Not so open-minded that our brains drop out.

科学とニセ科学について書くブログ

ホメオパシーについての読売と朝日の詳報とホメオパシージャパンの反応

訴訟が起こったことを最初に報じた読売新聞は、今回の訴訟についての解説記事を7月31日に出した。同時に朝日新聞もBeの紙面で、訴訟の件も含めてホメオパシーの特集*1を掲載した*2

読売の記事について

読売新聞の記事は朝日と同着一位とは言えホメオパシーという具体的な"自然療法"の名前に初めて言及した点で画期的だし、日本助産師会がホメオパシーの普及に加担していたことと助産師(会)の責任について踏み込んだことも評価できる。

 しかし、投与は義務ではないため漏れもある。この助産師もビタミンK2を投与したと母子手帳に記していた。日本助産師会の岡本喜代子専務理事は「ビタミンK2投与は当然行うべき基本的な処置。助産師はホメオパシーなどの伝統医学や食事療法などを妊婦のケアに取り入れる人が多いが、極端に偏った考えの助産師がいたことを重く受け止めている」と話す。

 特にホメオパシーについては、同会支部主催で講演会が開催されたこともある。今回の助産師もホメオパシー普及団体の認定資格者の一人。予防接種などを否定する傾向の強い普及団体に関係している助産師もいて、同会の中でも懸念する声があがっていた。

(引用元: http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=28674)


極端に偏った考えの助産師がいたことを重く受け止めていると岡本喜代子専務理事は言う。それは事実かもしれない。もしかすると、極端に偏っているのは一部の助産師なのかもしれない*3懸念する声があがっていたというのも事実かもしれない。先日、日本助産師会が発表した訴訟を受けてのPDFが誤字だらけで失礼で変に言い訳がましかったのは何かの間違いかもしれない。

しかし、私がインタビューアーなら岡本喜代子専務理事に、


「神谷整子総務担当理事*4がホメオパシーに加担していたことを知っているのか?」


と問いたい。神谷氏は「ホメオパシー勉強会」に講師として招かれたりしているし*5、実際にレメディを神谷氏から処方してもらったという人までいる*6。ちなみに、この神谷氏は実はNHKの芸脳人脳科学者(笑)の茂木健一郎氏でおなじみの『プロフェッショナル仕事の流儀』で特集された"カリスマ助産師"なのだ*7

さらに、神谷氏が院長を務める「みづき助産院」はJPHMA提携助産院、すなわちホメオパシージャパン系団体の日本ホメオパシー医学協会と提携した助産院なのだ*8
以前のエントリーでも紹介したように、ウェブサイトでビタミンKのシロップの代わりにレメディを与えても大丈夫だと会員にアドバイスしているロイヤル・アカデミー・オブ・ホメオパシー英国本校もホメオパシージャパン系の団体である。株式会社ホメオパシージャパンも日本ホメオパシー医学協会もロイヤル・アカデミー・オブ・ホメオパシー英国本校もすべて由井寅子氏というホメオパスが長を務める同系列の団体なのだ。

繰り返しになるが、神谷氏は社団法人日本助産師会の総務担当理事である。読売の取材を受けた岡本理事は、まず何よりも役員の中に極端に偏った考えの助産がいないか点検作業を行って欲しい。

朝日新聞Beの記事について

朝日新聞の記事ではホメオパシー助産師の訴訟のことを取り上げ、ホメオパシーの有効性が科学的に否定されている点やイギリスでの反ホメオパシーの流れについても言及していて充実した内容だ。中でも一番の成果はホメオパシージャパン系団体のボスである由井寅子氏にインタビューしたことだろう*9

インタビュー内容が含まれる部分を引用する。

ここまで薄めると毒の物質は、事実上もう入っていないが「薄める時によく振ることで、毒のパターンが水に記憶される」と協会会長の由井寅子さんは解説する。
自然治癒力が病気と闘っている時に現れるのが病気の症状。西洋医学は症状を緩和するが治癒はさせない」。ホメオパシーで治せる病気は精神病から皮膚病まで多種多様で、がん治療も可能かと聞くと、由井さんは「そうです」と力強く答えた。

