Not so open-minded that our brains drop out.

科学とニセ科学について書くブログ

ホメオパシー記事の訂正を拒む朝日新聞WEBRONZA

朝日新聞社が運営するニュースサイト WEBRONZAにホメオパシーが注意欠陥・多動性障害(ADHD)に有効であるとする研究を紹介しホメオパシーを肯定的に扱った記事が掲載されたのは昨年の12月13日だった。その後、twitterで批判的な議論がなされ*1、当ブログでは具体的に不備を指摘するエントリーを掲載した。その要約は以下の通りである。

  1. 実験の対象になったADHDの被験者62人は事前の非二重盲検試験でホメオパシーが「効く」ことが確認済みの人で、予め「効かなかった」人は除外されている。しかし、そのことは問題のWEBRONZAの記事には書かれていない。*2
  2. 論文では二重盲検の結果、ホメオパシーの効果に肯定的な結果を得ているが、その効果の程度は非二重盲検と比べてわずかだったと解釈されている。にも関わらずWEBRONZAでは二重盲検試験の結果、「ホメオパシー薬が症状のいくつかを顕著に改善させた」と書かれている。*3
  3. 二重盲検試験の結果には部分的にホメオパシーの有効性と矛盾する不自然な点がある。


ここで重要なのは、ホメオパシーを好意的・肯定的に扱ったこと以前に、ホメオパシーの臨床試験の結果を正しく伝えていないことが問題にされているということだ。3は解釈の問題なので異論が出る余地もあるだろうが、1と2に関しては元論文を読めば誰にでも気づくレベルの単純な指摘だ。私が思うに、紹介された臨床試験を実施しその結果を論文として発表したフライ医師らも、きっと私の1と2の指摘には同意してくれるだろう。彼らの研究成果を歪めているのはWEBRONZAの方なのだから理屈の上ではそうなる。ホメオパシーが健康被害を生む可能性があるというのは、この記事を批判する一つの動機にはなるがこの記事がホメオパシーと何の関係もない研究を紹介したものだったとしても、充分に批判に値する記事だったと言えるだろう。


以上のような指摘や批判の結果、朝日新聞科学医療グループの久保田裕氏による論点を整理する記事*4がWEBRONZAに掲載され、12月の記事に問題があったことが認められるに至った。


しかし、その一方で久保田氏の記事では、問題の記事に含まれる誤情報については私のエントリーにリンクして「本当にホメオパシーが有効なことが証明されたのか、ぜひ参考にして欲しい。」と述べるに留まり具体的には言及しなかった。いわば丸投げである。そして、問題の記事は未だに何の注釈もなく公開され続けている。


特に問題の記事がそのままの形で放置されていることについては、私を含む複数の人がTwitterで対応を促しており、1月の時点では今後の対応について前向きなツイートがなされていた。


このツイートにも関わらず、2月に入っても対応は一向になされなかったのだが、再三の催促の後にようやくWEBRONZAの公式見解が表明された。その結論は、あろうことか現時点で何の対応も行わないというものだ。

誤魔化しと論点ずらしと責任転嫁と言い訳と

一連のツイートはtogetterでまとめられている*5のだが、ここでは一つ一つWEBRONZAのツイートを追っていくことにしよう。


これでは久保田氏の記事と比べても後退してしまっている。問題は、「議論を呼ぶ」だけではなく、"誤情報"が含まれていたことにある。それが有益とはどういうことだろうか。誤情報以外の部分が有益だからトータルでは有益だったと言いたいにしても、それが注釈や修正の障害になるとは思えない。それにもし仮に、あんな間違いが含まれた記事が許容範囲だというのなら、自ずとWEBRONZAなるメディアそのものの信頼性の水準が伝わってくるというものだ。


少なくとも私は意図の説明など求めていない。あれを読んだら誤解してしまう人がいるから、注釈をつける等*6の措置でそうなることを未然に防いで欲しいと要望しているだけだ。誤情報を放置しておいて「読者や社内などに誤解を招いたとすればお詫びする」というのもおかしな話だ。こうしている間にも、あの記事を読んで誤解した人、すなわちお詫びすべき対象が増えているのかもしれないというのに。


