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科学とニセ科学について書くブログ

千島学説呪縛を解く3 白血病の子どもと千島学説

最近ではホメオパシーが絡み乳児が死亡してしまったとされる訴訟が報道*1され、またネット上では通常医療の医薬品を止め飽くまでホメオパシーで対処しようとする腎臓病の子どもの親の相談とホメオパシーの"先生"の回答が物議を醸した*2

ホメオパシーに限らず通常医療の否定を伴なう代替医療*3は危険であり、千島学説も例外ではない。

千島学説の信奉者であり「ガン呪縛を解く」の著者でもある稲田芳弘氏のウェブサイトには千島医学的治癒を目指した白血病の子どものことが書かれている。残念なことに、この子は2008年4月に亡くなってしまった。この子が亡くなってしまった原因が千島医学を含む偽医療によるもの*4なのか、あるいはそうではなく医師の指示通りに通常医療で治療を行っていても助からない病気だったのかは私には分からない。しかし、千島学説を信じる大人たちによってこの子が振り回されていたのは稲田氏のウェブサイトを見る限り事実だと思う。

千島学説と骨髄移植

稲田氏の談を字面通りに信じるならば*5、この子の親は骨髄移植を医師から勧められつつも、それを受けないという選択を下していたようだ。


なお、以後の引用部分では、亡くなった子どもに限って、原文にある実名とおぼしき名前を伏せて「A」としている。これは、稲田氏が氏名と併せて病状等のプライバシーに関わる情報を公開していることと、この子がプライバシーを自己判断できる年齢・状況にあったとは私が判断できなかったことによる。

Aちゃんが白血病になったのは小学1年のときだったそうです。
そのとき病院に入院して医師の治療にゆだねたものの、
治療の副作用があまりにも苦しかったため、
その後の「再発」に際してはお母さんが「別の道」を模索していました。

そんななか「千島学説」のことを知り、大阪でのフォーラムに参加し、
そのとき『ガン呪縛を解く』のことを知ってぼくに電話がありました。
で、この本を読んだあとは気持ちがますます「千島医学的治癒」に傾き
ついに、ご家族ではるばる札幌まで訪ねてきてくれたというわけです。

というのも、再発後、医師は「もはや骨髄移植」にかけるしかないと言い、
すぐにも入院して骨髄移植を受けるようにと強く勧めたそうですが、
骨髄移植をするということは、致死量に匹敵する放射線治療をすることです。
(抗ガン剤治療ではなく、放射線治療を計画していたようです)

致死量に匹敵する放射線治療をすれば、当然さまざまな副作用に苦しめられ、
しかも、たとえ良くなっても「生理は失われる」と聞かされたお母さんは、
それがあまりにも不憫で、以来、病院にはオサラバしたとのことでした。

(引用元: http://www.creative.co.jp/top/main3424.html 強調は引用者による)


骨髄移植は白血病を克服する上での有効な選択肢の一つではあるが、確かに不妊を含む複数のリスクが存在するのも事実だ。リスクとベネフィットを天秤にかけた結果、骨髄移植をしないという決断を下すことが悪いことだとは思わない。しかし、その判断の材料に千島学説という誤った理論が使われているとしたらどうだろう*6

人間の血液は通常は骨髄で作られる(骨髓造血)。しかし、千島学説の理論では造血は骨髄ではなく腸で行われるということになっている。そのため稲田氏は一貫して骨髄移植には否定的な見解を示している。

骨髄移植で子どもを不妊にしてしまうか?という重大な選択を迫られた親にとっては、骨髄移植は実は有効な治療ではなく本当に有効な治療は別にあると説く千島学説が非常に魅力的に聞こえるだろうことは想像に難くない。

千島医学的医療を求めての転院とその後

稲田氏は「千島医学的医療」をやってくれる転院先を探した。

つまりは、入院設備があって「千島医学的医療」をやってくれるところ、
しかも青森県にできるだけ近いところ(関東圏)ということなのでしょうが、
残念ながら、そうした条件を満たしてくれる病院をぼくは知りません。
もしどなたか知っている方がおられましたら、
ぜひ教えていただきたいものと思います。

(引用元:http://www.creative.co.jp/top/main3426.html)


そして、最終的に稲田氏は人づてに札幌のある病院を探し当てた。

一般論として、白血病患者にとって不用意な転院は大きなリスクとなりうる。血液の細胞が腫瘍化し正常な白血球が減ってしまうので免疫機能が低下し、感染症が致命的な結果を招く可能性があるためだ。場合によっては無菌室での生活が必要な場合もあるという。稲田氏は明らかに、そのリスクを承知していた。

