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Not so open-minded that our brains drop out.

科学とニセ科学について書くブログ

やる夫で学ぶマクロビの歴史と桜沢如一の生涯 1

ネタ マクロビ やる夫

マクロビオティック (マクロビオティクス、略してマクロビとも) は一般的には健康的な食事法の一つとされ、最近では「ハリウッドでも人気」というような触れ込みで日本でも紹介されることも多い。しかし、その触れ込みと「マクロビ」という単語の横文字の響きとは裏腹に、その源流が戦前の日本にあったことは、どれほど知られているのだろうか。

本エントリーでは、その創始者 桜沢如一(さくらざわ ゆきかず)の視点からその歴史と思想について概説し、その理論の妥当性について批判的な解説を加えていく。


幼少期の母との別れ

桜沢如一は1893年(明治26年)に孫太郎と世津子の子として和歌山で生まれた。


          毛沢東と同級生なんだお!
                  ____         ,. -‐―――‐-、
   / ̄ ̄\      /⌒  ⌒\      γ::::::世津子:::::::::::ヽ、
 /   _ノ  \   /( ⌒)  (⌒)\    /::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::ヽ
 |  ─(⌒)(⌒)/::::::⌒(__人__)⌒::::: \ γ:::::::::人::::人::人::::人::::::::ヽ
 |     (__人__)|     |r┬-|     | (:::::::::/─   ─  \:::::::)
 |     ` ⌒´ノ \     `ー'´     / \:/ (⌒)  (⌒)    \ノ
 |         }   ( r        |     |    (__人__)      |
 ヽ 孫太郎  } ̄ ̄ ヽ○| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\\  ` ⌒´       / 如一は物知りなのね
  ヽ     ノ       || ((|||||||))       \ \       /
   /    く \ ((|||||||)) ,        ((|||||||)) \      (__ノ

父、孫太郎は如一が6歳のときに愛人を作って出ていってしまう。


        トーチャンがよそで女を作って蒸発しちゃったお
               ___
   .::' """".::.      / _ノ ヽ、_\      γ::::::::::::::::::::::::::::::::::ヽ
 .::.   _.:"  .::.   /( ー)  (ー) .\    /::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::ヽ
 :   :"".::"".: .: /  .。゚ (__人__) ゚o. \ γ:::::::::人::::人::人::::人::::::::ヽ
 :     .:....:::.....:. |      |r┬-|      | (:::::::::::/ ─    ─ \:::::::)
 :     """..: \     `ー'´     / \:/  (○)  (○)  \ノ
 :         .:   ( r  6歳     |     |   。゚ (__人__) ゚o   | 
  :.        .: ̄ ̄ ヽ○ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\\    `ー'´    / 如一は詳しいのね
  ::.     .:"     \            \      (__ノ

母、世津子は生活のために看護学・助産学の勉強をして資格を取得し、助産院を開業して如一を育てた。


  γ::::::::::::::::母::::::::::::ヽ、
  /::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::ヽ
γ:::::::::人::::人::人::::人::::::::ヽ
(:::::::::/ \    / \:::::::)
\:/  (●)  (●)  \ノ
 |   /// (__人__) ///.  |
 \     ` ⌒´    / カーチャン、
 /            /  如一のために頑張るよ。
 \       (__ノ

しかし、


               ___
   .::' """".::.      /     \        ,:::          :.
 .::.   _.:"  .::.   /  ─   ─ \      .:            :.
 :   :"".::"".: .: /   ( ○) (○) \  .:::    .::. .::. .::. .::.   :.
 :     .:....:::.....:. |      (__人__)    |  :.   .:: "   "  ::.    .:
 :     """..: \      ` ⌒ ´   /   ::.:.::   :."".:  :."".:  ::..:
 :         .:   ( r          |      :     :....:::.....:    :
  :.        .: ̄ ̄ ヽ○ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\  ::.    """    ..:
  ::.     .:"     \                        ::.
   .:   ::. \ー( )( )\              .   :.   :  .:
   :    .::. \        \                  :."" .:
    :    :".、....."".::  

過労がたたった世津子は結核にかかりこの世を去ってしまう。


∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴γ::::::::::::::::母::::::::::::ヽ、∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵
∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵ /::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::ヽ∵∴∵∴∵:∴∵∴.∵
∴∵∴∵∴∵∴∵∴ γ:::::::::人::::人::人::::人::::::::ヽ∴∵∴∵。∵∴∵∴∵
∴∵∴☆ミ∵∴∵∴ (:::::::::/ ─    ─ \:::::::)∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵
∴∵∴∵∴∵∴∵∴ \:/。(。⌒) (⌒。) .。\ノ∴∵∴,∵∴.∴∵∴∵
∴∵∴∵:。∴∵∴∵∴ |     (__人__)     |∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵
∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵ \    ` ⌒´     /∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵
∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵ /            /∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵
∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵ \       (__ノ∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴
∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∵∴∵∴∵ ∵∵∴∵∴∵ 



