Not so open-minded that our brains drop out.

科学とニセ科学について書くブログ

朝日新聞WEBRONZAのホメオパシー記事、そんな事後対応で大丈夫か?

朝日新聞社のニュースサイトWEBRONZAにホメオパシーに好意的な記事*1が掲載され、それに対してTwitterでは批判的な意見が飛び交い*2、私もその記事の不備を指摘するエントリーを書いた。WEBRONZA側もそれらの批判に応え、朝日新聞科学医療グループの久保田裕氏による「ホメオパシー論争、改めて整理しよう 」と題した記事を掲載し、twitterに寄せられた意見に対しては公式アカウントから返答がなされた*3。しかし、その対応にはまだ不満が残る。

WEBRONZAは自分の言葉と責任で検証を

久保田氏の記事では発端となった記事の問題点を整理し、私のエントリーに言及している。

 ホメオパシーの効果はプラセボ効果ではない、ということを示す二重盲検試験ADHDの子どもを対象にして行われている、ということが紹介されている。この二重盲検の論文に関しては、たとえば、ブログ「Not so open-minded that our brains drop out」(http://d.hatena.ne.jp/Mochimasa/20101226/p1)で、冷静な分析が行われている。本当にホメオパシーが有効なことが証明されたのか、ぜひ参考にして欲しい。

(引用元: http://astand.asahi.com/magazine/wrscience/2010122800018.html)


本来、原稿の妥当性を考慮して記事として採用するか判断するのは編集者の仕事であって、私の仕事ではないし当然私もその仕事を肩代わりを意図していたわけではない。プロの新聞記者に「冷静な分析」と評価してもらえるのは名誉なことかもしれないが、結局は丸投げされてしまった感がある。

それに別の見方をすれば、私の指摘に誤りが含まれている可能性*4もあるし、どこの誰かも分からない私が悪意をもって虚偽の内容を書いている可能性だって客観的みれば否定できないわけだ。

その意味でも、朝日新聞WEBRONZAにはきちんと自分の言葉と責任で疑義を投げかけられた事項について検証してもらいたいと思う。もしも「ぜひ参考にして欲しい。」と書くことで、具体的な内容についての言及することなく、やんわりと幕引きを図ろうとしていたのであれば残念なことだ。

久保田氏の新聞社ヒトデ論について

実は、今回の騒動を受けての久保田氏の記事は、ニコニコ生放送のホメオパシーについての番組を文字に起こした記事と同時に掲載された。この番組は昨年の9月に放送されたものだから、実際にはWEBRONZAの問題の記事が掲載されるよりも時系列的に前のやり取りということになる。この記事の中には以下のような久保田氏の発言が含まれていた。

久保田 最近の新聞には署名が書いてあるので、誰が書いた記事か分かる。ホメオパシー関連記事の署名を追っていただけば分かりますが、記事自体は一部の熱心な記者が頑張って書いているわけです。でも、彼らだけが突出して頑張っているのかというと、それだけではない。編集部全体のコンセンサスというか、「これは大きく報道するだけの価値がある」っていう暗黙の判断が編集部全体に行き渡ることで、紙面は出来ていくわけです。

 よく、「朝日新聞はどう思っておるのか」って問われたりするんですけれども、普通の人は、朝日新聞を《脊椎動物》だと思っている。つまり、脊椎があって、大脳があって、命令系統が上のほうにあって、その脳が「右手動きなさい。左手動きなさい」って、いちいち命令して各部分が動く、というイメージですね。

 でも実は、報道機関は《軟体動物》に近い。哺乳類よりもいわば、ヒトデに近いんですよ。ヒトデって5本の腕みたいなのがあって、その下に触手みたいなのがたくさんついているんですけれども、その触手がいわば記者であって、各々は気の向くままに勝手な方向に動いているわけですよ。でもなんとなく全体としては、うまいこと餌のほうに動いていく。全ての情報を統括する司令塔がどこかにあって、その命令で動いているというわけではないんですね。

(引用元: http://astand.asahi.com/magazine/wrscience/special/2010122800005.html?page=1 強調は引用者による。)
*5


それは確かにそうだろう。個々の記者は個別の意思と思想を持っているから、新聞社としての統一された見解があるとは限らないことは理解できる。


このあと阪大の菊池誠氏からツッコミが入るが、それに対する久保田氏の返答の一部がWEBRONZAの記事には掲載されていない*6ため、ニコ動にアップされている動画から私が書き起こした。

菊池: 正直アレですよね、朝日だってちょっと前にはホメオパシーに割と好意的な記事も載ってなくはないですよね。
久保田: そうそうだから、なにせヒトデだからね、右足やってることを左足だって良く分からないわけよ。

(書き起こし元: http://www.nicovideo.jp/watch/sm12252083 強調は引用者による。)