詳しいことについては改めて書いてみたいと思いますが、
数値から見て「無菌室に幽閉」すべきAちゃんが、
秋田の病院から札幌の病院にまで無事移動でき、
無謀にも人混みの中で数時間を過ごし、疲れ果てていながらも、
その後無事に札幌都心の宿にたどり着くことができたのです。

(引用元: http://www.creative.co.jp/top/main3438.html 強調は引用者による)


現代医療は危険だと散々煽っていた稲田氏のことだから、このまま転院せず非千島学説的医療を受け続けた場合のリスクが転院によるリスクを上回ると判断したのかもしれない*7。しかし、そうだとしてもこの態度は、稲田氏が後にウイルスは自然発生するから感染ルートの特定など無意味だと説いていた事実とは矛盾する。千島学説に基づけば、免疫力が下がると病原体が自然発生してしまうのではなかったのか? *8


その後、この子は無事に*9札幌の病院に転院したものの、検査の数値があまりに悪かったためすぐに大学病院への転院と抗ガン剤治療を勧められることになってしまった。

「お母さんがまたパニック気味…」ということでした。

というのも、ぼくらが病院を離れたあとのことですが、
院長が血液担当の医師とAちゃんの数値を検討した結果、
「あまりにもひどすぎるのですぐ大学病院に連行したい。
 そして抗ガン剤治療をするしかない」
と、お母さんに申し渡したからのようです。

(引用元: http://www.creative.co.jp/top/main3437.html 強調は引用者による。)


常識的に考えれば、医師がこの文脈で患者に向かって「連行」などという言葉を使うとは考えにくい。医師の助言が千島学説の信奉者によって歪められていると考えるのが妥当だろう。


このとき稲田氏は、この子の母親に以下のようなメールを送ったそうだ。

何よりも重要なのは今のAちゃんの体の状態であって、
過去の検査の数値ではない。

治療法を選択し決定するのは患者自身、あるいは患者の家族であり、
いくら医師といえども、患者を朝一番で、
大学病院に強制的に連行することなどできない。

(中略)

とにかく、朝一番で大学病院に直行させられ、
そのまま抗ガン剤治療に入るというのは避けたほうがいい。

(引用元: http://www.creative.co.jp/top/main3437.html 強調は引用者による。)


稲田氏の助言がどの程度影響したのかはわからないが、親子は遂には札幌の病院を飛び出し、最終的には元いた秋田の病院に戻ることとなった。病院を飛び出した後、宿で一泊したらしい。すぐに大学病院に転院しなければいけないと言われた子どもが、である。

ところが希望を抱いて転院したその病院からも
「この数値では抗ガン剤しかない」と言われてしまったため、
「裏切られた、だまされた!」と意固地になったAちゃんは、
「こんな病院にはいたくない。飛び出したい!」と言い、
だからこそ、しばらく落ち着ける宿を探した。

そして、やっと落ち着いて今後のことが考えられると思ったのも束の間、
一夜が明けたら、その宿も飛び出してしまった<笑>。

健康な人に対してなら「なんじゃらほい」とも笑えますが、
Aちゃんの場合は、痛みを麻薬で抑えつつ、
免疫力が極度に低下して無菌室が絶対必要という危険な身です。

(引用元: http://www.creative.co.jp/top/main3439.html 強調は引用者による)


本来なら無菌室で治療されるべき白血病の子どもが街中に連れだされているというのに、さらにはそれが危険な行為だということを認識し明記しているのに、稲田氏の文章からは妙な軽薄さが感じられる。

大人たちがこの子にしてあげたこと

公平のためにまず書いておかなければいけないことは、この子のために合理的で必要な処置を行った/行なおうと努力した大人たちもいたということだ。例えば、元いた秋田の病院の医師は元々転院に反対していたようだが*10、転院当日には万全の手配を行っていたことが稲田氏の記述からも確認できた*11。転院の是非はともかくとして、患者の(保護者の)意向にそう形で、医師として最善の努力を行なおうとした姿勢が伺える*12。転院先の札幌の病院の事務長は、稲田氏曰く「スピリチュアル(霊的)な世界のことも深く理解」*13している人物だということだが、いわゆる"代替"医療を飽くまで"補完"医療として位置づけ親子が通常医療を拒絶しないように説得していたようだ。母親を通常医療から遠ざける方向に働いたであろう言説を繰り返していた稲田氏に比べれば、ずっと現実的で責任ある行動をとったと言えるだろ。

