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科学とニセ科学について書くブログ

医療政策の中のホメオパシーとロビー活動。一方で警鐘も

以前のエントリーで指摘したように、長妻厚生労働相は国会の予算委員会でホメオパシーを含む統合医療の研究に厚生労働省として注力していくことを表明した。大臣の答弁で言及された「統合医療の省内でプロジェクトチーム」は統合医療プロジェクトチームとして実際に動き出しているようだ。

厚労省の統合医療プロジェクトチームと日本統合医療学会

統合医療プロジェクトチームの第一回資料では、「相補・代替医療の分類」という表の中にホメオパシーが挙がっている。「相補・代替医療」と「統合医療」という表現の違いこそあるが、長妻大臣の答弁に見られた統合医療にホメオパシーを含める考えは踏襲されていると見てよさそうだ。

相補・代替医療の分類

1)伝統医学
(1)中国医学
(2)漢方
(3)鍼・灸
(4)アーユルベーダ(インド)
(5)ユナニ(アラブ)
(6)チベットなどの地域伝統医学
(7)ホメオパシー
(8)自然療法

(引用元: http://www.mhlw.go.jp/shingi/2010/02/dl/s0205-17a.pdf)


ホメオパシー以外にも「4) 食事・ライフスタイル」の項で挙がってる「」、「6)その他」で挙がっている「(5)その他のエネルギー療法」など医療に含まれるのか自体が疑わしいものが挙がっていることには注意したほうがいいだろう。

そして、この資料の出所にも注目する必要がある。

「※米国、国立衛生研究所(NIH)作成を改変。(出典:日本統合医療学会統合医療に関する提言」)」

(引用元: http://www.mhlw.go.jp/shingi/2010/02/dl/s0205-17a.pdf)


この資料は日本統合医療学会が政府に提出した資料に基づいているらしい。

ホメオパシーと日本統合医療学会民主党

この団体の理事には、I.H.M.国際波動友の会*1のインストラクターであり日本ホメオパシー医学会専門医でもある東京女子医大の川嶋朗医師*2日本ホメオパシー医学会の理事長も勤める帯津良一医師が含まれており、日本統合医療学会がホメオパシー団体と密接な関係にあることが伺える*3

さらに、昨年の衆院選の投票日の5日前にはウェブサイトの「お知らせ」に

【2009/08/25】:

「急告」衆議院議員総選挙に向けて、民主党は、マニフェストを公表しているが、民主党医療政策(詳細版)において、「統合医療」の項目を掲出し、同党の今後の医療政策の主要課題の一つとして位置づけ、方針を記載、公表している。

(引用元:http://www.imj.or.jp/index01.html)


として民主党の医療政策についてのPDFをリンクしていたり、民主党鈴木寛参院議員*4土田博和参院議員(当時)に国際シンポジウムで挨拶させたり*5民主党とも親密な関係にあることを伺わせる。

日本統合医療学会による「提言」の中身は?

日本統合医療学会が政府に提出したらしい「統合医療に関する提言」の内容はどんなものなのか? なぜか私はその内容を日本統合医療学会のウェブサイトで発見できなかった。「お知らせ」でまめにPDFを公開している団体なのに妙である。

実は、私がこの資料を入手できたのはこの資料が日本医師会の定例記者会見の参考資料として公開されていたためだ。日本医師会は政府の統合医療政策に対して批判的な見解を表明しており、そのための材料として日本統合医療学会の「統合医療に関する提言」をアップしているのだ。*6

『カルト新聞』の取材によると、日本統合医療学会は要望書の公開にかなり消極的らしい。

 会見の後、広報担当者が、要望書をこれまで公表しなかった理由についてこう語っていました。

「以前、うちが作った書類が捏造されてバラ撒かれたことがあった。だから、直接会った人にしか資料を渡せなかったんです」

 ニセモノ文書がバラ撒かれるなら、なおのことホンモノを自分たちのサイトに掲載した方がいいと思うのですが。ましてや国の政策に影響を与える活動をしていながら、その具体的内容を国民に示さないのは、あまりに不誠実です。統合医療には「インフォームドコンセント」という概念はないのでしょうか。しかも、国民に情報を開示しない理由が「自己保身」だとなると、この団体にこのまま影響力を持たせておくことは非常に危険なのではないかと感じます。

(引用元: http://dailycult.blogspot.com/2010/03/41800.html )
*7


肝心の内容はというと、これもまたアレな内容だった。

この提言には「別府市にある九州大学先端医療センター(温研病院センター)を改築し、現臨床および研究施設を使用し、CAM施設を補強」し、敷地内に「ホメオパシー、健康食品」「エネルギー療法」などの施設を新設する等の具体的提案まで含まれている。現状では統合医療の有効性の立証が十分行われているとは言えないにも関わらず、いきなり具体的な治療法の名前まで挙げてハコモノの提案とはさすがに拙速すぎるように思う。ましてやホメオパシーに関して言えば、無効性が事実上証明されているというのに。

他には、「統合医療特別地区を設置し、臨床実証を行う。」という提案もあったが、普通の医療の臨床試験はそんな特区なしで行われているのに、どうして統合医療にだけ特区を設置する必要があるのかは資料を読んだだけではよく分からなかった。

この提言の問題点に関しては先述の日本医師会定例記者会見資料食品安全情報blogも参照していただきたい。

ホメオパシージャパン系団体の政府への働きかけ

ホメオパシージャパン系のホメオパシー統合医療専門校*8CHhomは政府の統合医療政策の報道には敏感に反応し、ウェブサイトに逐一「速報」として掲載している。*9。さらに、由井寅子自ら厚労省に「ホメオパシーに関する提言と説明資料」を提出したり*10、担当者に直接説明に赴いたり*11と国への働きかけも積極的に行われているようだ。
しかしながら、自分たちの提出した資料をプロジェクトチームの資料の下地に使わせ、国会議員を会議に招いたりしている日本統合医療学会に比べれば、その働きかけは一方通行に留まっているのが現状であり、政府への直接の影響力は比較的少ないのかもしれない。

