師会が今後どのような態度でホメオパシーに臨んでいくのか注視していく必要があるだろう。

*1:飽くまで現時点での情報であり今後の報道や裁判の進行に伴い別の事実が明らかになってくるかもしれないことには注意しておく必要はある。

*2:読売の記事にはホメオパシーという言葉は載っていないのだが、この記事を通して砂糖玉を使った怪しげな"治療"が一部の人の間に広まっているということを初めて知った人もいるかもしれない。

*3:流派や状況によって希釈率は異なるがこの希釈率が標準とされる。

*4:A. Shang, et al. , The Lancet 366, 726 (2005).

*5:株式会社ホメオパシージャパンの関連団体である。

*6:おっと、いまさら削除しても証拠隠滅にはならない。ちゃんとバックアップをとってある。

*7:http://www.chibashi-mw.net/kensyu.html

*8:http://www.homoeopathy.co.jp/sinchyaku_new/index.cgi?index=1573

*9:http://www.homoeopathy.co.jp/event/ankeito_2007_11_19_kanagawa_midwife.htm

*10:http://www.homoeopathy.co.jp/event/ankeito_2008_3_16_kobe.html

広告を非表示にする