私はニコニコ生放送で久保田氏のこの発言を聞いたときから違和感を持っていた*7。新聞社の記者の意見の多様性を説明する文脈で言うのはいいとしても*8、「ホメオパシーに割と好意的な記事」を載せていた*9という失敗を指摘されたときに、ヒトデの話を持ち出すのはあまりにも分が悪いのではないか。これは、偽装表示問題を引き起こした食品製造会社の中の人が「食品会社は脊椎動物というよりもヒトデなんですよ。偽装を働いた従業員が右足だとしても、左足の私はよく分からないわけですよ。」などと言い出すのとどう違うのだろう? と私は思った。


とは言え、菊池氏は特に朝日新聞の責任を追求するような言い方をしたわけでもないし、久保田氏自身が失敗の当事者でもなかったことを考えれば、久保田氏の「新聞社ヒトデ論」を一種の質の悪い言い訳として捉えてしまった私が勘ぐりすぎていたという可能性がなかったわけではない。


しかし、悪いことに久保田氏は今回のWEBRONZAの騒動を受けての記事でも新聞社ヒトデ論を引き合いに出してしまったのだ。

 なお、この討論のなかで、朝日の記事がかならずしも首尾一貫しないのはなぜか、ということの説明として、「新聞社というのは、脊椎動物というより、軟体動物に近い」という説明をしてみた。新聞社は、全体を統制する頭脳のある脊椎動物というより、手足が勝手に動き回っている軟体動物のようなものなので、右手と左手が勝手にバラバラに動いてしまい、外から見ると、一体どっちを向いているのかわからないといったケースが起こりうる。

 「牛にもホメオパシー」の記事がWEBRONZAの「GlobalPress」にアップされた、という今回の事態をみても、この「軟体動物説」はやはり正しかったのだろう、と改めてため息をつきながら、この小文を書かせて頂いた。

 今回の騒動でご迷惑をかけた方々には、軟体動物の端っことして、お詫びを申し上げたいと思う。

(引用元: http://astand.asahi.com/magazine/wrscience/2010122800018.html 強調は引用者による。)


新聞社ヒトデ論を展開した後の「軟体動物の端っこ」からの「お詫び」に何の意味があるのだろうか。

事態をもっとややこしくしているのは、久保田氏はそもそも直接的には「お詫び」をする立場にないということだ。久保田氏の所属は科学医療グループであり、WEBRONZAの執筆陣に名を連ねてはいるものの編集部の中の人ではない。

「軟体動物の端っこ」に過ぎない久保田氏からしてみれば、元はといえば他の「端っこ」の迂闊な判断が招いた問題の後始末のために、おそらくは久保田氏がホメオパシーに精通しているという理由で、直接の責任はないのに引っ張り出されてしまった形になる*10。そんな久保田氏の「お詫び」がこんな取ってつけたようなものになってしまうのは、ある意味では当然の結果だろう。

そう考えると、久保田氏が気の毒にも思えてくる。この騒動の発端になった記事の掲載を許してしまったWEBRONZAの編集部の中の人は、久保田氏に謝罪させる前にやることがあるのではないか。

WEBRONZAに一番やってもらいたいこと

実は、「お詫び」より何よりWEBRONZAの中の人にお願いしたいことは、先述の通りに自分たちの言葉と責任で内容を検証した上で、発端となった記事に但し書きなり追記なりを付けて欲しいということだ。


前回のこのブログのエントリで私はWEBRONZAのtwitter公式アカウントの中の人の"後釣り宣言"に対して「子どもの発達障害に悩む親たちが釣られてしまったらどうするつもりなのか?」と指摘した。加えてWEBRONZAの中の人は私のブログを読んでくださっているそうだ*11。にも関わらず、こんなツイートをしている。


幸いにも、その後のやり取りでようやく私の指摘の真意が伝わり*12、今も対応を社内で議論中らしい*13ので、あまりクドクド言ってはいけないかもしれないが、さすがにこの返答には不安を覚えた。

WEBRONZAのホメオパシー記事掲載とNatureのホメオパシー論文掲載の比較から見えてくるもの

あまりに不安なので、WEBRONZAの迂闊な記事に纏わるリスクについて、もう少し別の観点からも指摘しておこうと思う。そのためには、いわゆる『水の記憶事件』とその顛末を思い出す必要がある。