(中略)

梅沢さんは患者を病院から遠ざける一因に「好転反応」という用語を挙げる。
好転反応について、ホメオパシー医学協会の由井さんは「症状は有り難い」との持論で説明する。ホメオパシー治療では、病気の症状がかえって激しく出ることがあるが、それは治療で自己治癒力が向上したことの証しの「好転反応」で、有り難い事なのだ、という理論だ。こんな極論を信じた結果、患者は症状が悪化しても「良くなっている」と思い込み、病院に行くのを拒否する、というのが梅沢さんの指摘だ。

(引用元: 2010年7月31日 朝日新聞 BE「Be report 問われる真偽ホメオパシー療法」、強調は引用者による。)


文中の登場する「梅沢さん」とは以前からブログでホメオパシーについて警鐘を鳴らしていた*10梅沢充医師だ。

引用部分だけでも、ホメオパシーのカルト性が伝わってくるし、ホメオパシーに対しては相当手厳しくそして公正な批判となっている。

朝日新聞の記事に対するホメオパシージャパンの反応

由井氏の「症状は有り難い」という決め台詞(google:症状はありがたい)まで記事に入れてもらい、ホメオパシーのありのままの姿を存分に取材してもらった由井氏。記事中での肩書きはホメオパシー医学協会会長だったが、株式会社ホメオパシージャパンの広報室がコメントを出している。

7月31日付の朝日新聞土曜版「 Be」で由井会長へのインタビューを含め「ホメオパシー」が特集され紹介されました。

最近、政府の統合医療推進の方針の中で、ホメオパシーも16の代替療法の検討候補に入るなど、ようやく日本でもホメオパシーの認識が高まってきました。
先日、国内のホメオパシー団体を代表して、由井会長が朝日新聞の1時間にわたるインタビューを受け、自然治癒力を触発するホメオパシー療法の説明、「症状はありがたい」というホメオパシー療法に取り組む上での基本的な考えかたや国際的な普及状況やなどを話されました。

なお、7月31日付の朝日新聞では「英国会は否定 No」とあたかも英国の健康保険制度からホメオパシーが外されることが決まったような誤解を与える記載となっておりますが、7月27日付で英国政府は、ホメオパシーの英国健康保険システム(NHS)の適用継続を発表。英国下院の科学技術委員会の勧告を否定しています。
また、信頼性に多くの科学者が異議を唱えた、2005年に科学誌「ランセット」に掲載された「ホメオパシーは効果がない」と結論づけた1論文のみを根拠に、ホメオパシーの有効性が否定されたような記事となっておりますが、ホメオパシーの有効性を肯定する数多くの研究結果や論文もありますので、詳しくはJPHMAホームページをご覧ください。

(引用元: http://www.homoeopathy.co.jp/press/index.html)


赤ちゃんが亡くなってしまいホメオパシー助産師が訴えられていることは朝日新聞Beの記事にもきちんと書かれているが、その点はスルーである*11。そこはさすがに信者の人に知られてはまずいという判断だろうか?

一方で、イギリスでの反ホメオパシーの動きについては反論めいたことを書いている。イギリスの件は前々からホメオパシージャパンが取り上げていたことだし、それは「懐疑的な人々の陰謀」で逆に「世界のホメオパシー団体の結束を強める*12結果になっているのでおおっぴらに反論してもいいわけだ。

ちなみに、「2005年に科学誌「ランセット」に掲載された「ホメオパシーは効果がない」と結論づけた1論文のみを根拠に、」と言っているが、この論文自体が実は110件の臨床試験から品質の高いものをピックアップしてホメオパシーの効果を総合判定したものであり、「1論文のみ」と言って切り捨てられる種のものではないのは内容を読んだことがある人なら当然知っているはずだし、実は今回の朝日新聞Beの記事にもそのことはばっちり書かれていることなのだ。ひどい誤魔化しである。