(b)の下りが何を意味するのかよく分からないが、具体的な検証を私のエントリーに丸投げしている久保田氏の記事を検証と呼ぶのならそれは間違いだし、問題の記事から久保田氏の記事へのリンクも貼られていない現状では多くの人があの誤情報まみれの記事だけを読むことになってしまうので意味がない。そして、もっと理解に苦しむのは(c)だ。久保田氏の記事に当ブログへのリンクが含まれている事実からリンクそのものが不可能とは思えないし、困難なはずの修正は過去に実際に行われていたようなのだ*7。どうして過去には可能だった修正*8が今になって「システム上の都合などで困難」なのか私には想像もできない。


これに至っては読者への責任転嫁である。記事に明白な誤情報が含まれているにも関わらず、なぜか読者の「誤読可能性」の問題にすり替えられてしまっているのだ。あの記事を誤読なしで正確に理解できた読者でも、エスパーでなければ、「実は被験者62人が選ばれた患者だった」などという書かれてもいない重要情報を知るはずもない。ましてや記事に「顕著な効果」と書かれているのにそれを顕著とは言えない効果だと"正確に"理解してしまう読者がいるとすれば、それこそ"誤読"である。


そうなる前になんとかして欲しいという話なのに、なぜか自ら後手後手に回りたがるWEBRONZA。第一、そういう「流用」があっても、元記事は「システムの都合上」修正不可能だというし、「流用」の方法が著作権法に基づく適正な引用だとすればWEBRONZAには何ができるというのだろうか。何かできるのなら、どうして今のうちに対処しようとしないのか。

なお、メディアが一度この手の誤情報を流してしまうとどうなるか、という問題については、科学雑誌ネイチャーが"釣り"目的でホメオパシー論文を掲載した話の顛末を例にして過去のエントリーで論じている。


今度は論点ずらしだ。確かに「科学的批判とともに感情的包摂や対人的な説得、コミュニケーションが必要」かもしれない。しかし、これはWEBRONZAが誤情報を垂れ流し続けることとは何の関係もない話だ。それ以前に、WEBRONZA自身がニセ科学に関する誤情報の垂れ流しで批判を浴びている今このタイミングで、批判者に対してこんなご高説を垂れる余裕があるとは大したものだ。


WEBRONZAとは何だったのか

私はもうWEBRONZAに期待するのは止めにした。これだけ具体的に説明し、実際それがtwitterを通して編集部の中の人に伝わっている*9にもかかわらず、ここまで不誠実な対応を繰り返されたのだ。

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  ;    :            ;j/ j   ああ、やっぱり今回も駄目だったよ。
   ;   :;            :;;-;'   新聞社は読者の忠告を聞かないからなぁ。
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     : 'ー -―-'      /   !ノヽ、
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思い起こしてみれば、初期の後釣り宣言*10から、組織としての責任の回避・編集部の無能への開き直りともとれる久保田氏の新聞社軟体動物論*11を経て、今回の欺瞞に満ちた一連のツイートに到るまで、この不誠実さは一貫していた。


WEBRONZAなる悪質なメディアが一刻も早く世間からフェードアウトし、別のもっと有望なメディアが成長することを期待したいと思う。

*1:http://togetter.com/li/82630

*2:結論を左右しうる重要な前提条件を記載しないのは大きな落ち度だろう。

*3:論文以外のソースで著者らが、この相対的にわずかな効果を別の物差しに基づいて「顕著」と表現している可能性がないわけではないが、それなら問題の記事の筆者は反論するべきだ。もっとも論文以外のソースが科学的議論を行うに相応しい信頼性を持っているかは別問題だが。

*4:http://astand.asahi.com/magazine/wrscience/2010122800018.html

*5:http://togetter.com/li/98454

*6:タイトルでは訂正としたが、訂正よりも元の記事がそのまま残る注釈の追記の方が望ましかったと思う。

*7:http://twitter.com/#!/webronza/status/23226375120879618

*8:修正が可能なら、注釈の追加だって可能だろう。欄外表記に関する言い訳も理解に苦しむ。本文の最後に何個か改行を入れてから「編集部追記:」とでも書いて、どこがどう間違いだったか解説して訂正すればいい。

*9:http://twitter.com/#!/webronza/status/20550256965980160

*10:http://twitter.com/#!/webronza/status/18307077004853248

*11:新聞社は脊椎動物というよりも個々の脚が独立した意思をもって動く軟体動物だという久保田氏の持論である。本来ならば新聞社は、編集部という脳が駄目な記事をリジェクトすることで品質管理を行うことができる脊椎動物であったはずだ。詳細はhttp://d.hatena.ne.jp/Mochimasa/20110109/p1