『水の記憶事件』の詳細な説明は『やる夫で学ぶホメオパシー2』に譲るが、事件は1988年に当時のNature誌編集長だったジョン・マドックスがホメオパシーの効果を裏付けるとされるフランスの科学者の論文の掲載を認めたことに端を発する。まともな科学者であってもちょっとやそっとでは論文を載せられない一流誌であるNatureに、よりにもよってホメオパシーの論文が掲載されてしまったということはかなり衝撃的な出来事だったことは想像に難くない。スケールは違えど、最近までホメオパシーに批判的な報道で高評価を得ていた朝日新聞がホメオパシーに好意的な記事を載せてしまったという今回の一件と近い構図にあったと言えないこともない。ちょっと違うのは、物理学者でもあるマドックスがそんなホメオパシー論文に書いてあることを真に受けるはずもなく、明らかに「釣り」目的で掲載を決定したということだ。その証拠にマドックスは、論文の著者に掲載の条件として調査チームを受け入れることを認めさせていた。まさにこれは計画的犯行で、記事掲載後に「後釣り宣言」*14をしたWEBRONZAとは一味違う。さらにマドックスが凄かったのは、自分自身が調査チームの一員としてパリの研究室にのり込み、検証実験を実施しているということだ。検証実験の結果、バイアスを排除したより厳密な条件では論文で主張されていたようなホメオパシー的効果は観測されないことが判明し、マドックスらは"'High dilution' experiment a delusion"(「『高度希釈』実験は幻だった」)と題した調査報告を掲載して、ホメオパシー論文を叩きのめした。

ここまでやったマドックスだったが、それでも「釣り」を行ったことに関して批判されている。例えば、ある科学者はNature誌に寄せたコメントで、一流誌にホメオパシーの論文が掲載されたという認識が世界に広まってしまったこと自体がすでに有害であり、論文が撤回されたの内容が誤りだったと判明した*15としてもとしても、そのことは論文ほどは大きく報道されないだろうと指摘している*16。不幸にもこれは杞憂に終わらず、現実にホメオパシー団体は今でもなおホメオパシーの効果を裏付ける研究としてその論文を挙げているし、その後の反証実験についてはまともに紹介されない*17

1988年、ベンベニスト教授はNature誌に自説を裏付ける論文を発表した。彼が行った実験によると、桁外れに希釈した溶液に生理的影響を及ぼす作用があることは明らかだった。こうして「水の記憶」という言葉はホメオパシー関係の人々とベンベニスト教授の説を支持する人々、そしてアレルギーの研究を行っている研究者の間では良く知られた言葉になった。

(引用元: http://www.jphma.org/topics/pdf/evidences03.pdf)


こんな調子だ。

くどいようだが、マドックスがあそこまで周到に検証・反証やっても、依然としてNature誌のホメオパシー論文は禍根を残しているのだ。一方の朝日新聞WEBRONZAはというと、まともな検証を未だ行っていない。こんな事後対応で大丈夫か?

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*1:誤解がないように正確に書けば、この記事がホメオパシーに「好意」をもって書かれたかどうかは問題ではない。好意の結果であれなんであれ、ホメオパシーという偽医療の普及を利するような記事が事実をねじ曲げる形で掲載されたことは問題だ。

*2:http://togetter.com/li/82630

*3:http://togetter.com/li/84083

*4:もちろん、私はそれなりに自信をもってあのエントリーを書いたわけだが。

*5:再三にわたって指摘しているように、ヒトデは軟体動物ではなく棘皮動物なので、いろいろとおかしなことになっている。軟体動物に無脊椎動物の中でおそらく一番高度な神経系を持つタコが含まれているという意味でも、久保田氏の例え話は不適切だ。

*6:もちろん、これは朝日新聞の陰謀などではない。朝日より前にシノドスに記載された時点でこの部分は抜け落ちているし、すべてを文字に起こすのは不効率なのでそれ自体に何ら問題はないだろう。

*7:http://twitter.com/#!/Mochimasa/status/28402195056

*8:私は新聞社の中に複数の異なる意見が共存しているのは悪いことではないと思う。逆の言い方をすれば上層部の限られた人間によってガチガチに意見を統制された新聞があるとすれば、そんな新聞に大した価値はないと思う。それでも私が今回の記事が掲載されたことを問題にするのは、あの記事が「異なる意見」ではなく「低質な内容」だったからだ。ラインナップが豊富なショップはいろいろな商品を比較検討できて便利だが、その中に不良品を混ぜ込んでいるショップは優良店とは言えない。

*9:具体例はカルト新聞に詳しい。http://dailycult.blogspot.com/2010/08/vs.html

*10:もっとも、久保田氏自身が実際のところ、どう思ってこの記事を書いたのかは分からない。私にはそう見えるというだけのことなので悪しからず

*11:http://twitter.com/#!/webronza/status/20031948000862208

*12:http://twitter.com/#!/webronza/status/20550256965980160

*13:http://twitter.com/#!/webronza/statuses/22963390720770048

*14:http://twitter.com/#!/webronza/status/18307077004853248

*15:追記:この科学者は反証実験が行われる以前にコメントを寄せており、この実験結果がいずれアーティファクトとして処理されるだろうと考えていたようだ。

*16:Nature 334, 285 (1988).

*17:反証実験について言及される場合は"執拗なホメオパシー潰し"として陰謀論の文脈で取り上げられる。http://www.jphma.org/fukyu/20100206_mizu/

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