一方で、稲田氏を含む複数の大人たちがこの子にしてあげたことの中には、虚しい行為が目立つ*14。例えば、運良く知人から譲り受けたという「ルルドの水*15や「サイババのビブーティ*16などという宗教じみた怪しげなものをこの子に与えていたようだ。それ以外にも、フラワーエッセンスとホメオパシージャパンのホメオパスによるホメオパシー治療をこの子は受けていたらしい。

 お母様は、助けたい一心で「竹内さんのホメオパシーやフラワーエッセンス」に望みを託して、こちらに来られたという。もちろん、「ガン呪縛を解く」も、よく読まれており、もともと玄米菜食や東洋的な医療にも強い関心は持たれていたようだった。そこに、千島医学的な発想が加わり、大きな希望を持って、ここを訪れたことが脳裏をかすめる。

 もっとも、実際は、竹内さんの担当は、フラワーエッセンスだけで、ホメオパシーは、ホメオパシージャパンのホメオパスの手にゆだねられた。というのも、竹内さんは、いま、ホメオパスを目指して、勉強中だからである。直感力、判断力に富む竹内さんに、早く実践の場で多くの病む人々を「心身の治癒の旅」へ誘い、サポートしてもらいたいものである。

(引用元: http://www.creative.co.jp/top/main3425.html 強調は引用者による。引用部分は稲田芳弘氏ではなく稲田陽子氏による文章。)


このブログで散々述べてきたように、ホメオパシーとは効果がないことは臨床試験によって事実上証明されている偽医療である。また文中に登場するホメオパシージャパンとは、冒頭でも言及した山口県のビタミンK不投与訴訟*17やあかつき問題*18などのトラブルを起こしているホメオパシー団体の関連会社である。フラワーエッセンスとは、ホメオパスのエドワード・バッチ氏によって開発されたホメオパシーの変化形*19であり、ホメオパシー同様その有効性は裏付けられておらず、アメリカ癌学会がまさに「この種の治療法に頼って、ガンに対する通常医療を回避あるいは拒否した場合、健康に深刻な結果をもたらす可能性がある。」*20と警告しているものだ。実際、この子の場合でも、通常医療の否定を伴なう形でホメオパシーやフラワーエッセンスによる処置が行われていたようだ。

 そんなことを考えながらも、Aちゃんの激痛がとても気になる。この痛みこそ、人間の治癒力に水を差し、現代医療に全面降伏してしまう引き金になってしまうからである。末期ガン患者の最後は、激痛との闘いになると相場が決まっているのである。
 
 そのため、緩和ケアが重要な意味を持ち、とくにモルヒネなどの麻薬が推奨されており、それを使うために腸を弱め、免疫力が一気に奪われてしまう。さらに、モルヒネでほとんど意識がなくなってしまい、ついには「安楽死」状態に早い時期に導いてしまう可能性も高い。

 大人でも、末期ガンの激痛は、激烈で耐え難いものがあるのに、いま激痛に襲われながらも、Aちゃんは、抗ガン剤を自ら拒絶し、これまでの「ホメオパシー」と「食養生」にかけるのだという。およそ10才の子とは思えないような判断だが、これも、おそらくホメオパシーやフラワーエッセンスの恩恵なのかもしれない。この二つの療法に内包される「心身の気づきと安らぎ」を小さなAちゃんは、感じているのだろうか。

(引用元: http://www.creative.co.jp/top/main3428.html 強調は引用者による。引用部分は稲田芳弘氏ではなく稲田陽子氏による文章。)


引用した部分ではこの子が自発的に抗ガン剤治療を拒絶したように書かれているが、こんな大人たちに囲まれてまともな判断を下せる10歳の子どもがどれだけいるだろうか*21。もちろん、周りにいる大人がいくら賢明でも、苦痛を伴う抗ガン剤治療を子どもが(大人でも)嫌がるのは自然なことだろうが、その治療が必要かどうかを合理的な根拠に基づいて判断するのが大人の役割だと思う。*22しかし、その一方でこの子の親を役割を果たせなかった大人の一人として単純に悪者にしてしまう勇気は私にはない。自分の子どもが病気で命の危機にあるときに、誰にも文句を言わせないようなベストな判断を冷静に下せる自信も私にはないからだ。せめて、いい加減なアドバイスをする第三者にならないように努めたい。

そして、白血病の子どもが亡くなった

Aちゃんは、抗がん剤を嫌がり、一旦は拒否したものの、結局現代医療のまっただ中で闘病することになってしまった。先に(これまでのトピックスに)書いたように多くの人々の祈りの気や結果的には補完医療の位置づけとなったホメオパシーなども功を奏して、一時は非常に良い状況まで回復したのに、本当に無念である。