       ____
     /:::     \
   /::::::::::     \  カーチャン、
  /::::::::::         \ どうして死んでしまったんだお!
  |:::::::::::::::         |
  \::::::::::::::       /ヽ
   /:::::::::        くゝ  )
  ;|::::::::::::          / ;
  ;|::::::::::::::       イ ;

如一のこの体験は、後に如一がマクロビへの道を歩みだす大きなきっかけになるのだが、この時点でそれを知る者は誰もいなかったことだろう。
なお、如一は妹2人と弟1人も亡くしているそうだ。


石塚左玄の『食養』との出会い

母を失った如一は、一時は父親のところに身を寄せたようだが、その後は知人に預けられるなどして子供時代を過ごす。
しかし、青年となった如一にまたしても不幸が襲いかかる。


        ____
     ; /ノ|||| ヽ\;    カーチャンと同じ結核に
   ; /( ○)  (○)\ ;  かかってしまったお!
  , /::::::\(__人__)/::::: \; 
  ; |    | |r┬-| |    |,, 
  ′\      `ー'ォ    /´ 人生詰んだお...
    ./  ⌒ ̄ ̄`r:´> ) :
    (_ニニ>-‐'´/' (/ ;
    ; |     | ;
    ' \ ヽ/ / :
    , / /\\ .
    ; し’ ' `| | ;
          ⌒

そんな絶望のさなか、如一はある本と出会う。


         ____
       /      \    情強で貧乏な如一は
      /  _ノ   ヽ_  \   こんなときでも図書館で読書して
    /  o゚(●) (●)゚o ヽ  ピンチを打開するしかないんだお
    .|    :::⌒(__人__)⌒::: |   __
     \      `ー' / ̄ ̄⌒/⌒  /
    (⌒\     /  食  /    /
    i\  \  ,(つ 養  /   ⊂)
    .|  \   y(つ    /,__⊆)

如一は、石塚左玄が著した『食養』についての書物を読み、その考えに共鳴していった。*1


        / ̄\
       |  ◯  |  ←お医者さんのトレードマークの鏡
         \_/
         |         吾輩は石塚左玄である。
      /  ̄  ̄ \     福井藩の医者の家に生まれ、
    /  \ /  \   陸軍の薬剤監の勤めていたが、
   /   ⌒   ⌒   \  今は『食養』を広める活動をしておる。
   |    (__人__)     |
   \    ` ⌒´    /
   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ \
  石塚左玄 (1851-1902)

『食養』とは、江戸時代以来の『食養生』という食事法・健康法をベースに石塚が考案した食事法・食事療法である。


           / ̄\
             |  ◯ |      人間はその土地土地の風土に
           \_/      あったものを食するべきである。
             |        
         /  ̄  ̄ \    従って、我々日本民族は
        /  ::\:::/::  \   古来からの米と菜食を中心とした
      /  .<●>::::::<●>  \  食事をとるべきで、
      |    (__人__)     | 欧米式の肉食中心の食事を
      \    ` ⌒´    / 真似ていてはいけないのである。
       /,,― -ー  、 , -‐ 、
      (   , -‐ '"      ) 日本人が欧米式の食事をとっていたら
       `;ー" ` ー-ー -ー'  かえって病気になってしまうのである。
       l           l

当時の日本では西洋から持ち込まれた医学がもてはやされ、特に衛生学が重視される風潮にあった。

ドイツの衛生学の流れを汲む主流の医学者らが脚気が感染症だと誤解して多くの犠牲者を出した一方で、一部の医学者・科学者が実験によって脚気の原因を食物にあることを突き止め大きな成果を挙げたという逸話は有名だ。*2

石塚の『食養』は食に着目したという点では後者に近いが、系譜としては飽くまで日本の伝統に連なるものであった。


..        ____
       / ―  -\   思えばハイカラさんだったカーチャンは
.  .   /  (●)  (●)  朝はパンに牛乳、昼はオムレツという
    /     (__人__) \ 洋風の食生活をおくっていたお!
    |       ` ⌒´   |
     \         / ̄ ̄⌒/⌒  /
    (⌒\     /  食  /    /
    i\  \  ,(つ 養  /   ⊂)
    .|  \   y(つ    /,__⊆)

看護婦・助産婦だった母、世津子はその知識故に西洋式の栄養学に基づく食生活をおくっていたとされる。


        ノ L____
       ⌒ \ / \     つまり、カーチャンは
      / (○) (○)\   西洋式の医学・栄養学のせいで
     /    (__人__)   \  死んでしまったんだお!
      |       |::::::|     |
     \       l;;;;;;l    /l!| ! 
     /     `ー'    \ |i
   /          ヽ !l ヽi
   (   丶- 、       しE |そ  ガッテンガッテンッ!!
    `ー、_ノ       ?堯?l、E ノ <
               レY^V^ヽl

事実、如一は母の死について後に以下のように述べている。


この母がとても男マサリで、京都のまちへうつると、新島襄の門下になり、西洋文明風な思想と生活法をさかんにとり入れました。そのため、母は私が十歳の時、三十歳の若さで死んでゆきました。

(桜沢如一 『新食養療法-食による健康と自由-』(1978年) 26ページ)