そして、「詳しくはJPHMAホームページをご覧ください。」とあるが、JPHMAのサイトもまたひどい誤魔化しをやっている。JPHMAのサイトには「アリゾナ大学薬学部 Iris R. Bell 医学博士」が集めたというエビデンスを丸写ししたページがある。ここには、

Linde K, Clausius N, Ramirez G et al. Are the clinical effects of homeopathy placebo effects? A meta-analysis of placebo-controlled trials. Lancet 1997; 350:834-43.

(引用元: http://www.jphma.org/fukyu/overseas_100124_evidence.html)


という論文がホメオパシーのエビデンスとなる論文として紹介されているのだが、実はこの論文の第一著者であるLindeは2年後の論文でこう述べているのだ。

It seems, therefore, likely that our meta-analysis at least overestimated the effects of homeopathic treatments.

(引用元: K. Linde, et al. , Journal of clinical epidemiology 52, 631 (1999).)


「従って、我々のメタアナリシスは少なくともホメオパシー治療の効果を過大評価していたようだ。」


ここでいうour meta-analysisとは先述の1997年の論文のことだ。著者自身が1997年の論文は過大評価だったと述べているのに、その過大評価されている論文を日本ホメオパシー医学協会は根拠として未だに恥ずかしげもなく提示しているのだ*13。もちろん、過大評価を認めた以上の一文が含まれている論文はこのリストには掲載されていない。ホメオパシー医学協会のページには「ホメオパシーの有効性を実証した100以上の論文(エビデンス)がリストアップされています。」と書かれているので、もしかしてホメオパシーの有効性を実証していない"不都合な"論文は掲載の対象外なのだろうか?*14

追記(2010/8/3)

朝日新聞のBeに掲載されていた記事は、現在ではアピタル特集の一部としてwebで読むことができる。この記事には、タイミング的にBeの紙面には載せられなかったイギリスでの論争の進展についても言及されている。

◇ 担当した長野記者より ◇

 この記事の掲載作業が終わった直後の7月26日、英国政府は、ホメオパシー療法への公的補助を続けると発表した。上記記事にあるように英国議会下院の委員会が、「ホメオパシーには偽薬以上の効果はないので、英国の公的医療の対象から外すべきだ」と勧告を出していた。英国政府は「ホメオパシーに医療上の効果がない」ことに関しては全く反論せず、「委員会の結論の多くについては同意する」としている。勧告に従わなかったのは「患者の選択の自由は、妨げられないから」などと説明した。

(引用元: http://www.asahi.com/health/feature/homeopathy.html)


現実は長野記者が指摘している通りであり、今回のニュースはイギリス政府がホメオパシーの有効性を認めたことを意味しない。下院の科学技術委員会に対する保健省の返答を読んでみよう。

We agree with many of the Committee’s conclusions and recommendations. However, our continued position on the use of homeopathy within the NHS is that the local NHS and clinicians, rather than Whitehall, are best placed to make decisions on what treatment is appropriate for their patients - including complementary or alternative treatments such as homeopathy - and provide accordingly for those treatments.

(引用元: http://www.dh.gov.uk/prod_consum_dh/groups/dh_digitalassets/@dh/@en/@ps/documents/digitalasset/dh_117811.pdf)

「我々は委員会の結論と提言の多くに同意する。しかし、NHS(イギリスの公的医療保険制度)の範囲内でのホメオパシーの使用に関する我々の継続される立場は、どのような治療が患者にとって適切か(ホメオパシーのような補完医療・代替医療を含む。)を決めてそれらの治療行為を提供するのは、地域のNHSと臨床医であって、政府ではないということだ。」

The Government Chief Scientific Adviser has discussed the Department of Health policy on homeopathy with lead officials, and understands the reasons for the policy decision. However, he still has concerns about how this policy is communicated to the public. There naturally will be an assumption that if the NHS is offering homeopathic treatments then they will be efficacious, whereas the overriding reason for NHS provision is that homeopathy is available to provide patient choice.

