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科学とニセ科学について書くブログ

千島学説呪縛を解く1 千島学説の概要とそのロジック

千島学説とは医学博士の千島喜久男氏が唱えた*1ユニークな生命現象についての"学説"である。新生命医学会のサイトによると千島学説は以下の8大原理から構成されているらしい。

第1原理
赤血球分化説  1932年発表 …畜産学粋…明文堂
(赤血球は凡ての体細胞の母体である)
第2原理
組織の可逆的分化説  1954年発表 …総合医学新書…医学書院
(飢餓・断食時には体細胞から赤血球へ逆戻りする)
第3原理
バクテリア・ウイルスの自然発生説  1954年発表 …岐阜大学新聞…
(バクテリア・ウイルスは一定条件下で自然発生する)
第4原理
細胞新生説 1950年発表 …科学…20巻10号
(細胞は分裂増殖しない。6つの形態で新生する)
第5原理
腸造血説  1954年発表 …骨髄造血学説の再検討…医学書院
(骨髄造血説は誤り。造血器官は小腸の絨毛である)
第6原理
遺伝学の盲点  1932年発表 …畜産学粋…明文堂
生殖細胞は赤血球から。遺伝は環境を重視)
第7原理
進化論の盲点  1956年発表 …アカデミア…NO.32−34
(弱肉強食思想は行き過ぎ。進化の基盤は共存共栄である)
第8原理
生命弁証法  1959年発表 …アカデミア…NO.40
(生命現象を正しく観察するための科学方法論

(引用元:http://www.chishima.ac/genri.htm)


世界中で実際に確認されている「細胞分裂」という生命現象を否定している時点で眉唾だし、19世紀までに否定された自然発生説を今さら肯定してしまっていることも致命的だ。ヒトの赤血球が無核であり、それ以上分化しようがない細胞であることも千島学説の難点の一つだが、細胞分裂を否定してしまっている時点でそれを指摘するのも虚しい。


こういうことを書くと、

「教科書に書かれた古い学説を盲信する科学者、あるいは西洋医学の既得権益にしがみつく医者*2が、革新的な千島学説*3を認めず黙殺しようとしている!!」

というような主張をする人が出てくるのがお決まりのパターンだ。しかし、私が千島学説をデタラメだと思うのは、千島学説と矛盾する証拠がたくさんある一方で、千島学説を支持する証拠が一つも示されていないからに過ぎず、上記のような批判には当たらない。証拠があるなら細胞分裂を否定してもいいし自然発生を肯定してもいいのだが、肝心の証拠がないのだから仕方がない。挙句の果てに、千島学説を支持する人が証拠として挙げる論文は実は全然証拠になっていなかったり*4、わけの分からない写真を「バクテリア集団から原生動物(ゾウリムシ)の自然発生を示す」写真として掲載したり*5と、真面目に証拠を出そうとする"姿勢"すら感じられないのも千島学説がまともに取り合うべきレベルに達していないと考える理由のひとつだ。千島学説がホンモノならどうしてわざわざ証拠にならないものを証拠として提示して信頼を失墜させるようなことをするのか?


この救いようのない千島学説が一部の人に学説として支持されているというだけならまだいいのだが、困ったことにこの学説は癌患者への福音として宣伝されている現実がある。

千島学説とガン治療

稲田芳弘氏は『ガン呪縛を解く』*6という千島学説本を書いている人物だ*7。この本の内容はウェブ上に公開されている*8

 いったいなぜ、こんなにもガンが増え続けているのだろうか。そしてなぜ、ガン治療に成果が現れてこないのだろうか。この疑問に対する解答は、ずばり「いまの医学の根本が間違っている」と考えざるをえず、その間違った医学理論に基づいたガン治療が、今日まで延々と続けられてきたからである。

 このことを声高に叫んだのが千島喜久男だった。この章では、いよいよ「千島学説」に関して触れてみたいが、その前にもう一度現代医学のガン治療の現実を確認しておきたい。

(引用元:http://www.creative.co.jp/m/eco/main.cgi?m=527 『第4章「ガン治療の悲劇と千島学説」1』)


「ガン患者が増えている」

「それは現代医学が間違っているからだ!」

「現代医学を覆す千島学説ならなんとかしてくれる。」


という論法が千島学説ががん治療に役立つと考える根拠にあるようだ。この論法はすべての段階が詭弁で構成されている。「ガンが増えている」というのは典型的な誤解で高齢化の影響を差し引くと癌は増えていない*9し、癌患者をなくせないことを理由に現代医学は不完全である主張することができても、現代医学が根本的に間違っているという極端な結論を導くことはできない。そして、仮に現代医学が根本的に間違っていたとしても、それは千島学説が正しいことを意味しない*10