母が生きていたころは朝はパンとミルク、昼はオムレツでした。そんな伝統を踏みにじった生活のために母は死んだのです。

(桜沢如一 『新食養療法-食による健康と自由-』(1978年) 27ページ)



このときから如一にとっての「西洋医学」は文字通りの「親の仇」となったのだ。後年、マクロビの第一人者とになった如一は「今だったら決して死なせはしない」*3と述べて悔やんでいる。


ただし、如一の解釈はどうあれ、西洋式の医学や化学の教育を受けていた石塚自身は『食養』に科学的な考え方を盛り込んでいた。


         / ̄\
           |  ◯ |   古来から食物には陽性のものと陰性のもの
         \_/   があるとされるのである
           |
       / ̄ ̄ ̄ \  これは食品中の成分によって決まるのである。
      /   ::\:::/::::\  ナトリウム塩を多く含むものは陽性、
    /   <●>::::::<●> \ カリウム塩を多く含むものは陰性なのである。
    |     (__人__)    |
    \     ` ⌒´   / これらの偏りは病気を引き起こすのであって、
       ̄(⌒`::::  ⌒ヽ   陰と陽、すなわちナトリウムとカリウムの調和が
        ヽ:::: ~~⌒γ⌒)  大事なのであーる。
         ヽー―'^ー-'
          〉    │

食品に陰性と陽性があるという考えは古代中国から続く陰陽説に基づくものだが、それを食品中の成分であるナトリウムとカリウム*4から説明した点が石塚の斬新な点であった。

現代の視点で見れば、こじつけ臭く科学的妥当性も疑わしいが、化学的成分という定量可能な実体に基づいて検証可能な主張をしたという意味では、当時の日本の水準ではそう悪くない科学的仮説だったのかもしれない。実際、石塚のこの主張自体もドイツの生理学者が行った動物実験をヒントにしたものだったらしい*5


        / ̄\
          |  ◯ |   白い米は粕(かす)である。
         \_/
           |         /)
       /  ̄  ̄ \    ( i )))
     /  ::\:::/::  \   / /
    /  <●>::::::<●>   \ノ /
    |    (__人__)     | .,/
    \    ` ⌒´    /
    /__       /´  すなわち
   (___)     /
       米 ( ゚д゚)  白
       \/| y |\/


        ( ゚д゚)  粕
        (\/\/

この言葉遊びのような主張は実際に石塚の著書『通俗食物養生法』で展開されたものだ。


糠を剥ぎ取れば米偏に白の字すなわち粕となるものにして

(引用元: 石塚左玄 『通俗食物養生法』 (1909年) 増訂7版 110ページ http://kindai.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/837061/78)


        ____
     /     \
    /  ─    ─\ なるほどなんだお。
  /    (●) (●) \
  |       (__人__)    |
  \        |\  / /|
  /     /⌒ノ  \/ ( )
  |      / / |       |



       ____
     /⌒  ⌒\
    /( ●)  (●)\  これは試してみるしかないんだお。
  /::::::⌒(__人__)⌒:::::\
  |     |r┬-|     |
  \      `ー'´     /



   ↓

         ___
       / ⌒  ⌒\
      / (⌒)  (⌒)\   食養を実践したら
    /   ///(__人__)///\  結核が治ったお!
     |   u.   `Y⌒y'´    |
      \       ゙ー ′  ,/ 食養はすごいんだお!
      /⌒ヽ   ー‐    ィヽ
      / rー'ゝ       〆ヽ
    /,ノヾ ,>      ヾ_ノ,|
    | ヽ〆        |´ |

結核は明治から昭和の日本で猛威をふるった伝染病であり、戦後に抗生物質による治療が広まるまでは死に直結する病だった*6「母の結核による死」「如一自身の結核の治癒」という2つの強烈な体験が如一に食養の有用性を確信させたであろうことは想像に難くない。

事実、如一はこの体験をきっかけにして石塚が主催した『食養会』に入会し、貿易会社で働く傍ら、熱心に食養活動に参画していくことになる。

地理マニアの陸軍大佐 西端学

如一が当時、師と仰ぎ、マクロビオティックの成立に大きな影響を与えたとされるのは、元陸軍騎兵大佐で食養会理事の西端学である。西端は石塚亡き後の『食養会』において主導的役割を果たしていた人物で、如一は「私が先生というのは石塚先生と西端先生だ」*7と述べるほど西端を尊敬していたようだ。