(引用元: http://www.dh.gov.uk/prod_consum_dh/groups/dh_digitalassets/@dh/@en/@ps/documents/digitalasset/dh_117811.pdf)

「政府の科学顧問は保健省のホメオパシー政策について幹部職員と話し合い、この政策決定の理由については理解している。しかし、彼は依然として、この政策が国民にどのように伝わるかについて懸念している。NHSがホメオパシーを提供する最大の理由は患者がホメオパシーを選択できるようにすることにあるのだが、NHSがホメオパシー治療を提供しているのならホメオパシーは有効だろうという思い込みが生じるのは無理もないことだ。」


このように英国政府はホメオパシーへの公的補助を中止すべきだという科学技術委員会の勧告に応じなかったのは事実だが、ホメオパシーが無効であるという見解に反論しているわけではないし、むしろホメオパシーにお墨付きを与えることを懸念する意見があることが分かる。ホメオパシージャパン広報室の「英国下院の科学技術委員会の勧告を否定しています。」という要約は乱暴すぎるし、ホメオパシージャパンが保健省の微妙な立場を正確に伝えずにホメオパシーの正当化に今回のニュースを利用しているという事態は、まさしくイギリス政府の科学顧問の懸念していたものだろう*15


この記事を書いた長野剛記者は被害例を募集している。

この記事を書いた東京本社科学医療グループの長野剛記者は、ブログで「被害例」を募集している。

ただ、もっと具体的な「被害例」を集め、ホメオパシー治療の実際について、もっと世間に発信したいと思っています。「治る」と信じた結果、かえって通常医療を受ける機会を逸してしまったような方は、いらっしゃいませんか? ぜひ、お話をお伺いしたいと思います。お心当たりのある方はぜひ、アピタル編集部(apital&asahi.com)=&を@に変えてください=までご連絡ください。よろしくお願いいたします。

(引用元: https://aspara.asahi.com/blog/kochiraapital/entry/kNKQFuNbTK)

*1:2010年7月31日 朝日新聞 BE「Be report 問われる真偽ホメオパシー療法」

*2:追記: http://www.asahi.com/health/feature/homeopathy.html (後述するように記者による追記あり。)

*3:実際、すべての助産師がホメオパシーなどという偽医療を取り入れているとは考えづらい。

*4:http://www.midwife.or.jp/association/organization.html

*5:http://tanekko.jugem.jp/?eid=64

*6:http://www.homeo-re.com/hpgen/HPB/entries/6.html

*7:http://www.nhk.or.jp/professional/backnumber/070828/index.html

*8:http://homoeopathy.gr.jp/clinic/zyosanin_mizuki.html

*9:ホメオパシーを肯定的に紹介した雑誌等の取材には積極的に応じているようだが、これほど批判的なメディアに取材されたのは初めてではないか?

*10:http://umezawa.blog44.fc2.com/blog-entry-119.html

*11:ただし、記事の中でも問題の助産師の所属団体は明らかにされていない。

*12:http://jphma.org/fukyu/country_10715_uk.html "弾圧"されて盛り上がるというのがまたカルト的だ。

*13:ホメオパシー医学協会はアメリカの博士のページを丸写しししただけだって? それを言うなら内容を調べもせずに丸写ししたものをエビデンスとして提示していること自体が日本ホメオパシー医学協会のいい加減さを示しているというべきだろう。

*14:ちなみにこのインチキな手法は、イギリスのホメオパシー団体が国会に提出した文献リストでも使われていた。http://transact.seesaa.net/article/140703068.html

*15:遠く海の外のことまで気にしていたかはわからないが。