実はこの本のタイトルにもある「ガン呪縛」という単語も現代医学を否定し千島学説を含む怪しげな代替医療に患者を誘導するキーワードなのだ。

そのごとく、ガンそのものも恐ければ、転移という言葉もまた恐い。だから「恐いガンが恐い転移をしないように」と、ガン以上に恐い手術やガン治療を受け入れたりもする。ここに「ガン呪縛」があり、いったん呪縛に捕まったらそれはどんどん強まっていくばかりで、その呪縛から解放されるためには、そもそも「ガンが何であるか」を知り、「ガンはそんなに恐いものではない」ということをはっきりと知らなければならないのだ。

(引用元:http://www.creative.co.jp/m/eco/main.cgi?m=497 『序章「ガン? あ、そう」4』)


稲田氏の言うガン呪縛とは、「患者が癌(に対する恐怖心)に縛られてしまうこと」を指すらしい。



現代医学は患者にガンに対する恐怖心を植えつけて「ガン呪縛」に陥れている。

そうなると患者は危険なガン治療を受け入れてしまう。

だから、そうならないように正しい千島学説を取り入れましょう。


というロジックだ。


しかし、それを言うなら、誤った知識に基づき患者に医療に対する偏見と恐怖心を植えつけて、本当に患者を呪縛しているのは誰か?

ガンは恐ろしい悪魔。
ということから、ガン細胞を徹底的にやっつける治療法が出てきました。
恐ろしいものは、切り捨てて当然(摘出手術)。
恐ろしいものは、毒殺(抗ガン剤)、ないしは焼き殺す(放射線)。
要するに、邪魔物は消せ。恐いものは殺せ
それが現代医学のガン治療の方程式です。

(引用元:http://www.creative.co.jp/m/topics/main.cgi?m=299 稲田氏のメールマガジンProject-M Mail Magazineの記事『「秋田畠山事件」と「ガン呪縛」の共通分母?』 強調は引用者による。)

「敵(弱者)の排除」というこの「新しい伝統」は、敗戦後も強化され、
いまや格差社会を当然とする「強者の論理=改革?」が横行しています。
そんな政治に多くの者が「不快感」を表しても、不快感などは吹き飛ばし、
平気の平左で突っ走っていこうとしているかのようです。

それは「医学」や「ガン治療」の分野でも全く同じで、
抗ガン剤治療がいかにひどい不快感(苦しみ)を体に引き起こそうとも、
そんなのは全くおかまいなしで、なおも恐怖の治療が続けられています。

人間の場合「快・不快」は感情や思想などの影響を受けますが、
身体そのものは、実に正直に素直に「快・不快」をそのまま感じます。
「毒=抗ガン剤」を飲まされれば、やっぱり苦しみもだえ、
放射線で連続的に焼かれれば、やっぱりあちこち具合が悪くなるのです。

(引用元:http://www.creative.co.jp/m/mmm/index.cgi?main=313 稲田氏のメールマガジンProject-M Mail Magazineの記事『不快感を感じたら行かないに限る』 強調は引用者による。)


このような千島学説の正当化のために不当に植え付けられた恐怖による呪縛を稲田氏の用語法に倣って千島学説呪縛」と呼ぶことにしたい*11

*1:ただし、千島博士は故人であり、現在の千島学説が博士の考えていたものと一致する保証はない。現在を生きる千島学説の信奉者によって千島学説が変質している可能性がある。

*2:私は職業的科学者でも医者でもないが。

*3:千島学説が提唱されたのはもうだいぶ前だし、ずっと古い自然発生説という化石のような仮説を今更引っ張り出してくる千島学説を革新的と形容するのはおかしなことだが。

*4:http://d.hatena.ne.jp/NATROM/20080221

*5:http://www.chishima.ac/photo/photo5.htm 信じている人には見たいものが見えるのだろう。

*6:http://books.creative.co.jp/book_detail.php?id=3

*7:ジャーナリストの肩書きで紹介されることが多いようだ。

*8:http://www.creative.co.jp/top/main3259.html

*9:http://d.hatena.ne.jp/NATROM/20090718

*10:地球がお盆上の形状をしているという考えを論破できても、地球が四角いことの証拠にはならない。地球が丸い可能性やドーナツ状である可能性など四角い可能性以外のすべてのありとあらゆる形状をとっている可能性を否定しない限り、否定によって地球が四角いことを証明することはできない。

*11:「がんに対する恐怖心による呪縛」をガン呪縛と呼ぶのだから、この「現代医学に対する恐怖心による呪縛」をむしろ「現代医学呪縛」と呼ぶべきというツッコミはありうる。しかし、稲田氏の用語法からすると、現代医学呪縛はむしろガン呪縛に類するものを指すようで、そこまで厳密に「〜呪縛」という言葉を用いているわけではなさそうだ。http://www.creative.co.jp/top/main3378.html