              _,..-──‐- 、、
             ,r'´.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:`ヽ、
                /::::::::::::::::r、、;,::::::::::::::::::::::::\
            /:::::::::::::::/    ̄``ー- 、:::::::`,
           ,!:::::::::::::,イ         `ヾ:::::l
           |;:;:;:;:;:;:;:j -=;、、_,,  、_,,、、、 |:::ノ
            !;:;:;:;:,ィリ´ ''´テェ'~´' ,斤ェ、`,!'  寒く乾燥した大気の中でで暮らす欧州人は
           l;;;;イ´ヾ'          `,   l   体温を維持するために常に自然と戦っている。
           ヾ;;;, ゝ         j   !   だから、自然に対して陰鬱な思想を抱いて生きているのだ。
            〉;;`トーi        ` ´   ,'
            ヾ、j  l.    `ー-‐-'  /  一方、温帯に属する我が国では、四季の変化が鮮明だ。
             」  `、.     ` ̄  /   それ故、感受性が豊かでありながら不屈の精神も有している。
            i´ `ー-、\      , イ
            |l     ````ー‐‐'´lj 
          , ィ^ヽ、    rr=、`Viイ^i
___, 、、- ‐ry‐'"´ヽ ``ヽ `ゝ、 ,ゝヽ,  jル ,jト、、
_   ̄`ヾ、   ,レ'´ ̄.:.:.:.:.:.:.:.:,ィ´``ゝ'^ヘ、 `ゝー-、、_
.:.:.:``ヽ    ヽ   i.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:ィ´(   ,r'⌒ヽ、:.``''ー- 、ゝ`Y''ー-、、
.:.:.::.:.:.:.:゙;、     ,!.:.:.:.:.:.:,ィ´\ ヽ r=<;;::.:.ノ `! ゝ.:.:.:.:.`, l   リ;ヽ
ー-;、、:.:.:`ミ,     」.:.:.:.:.:.:.\  人  _ノゞィゝ、ノ ゝノト、.:.:.:i l  ,l|.:.:゙l



       ____
     /⌒  ⌒\
    /( ●)  (●)\   さすがはインテリの西端先生だお!
  /::::::⌒(__人__)⌒:::::\  すごく科学っぽいくてカッコイイお!
  |     |r┬-|     |
  \      `ー'´     /

"土地土地には適した食べ物があり、人間はその地で産したものを食すべし"という考えは石塚左玄から続くものだが、予てから地理学に精通していた西端はその学識を裏付けにして、より先鋭化した思想を打ち出した。

しかし、その内容は地理学を悪用したこじつけそのものであり、日本の風土と民族の優位性を示そうという恣意性が感じられる。西端の介在によってニセ科学的な特徴がより鮮明になったと言えそうだ。また、後に如一が見せることになる西洋文明への対抗意識も西端の理論に影響されていた部分があったのかもしれない。


              _,..-──‐- 、、
             ,r'´.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:`ヽ、  然るに我々はその土地土地の環境に
                /::::::::::::::::r、、;,::::::::::::::::::::::::\ 則したものを食する必要がある。
            /:::::::::::::::/    ̄``ー- 、:::::::`, それは石塚先生もご指摘のとおり、
           ,!:::::::::::::,イ         `ヾ:::::l その土地に産する食物なのだ。
           |;:;:;:;:;:;:;:j -=;、、_,,  、_,,、、、 |:::ノ
            !;:;:;:;:,ィリ´ ''´テェ'~´' ,斤ェ、`,!'  私は、この考えを仏教の言葉を借りて
           l;;;;イ´ヾ'          `,   l   「しんどふじ」と呼ぶことにしたのだ。
           ヾ;;;, ゝ         j   !
            〉;;`トーi        ` ´   ,'   漢字では『身土不二』と書く。
            ヾ、j  l.    `ー-‐-'  /    分かるかね? 如一君
             」  `、.     ` ̄  /
            i´ `ー-、\      , イ
            |l     ````ー‐‐'´lj
          , ィ^ヽ、    rr=、`Viイ^i
___, 、、- ‐ry‐'"´ヽ ``ヽ `ゝ、 ,ゝヽ,  jル ,jト、、
_   ̄`ヾ、   ,レ'´ ̄.:.:.:.:.:.:.:.:,ィ´``ゝ'^ヘ、 `ゝー-、、_
.:.:.:``ヽ    ヽ   i.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:ィ´(   ,r'⌒ヽ、:.``''ー- 、ゝ`Y''ー-、、
.:.:.::.:.:.:.:゙;、     ,!.:.:.:.:.:.:,ィ´\ ヽ r=<;;::.:.ノ `! ゝ.:.:.:.:.`, l   リ;ヽ
ー-;、、:.:.:`ミ,     」.:.:.:.:.:.:.\  人  _ノゞィゝ、ノ ゝノト、.:.:.:i l  ,l|.:.:゙l


                   ____
                /       \    よく分からないけど
               /  ─    ─ \   ありがたいお!
             /    (>)  (<) \
             |       (__人__)   |
             \            /  南無妙法蓮華経
              _rl`       /////   南無妙法蓮華経
..              /\\    ////゙l゙l    
                ,.:く::::::::`:、\ 〉l゙:l  / !.|   
.            /:.:.:.:\:.:.:.:.`:、ソ/:.:|    | |
           /.:.:.:.:.:.:.:.:.:\:.:.:.:У:.:;l   /./
.          /:.:.:.:.:.:.:.r'´`‐,`、:/.,.:‐{   | !`:、
           ,'.:.:.:.:.:.:.:.:.';_,゚.,ノ.:./,:':.:.:.:',  | |`、:|
           !:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.゙、:.::/:.:.:.:.:.:.ヽ, / ,!:.:`、