 Aちゃんのお母さんが電話でこう話していた。「全国からたくさんの方たちに祈っていただき、本当に感謝でいっぱいです。Aも、苦しくても、みなさんのお心がすごくうれしく、頑張ることができました。そのお陰で回復に向かっていたんです・・・麻薬も途中で止めて・・・でも回復に向かっていたんです・・・」と、涙で声を詰まらせた。免疫力をどんどん奪っていく麻薬を止め、痛みを別の方法でケアしながら、果敢に頑張ったAちゃんに、お母さんは「もう頑張らなくてもいいよって・・・むこうでAを連れていったんだと・・・」と、声を詰まらせた。

(引用元: http://www.creative.co.jp/top/main3495.html 引用部分は稲田陽子氏による文章。強調は引用者による)


周囲の説得もあってか最終的には抗ガン剤医療を受け入れていたこの子の親は、最後には医療用麻薬の使用を止めていたようだ。もし稲田陽子氏が述べるように医療用麻薬が免疫力を下げると信じて使用中止の判断がなされたのだとすれば*23、この子は本来なくすことができた余計な苦痛を受けていたことになる。読んでいるだけでも痛ましさが込み上げてくる。

*1:http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20100709-OYT1T00173.htm

*2:http://www.cp.cmc.osaka-u.ac.jp/~kikuchi/weblog/index.php?UID=1279202131

*3:代替医療の「代替」は通常医療を代替を意味する。代替ではなく通常医療と統合されるべきという立場から統合医療という言葉が、通常医療に対して補完的に用いられるべきとして補完医療という言葉が生まれている。

*4:より直接的には千島学説に基づく通常医療の拒絶。

*5:このフレーズは、この件についての情報の殆どに本来付記されるべきなのかもしれない。私はこのエントリーを書くにあたってその情報源を稲田氏に依存しおり、そこには一定のバイアスが掛かっている可能性がある。

*6:この子の親が千島学説を知る以前に判断したのか、知った上で判断したのかは稲田氏の文章からは分からなかった。千島学説を知った上で判断しているのだとしたら「千島医学的治癒」に傾いたこの子の親が千島学説を判断の直接の根拠にした可能性があるし、そうでないとしてもその後移植を拒否し続ける根拠に千島学説がなっていた可能性がある

*7:もちろん、千島学説が正しくない以上、その判断は間違っている

*8:稲田氏が病気の子どもを目の前にして思わず本音を出してしまったのか、稲田氏の中ではこの二つの態度が矛盾しないものとして理解されているのかは不明である。

*9:厳密に言えば無事だったのかは分からない。

*10:http://www.creative.co.jp/top/main3430.html

*11:http://www.creative.co.jp/top/main3434.html

*12:一方で、見方によってはこれは患者の「わがまま」であり、この医師のような医師を医師の模範として私たちが受け取っていいかは別問題だ。医療のリソースは有限だ。

*13:http://www.creative.co.jp/top/main3446.html

*14:通常医療に対しての偏見を植えつけ通常医療から患者を遠ざける稲田氏の助言は虚しいだけでなく有害でさえあった可能性があるが。

*15:http://www.creative.co.jp/top/main3442.html

*16:http://www.creative.co.jp/top/main3467.html

*17:http://sp-file.qee.jp/cgi-bin/wiki/wiki.cgi?page=%A5%D3%A5%BF%A5%DF%A5%F3%A3%CB%C9%D4%C5%EA%CD%BF%BB%F6%B7%EF

*18:http://www012.upp.so-net.ne.jp/mackboxy/Health/

*19:http://www.afeej.org/fe/

*20:http://www.cancer.org/Treatment/TreatmentsandSideEffects/ComplementaryandAlternativeMedicine/HerbsVitaminsandMinerals/flower-remedies

*21:子どもでなくても自分が当事者になったときに、とりわけ自らの生命が危機に瀕しているときに、こういう人たちに囲まれていれば合理的な判断を下せる人はそんなに多くないと思う。私だってそうだし、自信をもって自分は大丈夫だと言える人はそういないのではないだろうか?

*22:費用負担や副作用がある以上、抗ガン剤治療を選択しないという判断も当然ありだと思うが、その根拠の背景に千島学説やホメオパシーなどのような迷信が用いられるべきではないと思う。

*23:医療用麻薬が免疫力を下げるという話は新潟大学の安保徹教授も語っているが、「代替医療」界隈では一般的な話なのだろうか? http://d.hatena.ne.jp/NATROM/20091026