一方で、ホメオパシーに警鐘を鳴らす声も

一方で厚労省にはホメオパシーを一つの懸念材料として指摘する意見も伝えられているようだ。

例えば、「予防接種に関する検討会」では、ホメオパシーを予防接種に対する抵抗の背景として指摘した上で教育の必要性を説く意見が出されている。

 ワクチンの意義に関する教育については、どうでしょうか。ヨーロッパでは、ホメオ
パシーや自然との調和といった観点からワクチンに抵抗を感じている人はかなりおられ
ます。このスイス人の親友もそのような一人です。
 しかし、先日、麻疹で亡くなった患者さんの写真などを見せたところ、ワクチン絶対
反対ということは言わなくなりました。このように、信念を持ったワクチン反対派にさ
え教育は必要であると感じました。

(引用元:http://www.mhlw.go.jp/shingi/2005/04/txt/s0406-5.txt 05/04/06 予防接種に関する検討会第8回議事録 永寿堂医院の松永貞一氏の発言より)


さらに厚生科学審議会では、国立精神・神経センター名誉総長の金澤一郎氏がイギリスでの論争を紹介した上で日本にもホメオパシーが輸入され布教が行われつつあることを指摘している。

○金澤委員
 別の観点で、突然変なことを言いますが、ホメオパシーについてです。これ
はなぜこのような馬鹿なことを言い出すかといいますと、イギリスでいま非常
に問題になってきてしまっています。何かといいますと、毒も少しずつやって
いけばだんだん慣れていく、そういう治療法だと言っているグループが少なか
らずあります。イギリス政府の主任科学顧問であったデービッド・キングは、
「これは証拠というかエビデンスがきちんとしていないから駄目だ」と言い続
けていたのですが、去年1月1日にキングから代わったベティントンという人
がそれを認めたのです。つまり、それを保険で適用できるようにしてしまった
のです。それで、いまイギリスの中では大騒ぎしているのです。このホメオパ
シーを民間の中で実際にやっているグループが当然ながらイギリスにあって、
そこで勉強してきた人が日本へ帰ってきて、いまそれを一生懸命広めようとさ
れているのです。これはいいとか悪いとかの問題の前に、この審議会はきちん
と把握しておくべきだと思います。
垣添会長
 我が国ではまだ表立って問題ではないかもしれませんが、そういう動きが活
発になってくると厚生科学審議会にかかわる問題になろうかと思いますが、い
まの段階で何かありますか、何かしておられるとか。
○矢島厚生科学課長
 これらの背景について調べたいと思います。

(引用元: http://www.mhlw.go.jp/shingi/2009/02/txt/s0204-2.txt 09/02/04 第10回厚生科学審議会議事録)


ホメオパシーについての説明は若干不正確ではあるが、昨年の時点でこの指摘を行った金澤氏の発言は評価に値すると思う。*12

結果的には、訴訟に発展したホメオパシー助産師がビタミンK剤を与えずに乳児が死亡してしまったとされる事件*13*14が発生した現在に到るまで、行政はホメオパシーに対して事実上何の措置もとってはこなかった。審議会レベルで議論されていることが現場の活動に生かされるのに、ある程度の時間がかかるのは仕方ない部分もあるとは思う。しかし、現実にホメオパシーが「表立った問題」になりつつある今、厚労省のホメオパシーに対する姿勢が問われるときだと思う。少なくとも審議会という公の場所で指摘が行われた上、もう知らなかったでは済まされない状況になっているのは間違いない。

*1:悪名高き『水からの伝言』で知られる江本勝氏が代表を務める団体

*2:http://www.twmu.ac.jp/AWNML/N/annai/staff.html

*3:http://www.imj.or.jp/index1.html

*4:鈴木議員のウェブサイトには統合医療推進の政策が述べられており、ホメオパシーの名前も挙がっている。http://www.suzukan.net/manifesto_2_11.html

*5:http://www.imj.or.jp/pdf/20100330-2.pdf

*6:日本医師会からのツッコミは http://dl.med.or.jp/dl-med/teireikaiken/20100310_51.pdf 、 参考資料として公開されている「統合医療に関する提言」はhttp://dl.med.or.jp/dl-med/teireikaiken/20100310_52.pdf

*7:余談ながら、インフォームドコンセントという用語の使い方に違和感。自己保身に対するツッコミも、それ以前に保身になっていないのだから、なんだか噛み合わない感じ。

*8:学校教育法に規定された専門学校ではないので「専門校」を名乗っているのだろう。URLの「.ac」も学術団体を意味するものではなくイギリス領アセンション島のドメインであることを意味するものだ。

*9:http://www.homoeopathy.ac/

*10:http://jphma.org/fukyu/country_100302_1.html

*11:http://jphma.org/fukyu/country_100403.html

*12:偶然かもしれないが、今問題が表面化しつつある株式会社ホメオパシージャパンが広めるホメオパシーが主にイギリス仕込みのものであることも当たっている。

*13:問題の助産師が所属していた「自然療法の普及に取り組む団体」の名前は報道では明らかにされていないが、問題になっているのと同じようにビタミンK剤の代わりにホメオパシーの錠剤を与えるように会員にアドバイスしていたことは事実である。http://www.rah-uk.com/case/wforum.cgi?no=1342&reno=no&oya=1342&mode=msgview&list=new

*14:乳児が死亡したのは2009年の10月。http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=27819