本来、仏教用語の身土不二は「しんどふに」と読み、「過去世での行為の結果としての現在の心身」と同じく「過去の報いとして受けた国土などの環境」の二者は切り離せないということを指す、一種の因果応報論の文脈での言葉らしい。一方、食養の推進者たちの『身土不二』は「しんどふじ」と読むことが多いようで*8、意味も仏教用語とはだいぶ異なっている。

このあたりから食品の成分に主眼をおいていた石塚の『食養』が思想的・宗教的要素をふんだんに含む桜沢如一の『マクロビオティック』へと変質していく過程が垣間見えてくる。


なお、『身土不二』と並んでマクロビオティックのキーワードとして挙げられるのは『無双原理』という言葉である。これは、『易経*9における陰陽思想を如一流にアレンジして食を含む森羅万象に当てはめた考え方だったようだ。

アレンジと書いたのは、


  _∩
 / 〉〉〉
 {  ⊂〉     ____
  |   |    /⌒  ⌒ \   プロトンは陽性で、エレクトロンは陰性なんだお。
  |   |  /(●)  (● ) \  長波は陽性で短波は陰性なんだお。
  |   |/:::⌒(__人__.)⌒:::  \ 「時」は陽性で、「空」は陰性なんだお!
  ヽ   |     |,┬‐ |       |
   \.\   `ー ´     /
     \       __ ヽ
      ヽ      (____/

*10



のように『易経』には書かれているはずがないものまで、陽と陰に割り振られているからだ。このあたりの割り振りはおそらくは『易経』というより如一なりの類推等によって主観的に決定されているのだろう。石塚の理論も伝統的な陰と陽の思想を受け継いではいたが、その区別をカリウムとナトリウムという化学的実体に求めるものだった。如一はむしろ、舶来の科学よりも伝統的思想の側にその理論を引き戻したと言えそうだ。

古代の占いの理論と如一の主観を取り込み、ますます変質する『食養』だったが、このころには如一は食養会の中で無視できない存在になっていた。

突然のフランス無銭旅行

ところが1929年、如一は突然、渡仏を決行する。


                  ,ヘ
      ____      / /
     /\  /\   / /
   /( ⌒)  (⌒)\/  /
  / :::::⌒(__人__)⌒:::::\ /  ちょっと、おフランスに渡米して
  |     |r┬-|  u   |   無双原理を広めてくるお!
  \ u  ` ー'´     /
  /          \
 /             \
/  /\           ヽ  ミ
 /   \          ノ  ミ
U      ヽ        ノ   ミ

などと如一は書いているが*11、後に如一と袂を分かった元関係者の林仁一郎という人物は以下のように述べている


   . |     (__人__)      医師でもないものが治療行為を
      |     ` ⌒´ノ      行うことを当局は快く思っていなかったんだろ。
.     |         }       
   .  ヽ        }       如一はその取締から逃れるためにフランスに逃げたんだろ。
   _/⌒ヽ     ィ            常識的に考えて
 i'⌒゙l |   l         \__ィ〜っ
 |  |. |   |       ト、_"__冫く;'三}
 |  | ( " ̄⌒ヽ、 |____`ー‐"
 |.   ̄ ̄ ̄ ̄|ソノノ ̄`ヽ ̄⌒ヽ.'⌒lソ
 |        l  .| y  |_ィ   |  .||
 |        |  .|.|   |  |  |   ||
 |        |   |___|  |__|  ||
 |_______.|___(__゙)__{___゙)_||

*12




なお、貿易会社で働く傍ら神戸仏語学校に通っていた経験を持つ如一はフランス語が堪能だったようだ。


          ___
        /     \   ボンジュール。
      /⌒   ⌒  \  ジュ マペル ジョルジュ・オーサワ
     / (●) ( ●)   \
      |    (__人__)      |
     \_  ` ⌒´    __/
     /´:::/ヘ;;;/∨::\::::::::`ヽ
     i:::,::>:::i/;;;;i /:::::::く:::::::,::::::ヘ
    {:::i::ヽ::i;;;;;;;/:::::/::::::::i:::::::::}

如一は後に海外ではジョルジュ(あるいは英語風にジョージ)・オーサワとして知られることになるが、如一がこの名前を名乗るようになったのは戦後のことのようだ*13。ちなみに、名字がオーサワなのは、サクラザワは外国人には読みにくかったためらしい。

逃げるように渡仏した如一はパリで極貧生活を体験することになるが、次第にフランスでも支持者を得て『無双原理』に関する本の出版にこぎつける。さらには、ルイ・ケルヴランと親交を深め、後には同氏の著書『生体による元素転換』(原題: Transmutations Biologiques )を翻訳するに至る。


ケルブランの理論は日本では『生体元素転換』あるいは『生物学的元素転換』などと呼ばれるが、
その理論を紹介する際にはニワトリを使った奇妙な実験が引き合いに出されることが多い。


       ,-'"ヽ    
      /   i、       / ̄ ̄ ヽ,      _/\/\/\/|_  
      { ノ   "' ゝ    /        ',     \          /
      /       "' ゝノ {0}  /¨`ヽ{0}     < 核融合!! >
      /              ヽ._.ノ  ',    /          \       
     i                `ー'′  '.     ̄|/\/\/\/ ̄       
    /                       }.          
    i'    /、                 ,i..          
    い _/  `-、.,,     、_       i          
   /' /     _/  \`i   "   /゙   ./          
  (,,/     , '  _,,-'" i  ヾi__,,,...--t'"  ,|           
       ,/ /     \  ヽ、   i  |           
       (、,,/       〉、 、,}    |  .i          
                `` `     ! 、、\          
                       !、_n_,〉>

                 .,,......、
    _、   _         ヽ `'i ,‐..,      ___,,,,,,,、
  '|ニ- /   !│        ,!  ゙'"  l     l  ゙    ゙l, 
   ././    .! ヽ        !  ,i--'"゛     ゙'''"'''/  ,,r'''”
   l .!     ! l \     _,,,,,,,)  |         ,,  `゙‐'゜
   ! |    / | ヽ`   /..,,,,,_.   `''-、     ,┘゙,k 
   ヽゝ-__-‐'ノ      | .'(__./  .,、  `'、.   |  '{,,___,,,,,,,,、.?
    ─‐'''´       ヽ,、   _./ `'-、,,ノ .   'v,_   ̄`  : ,,,l
                 . ̄´            .゙~゚'冖''''"'゙”″

その実験とは、カルシウム分を含まない土の上で飼育され、柔らかい殼の卵しか産めなくなってしまったニワトリにカルシウムを含まない雲母を摂取させたところ、固い殼の卵を産むようになったというものだ。

ルイ・ケルヴランは大胆にも、この実験結果が雲母に含まれるカリウムが体内で水素と核融合してカルシウムが生成したことによるものだと結論づけた。つまり、化学反応ではなく原子核反応の一つであり、一般的には超高温下でしか実現できない核融合という現象が生体内で起きていたという劇的な結論に彼はたどり着いてしまったわけだ*14

  • 骨などに含まれるカルシウムが溶け出して卵に転用されているだけではないのか?
  • そもそも柔らかい殼しか産めなくなったのは本当にカルシウム不足のせいだったのか?
  • カリウムが理論通り減っていることを確認しているのか?
  • 核融合によって生じたはずのエネルギーはどこに消えてしまったのか?

等とツッコミ出せばキリがない。

つまるところ、ケルブランの論証は穴だらけだ。それに、もし当時の分析技術で検出できるほどの『元素転換』が本当に起こっているのなら、そうした現象を考慮に入れていない物理学・生化学・栄養学はとっくに破綻しているはずだが、現実にはそうなっていないことからも、彼の主張が誤りであることは容易に理解できる。

しかし、


         ___
       / ⌒  ⌒\   ケルブラン氏の説はすごいんだお。
      / (⌒)  (⌒)\
    /   ///(__人__)///\ 食べ物を食べてから体内で元素が変換されるなら、
     |   u.   `Y⌒y'´    | 元素にこだわる栄養学は意味ないんだお。
      \       ゙ー ′  ,/
      /⌒ヽ   ー‐    ィヽ  つまり、栄養学と矛盾するマクロビは
      / rー'ゝ       〆ヽ  実は間違ってなかったんだお
    /,ノヾ ,>      ヾ_ノ,|
    | ヽ〆        |´ |

如一はケルブランの説が予てからの自説を裏付けるものと考えていたようで、これを「人生最大の収穫」と称していたそうだ*15


如一に限らず、現代の科学が間違っていたことにしたい人たちにとっては、ケルヴランの理論は「渡りに船」だった。例えば、極端な菜食主義者であるヴィーガンの中には生体元素転換を彼らの偏った食生活の正当化に利用している人がいるし*16千島学説*17の信奉者には、生体元素転換が千島学説を支持するものだと考えている人がいるようだ*18。確かに細胞分裂を否定し、細胞は新生すると説く彼らにしてみれば、ケルブランの理論は都合がいいのだろう。ありもしない「細胞の新生」を肯定するためにはありもしない生体元素転換が必要とされるというわけだ*19


なお、ルイ・ケルブランは1993年にイグノーベル物理学賞を受賞している*20のだが、この手の人にありがちなことに*21、肯定的な立場からはノーベル賞候補者だったことにされている。

 ケルヴランの研究は1975年のノーベル賞(医学・生理学賞)にノミネートされている。しかしこれは結局受賞するには至らず、彼の研究はその後ほとんど顧みられることはなかった。

(引用元: http://homepage2.nifty.com/cosmo-formalism/sakusaku/1_1.htm)


ノーベル賞の選考過程は基本的に非公開で行われ、50年後に資料が公表されることになっている。1975年ならその選考過程は公表はしばらく先のはずだが、何を根拠にノミネートされたと言っているのだろうか。

さらば、食養会

如一は1935年、日本に帰国した。
帰国後は、フランスで獲得した小型飛行機の専売権を利用して事業を起こし、その収益を食養運動に投じた。

当時の如一は食養会で精力的に活動し、宮家や徳川家の健康指導も行うまでになっていたという。そして、如一が食養会の会長となり、名実ともにトップに立つことになったのは1937年の出来事だった。


しかし、そんな矢先の1939年、食養会の理事会は思わぬ決定を下すことになった。


           / ̄ ̄\     あ…ありのまま 今 起こった事を話すぜ! 
         /       \    『おれは食養会 会長になったと
        / ヽ   ノ  u  \   思ったらいつのまにか追放されていた』
       /´| fト、_{ル{,ィ'eラ,   |
     /'   \ .(__人__)⌒`  /   な… 何を言ってるのか わからねーと思うが 
    ,゙  / )ヽ(,`⌒ ´    / ヾ、  おれも何をされたのかわからなかった… 
     |/_/  /  ̄ ̄ ̄      ヽ
    // 二二二7      __    `ヽ 
   /'´r -―一ァ‐゙T´ '"´     -‐  \ 
   / //   广¨´  /'       ´ ̄`ヽ ⌒ヽ
  ノ ' /  ノ `ー- 、___            ヽ  } 
_/`丶 /         ̄`ー-- {.       イ



            ____
          /⌒  ⌒\
        / (●) (●) \
       /::::::⌒(__人__)⌒:::::ヽ  でも、ま、いっかお!
      / |     |    |    |  いい機会だから独立して
    /' / )    |r┬-|    /:ヽ、 無双原理を極めるんだお!
    l/_/::ヽ   `ー'´   /i:::::ヽ
    // 二二二7___/;;/::::::::/ヽ
   /'´r ー---ァ -`T´´" /::::::/-‐  \
   / //   广¨´  /   /:::::::/´ ̄`ヽ ⌒ヽ
  ノ ' /  ノ:::::::`ー-、__/::::::://      ヽ  }
_/`丶 /:::::::::::::::::::::::::::: ̄`ー-{:::...       イ

この追放劇の背景には、医師の理事との対立があったという。如一はこれをきっかけにして滋賀県に無双原理講究所を設立し、単なる食事法の枠に収まらない思想的側面を前面に出していくようになる。

しかし、


        ____
       /      \
     /  ─    ─\
    ./    (●)  (●) \
    |       (__人__)    |、
r―n|l\      ` ⌒´   ,/ ヽ
  \\\.` ー‐ ' .// l     ヽ
.     \        |      |
.       \ _  __ | ._   |
        /,  /_ ヽ/、 ヽ_|
\      // /<  __) l -,|__) >
  \.    || | <  __)_ゝJ_)_>
    \.   ||.| <  ___)_(_)_ >
      \_| |  <____ノ_(_)_ )
     1度目の逮捕(1941年)

如一とその仲間たちは、医師法違反の嫌疑を掛けられ逮捕されてしまう。これを食養会の医師たちの差金だとする向きもある*22ようだが、真相は今となっては分からない。*23 ただし、このときは数日で釈放されたようだ。


なお、皮肉にも如一を失った食養会はその後衰退し消滅してしまう。如一のマクロビが全世界に広がっていったのとは対照的だ。



つづく


次は反戦活動家としての如一を紹介する。

マクロビオティックの"教義"

ここで改めてマクロビオティックについて整理しておこう。

如一自身は、少なくとも日本語の文献ではマクロビオティックという言葉よりも正食という言葉を用いることの方が多かったようだ。おそらくは如一の考えが海外で流行し日本に逆輸入された結果として、『マクロビオティック』という表記が広まったのだろう。なお、マクロビオティックという言葉自体は元々ヒポクラテスの時代が用いられている古代ギリシャ語に由来するそうだ*24

その"教義"をあえて3点に要約すれば以下のようなものとなる。ただし、現在では指導者による方針の違いもある他、個別に見ていくと矛盾もあるため、現実には以下の要点でマクロビのすべてが説明できるわけではないことに留意されたい。

陰陽調和(無双原理)

食べ物には陽性のものと陰性のものがあり、両者のバランスをとることが大事である。

如一は陰陽調和を独自に拡大解釈し、万物に陽と陰があると考え、その考え方を無双原理と呼んだ。

身土不二

健康のためには地元でその季節に作られた作物を食べるべきで、遠隔地で産したものは良くない。


これが彼らの言う所の「伝統食」*25を食べるべしという考えになり、反砂糖*26・反牛乳論に繋がる。なお、しばしば地産地消と混同される概念であるが、地産地消は元来"地元のものが他の比べて健康にいい"という主張は含まず、マクロビとは元々関係がない言葉だ。

一物全体

皮を剥いたりアクを抜いたりせず、食材を余すことなく丸ごと食べるのがよい。


マクロビで白米よりも玄米が推奨されるのはこの原則のためらしい。逆に精製されてできる白砂糖のような食品は一般に悪いものとして扱われる。


以上のように食事法に関する限り如一の考えは基本的に石塚のそれを踏襲している。如一独自の部分は無双原理によるところが大きく、また如一の国際性が日本古来の『食養』を『マクロビオティック』として全世界に広めることを可能にしたと言えるだろう。

参考文献

癒しを生きた人々―近代知のオルタナティブ

癒しを生きた人々―近代知のオルタナティブ


宗教学者の島薗進氏が第四章をまるまる割いてマクロビについて客観的に解説している。


食生活の革命児―桜沢如一の思想と生涯

食生活の革命児―桜沢如一の思想と生涯


桜沢如一の伝記。当然、マクロビに肯定的な立場から書かれた本だが、一次資料としての価値は高い。


新食養療法

新食養療法


如一の食養・マクロビの実践方法について病名を挙げて具体的に書かれている。

*1:この時点で石塚は故人であり、如一は石塚本人とは面識はないものと思われる。

*2:http://d.hatena.ne.jp/NATROM/20081216

*3:松本一朗『食生活の革命児 桜沢如一の思想と生涯』 (1976年) 50ページ

*4:石塚はこれら二つの成分を夫婦アルカリと呼んだ。

*5:もちろん、動物実験の結果を人間に当てはめられる保証はない。それに石塚の主張は基本的に江戸時代の『食養生』を踏襲するもので実験から導きだされたものではない。方法論も結論も現代の視点から見れば間違いだらけであることは明白である。

*6:感染者数は大きく減ったが、日本における感染者の割合は他の先進国と比べて高いそうだ。また、耐性菌という新たな問題も生じている。http://www.jatahq.org/siryoukan/ayumi/rekishi.html

*7:松本一朗『食生活の革命児 桜沢如一の思想と生涯』 (1976年) 66ページ

*8:大辞泉 増補新装版 (デジタル大辞泉) では、それぞれ別の読みで別の項目として掲載されている。

*9:易経』とは古代中国の書物で、元来占いについて書かれたものだ。細い竹の棒を使った古式ゆかしい占いはまさにこの『易経』に基づいたもので、韓国の国旗にある黒い棒からなる記号も『易経』に起源を持つ。

*10:プロトンは水素イオン (H+)、プロトンは電子 (e-)のことだ。確かに前者がプラスの電気、後者がマイナスの電気を帯びているのは事実で、おそらくは如一もそれをヒントにこの考えに至ったのだと思う。これは一見尤もらしく見えるが、電気の歴史を考えればとてもすんなり受け入れられる類の考えではないことが分かる。実は、電気のプラスとマイナスは元々電気の実体が分かっていなかった時代に合理的な理由なく、乱暴な言い方をすればテキトーに、電気の極の一方をプラスもう一方をマイナスと決めただけのことで、もしかしたらプラスとマイナスはアベコベに定義されていたかもしれないのだ。したがって、陽気・陰気などという言葉に使われているような東洋思想の陰と陽を比喩以上の意味で電気のマイナスとプラスに当てはめることには少しも尤もらしくはない。

*11:桜沢如一 『新食養療法-食による健康と自由-』(1978年)のブックカバー裏面の年表には「『無双原理』世界観を世界に問うためパリへ無銭旅行」とある。

*12:林仁一郎『食養の生涯』(1977年)346ページ

*13:松本一朗『食生活の革命児 桜沢如一の思想と生涯』 (1976年) 111ページ

*14:核融合反応からは大きなエネルギーが取り出せると期待されており、核融合炉の実現を目指した研究は国際プロジェクトとして大真面目に進められているが、未だ実用化は程遠いとされる。それだけ効率的に核融合反応を起こしそれを維持することは難しいということだ。一方で、高温でなくても核融合が実現できたとする"画期的な"報告、常温核融合は定期的に話題になるが、結局は核融合が起こっていることを十分に証明できず、立ち消えになってしまうのが半ば恒例行事となっている。

*15:松本一朗『食生活の革命児 桜沢如一の思想と生涯』 (1976年) 50ページ

*16:http://inness.blog112.fc2.com/blog-entry-155.html

*17:http://d.hatena.ne.jp/Mochimasa/20100721/1279717703

*18:http://www.asyura2.com/sora/bd16/msg/203.html http://www5b.biglobe.ne.jp/~sugi_m/page283.htm

*19:面白いことに桜沢如一の方も千島学説が彼の考えを裏付けるものだと考えていたようだ。(松本一朗『食生活の革命児 桜沢如一の思想と生涯』 (1976年) 226ページ)

*20:http://www.improb.com/ig/ig-pastwinners.html

*21:http://d.hatena.ne.jp/Mochimasa/20100221/1266768657

*22:松本一朗『食生活の革命児 桜沢如一の思想と生涯』 (1976年) 73ページ

*23:如一は少なくとも後年の著書の中では「治療」「療法」という言葉を当たり前のように使っているし、具体的病名を挙げて「之を治すには正食より他はない。」(桜沢如一『新食養療法』 (1964年) 160ページ)とまで書いていたことを考えると、当局に問題視されても仕方ない活動をやっていた可能性は十分あると思う。

*24:http://www.macro-biotic.jp/contents/gendai.html

*25:伝統食と言っても日本人の食事は地域や時代によって違うわけで、飽くまでカギカッコ付きの「伝統」ということになる。

*26:http://d.hatena.ne.jp/Mochimasa/20100704/1278198841

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