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Not so open-minded that our brains drop out.

科学とニセ科学について書くブログ

楽天・星野監督が『ウイルスブロッカー』なる怪しい商品の宣伝に一役買っている件について


プロ野球の東北楽天ゴールデンイーグルス星野仙一監督が『ウイルスブロッカー』なる商品*1の宣伝に一役買っているようだ。スポニチは『星野監督 インフル対策の秘密兵器を大量注文』という見出しで以下のように報じている。

「これでウイルスがなくなるらしいぞ。ワシの友達が心配して送ってくれたんや」。新兵器の正体は携帯式の空間殺菌剤「ウイルスブロッカー」だ。二酸化塩素を利用した新製品で、周囲1立方メートルに効果があるという。

(中略)

 ▽ウイルスブロッカー ウイルス、細菌のタンパク質を酸化させる作用があるという二酸化塩素を使用した殺菌、消臭剤。昨年12月に中小企業からヒット商品を募る「東京ビジネス・サミット」で大賞を受賞した。開発したエンブロイ株式会社(神奈川県平塚市)の和気清弘所長(72)は星野監督と同じ明大OB。携帯型は3個で2500円前後。スプレーや業務用の大型機器もある。

(引用元: http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2012/02/09/kiji/K20120209002595810.html)


ご丁寧に、商品名のみならず開発会社の社名から価格、製品のバリエーションについても明記されている。スポニチの記者の意図は分からないが、業者にとっては至れり尽くせりの記事と言えそうだ。私が調べた範囲では同様の記事が、少なくともスポーツ報知日刊スポーツデイリースポーツ紙にも掲載されている。すべての記事に共通することは、「ウイルスブロッカー」という商品名が書かれていることと、この商品の製造が東北の被災地で行われており被災者支援につながるという話だ。多くの新聞社が記事にした背景に「被災者支援」というキーワードの存在があることは想像に難くないが、それにしても宣伝臭い記事である*2

業者の方も各紙の報道(?)を最大限に利用し、ウェブサイトに以下のように書いている。

(引用元: http://www.touhoku.in/vb/)

この商品は何が問題なのか

この商品を含む「二酸化塩素による除菌をうたった商品」にどんな問題があるかは、国民生活センターの発表『二酸化塩素による除菌をうたった商品−部屋等で使う据置タイプについて−』に詳しい。ただ、星野監督の広告塔としての抜群の発信力のおかげでこの「ウイルスブロッカー」なる商品が注目されているだろうから、本エントリーでは、それにかこつけ、「ウイルスブロッカー」を例にして、その問題点を指摘したいと思う。

予防効果はあるのか?

おそらく星野監督はインフルエンザの予防効果があると思ったからこそ、自身が「ウイルスブロッカー」を首に下げ、球団関係者や記者たちに勧めるに至ったのだろう*3。実際、業者のウェブサイトには「ウイルスの不活性化」「即効性」等の言葉が使われいるし、消費者に予防効果を期待させるに十分な広告表示が行われている。それは「ウイルスブロッカー」という直球勝負の商品名からも明らかだ。ウイルスのみならず、花粉や菌に対する有効性をうかがわせる表現も見受けられる。こうした宣伝は正当なものと言えるのだろうか?

業者が商品の主成分として挙げているのは二酸化塩素という物質だ。余談ながら、業者のウェブサイトには

(引用元: http://www.touhoku.in/vb/)


とSlO2なる謎の記号が書かれているが、おそらく二酸化塩素の分子式ClO2の誤りだろう。



この二酸化塩素は、早い話がある種の塩素系漂白剤である。理屈から言えば、除菌やウイルスを不活性化する作用がないとまでは言えない。では、何が問題なのだろうか。この業者がウェブサイトに載せているミカンの実験を例に考えてみよう。

(引用元: http://www.touhoku.in/vb/)


二酸化塩素なしのミカンはすぐに痛みカビてしまうのに対して、二酸化塩素を用いた場合には痛みが遅くカビも最後まで生えなかったという実験結果だ。

この実験は実際の効果を考える上で重要な示唆を与えてくれる。一つ目は濃度の問題だ。親切で正直なことに、ミカンを「密封容器」に入れたことが明記されている。二酸化塩素は空気中を拡散によって広がっていくわけで、空気中での濃度は空間の広さと気密性に大きく依存すると考えられる。

ミカンの日持ちのとインフルエンザの予防とではだいぶ話は違うが、それでも濃度の問題を考えれば、二酸化塩素という成分自体に除菌・消毒効果があったとしても、その成分が広い空間に拡散し薄まってしまう「ウイルスブロッカー」で同様の効果を発揮できる保証はないことが容易に理解できる。実際、この業者はウェブサイトで研究機関による実験結果として、ウイルスや病原菌に対する不活性化効果を示しているが、これらの結果も濃度等の実験条件と実際の使用条件とが一致する保証がない以上、商品そのものの効果を証明するものには成り得ないわけだ。


もう一つの問題は、標本数の問題だ。ニセ科学の問題に関心をもつ人の中には、「ばかやろう」と書いた紙を貼った瓶に入れたご飯は腐敗し、「ありがとう」と書いた紙を貼った瓶に入れたご飯はそうはならなかった*4、というようなオカルトめいた話を聞いたことがある人も多いだろう。ミカンの実験は、ある意味では、この実験とよく似ている*5

二つの実験に共通して言えることとして、腐敗やカビはある程度ランダムな要素に左右される現象であり、たまたま付着していた菌や胞子が少なかった等の理由で腐敗の進行速度には差が出る可能性があることだ。そういう偶然のいたずらに騙されて誤った結論を下さないために、同様の実験を複数行なってその結果を総合し統計処理をする必要がある。そういう意味では、この実験結果だけでは、ミカンの鮮度保持効果が示されたと言うことすらできない。

安全性について

業者のサイトでは「もちろん人体への影響や副作用も一切ありません」と断言されているが本当だろうか。国民生活センターの資料には以下のように書かれている。

(2)二酸化塩素の作業環境基準等
常温常圧下での二酸化塩素は、不安定で反応性の高いガスであるため、ガス状の二酸化塩素を取り扱った毒性試験は現状ではほとんどみられないが、ACGIH が定める二酸化塩素の作業環境基準は、塩素よりも小さな値となっており、また、ラットの吸入による急性毒性を表す半数致死濃度(LC50)も塩素より低く、二酸化塩素の方が塩素よりも毒性が強いと考えられる。

(引用元: http://www.kokusen.go.jp/pdf/n-20101111_1.pdf)


というわけで、二酸化塩素の人体に対する影響は不明確のようだが、ラットに対しては塩素ガスよりも高い毒性を示すことが分かっているらしい。ヒトに対する毒性がどの程度であれ*6、それが不明確である以上「もちろん人体への影響や副作用も一切ありません」などと断言するのは無責任そのものだし、この商品によって生じる濃度の二酸化塩素が十分に安全なのかは検証されるべき事項と言えそうだ。

薬事法的に大丈夫か?

当たり前のことだが、医薬品としての承認を受けていないもの、例えばいわゆる"健康食品"に関して「インフルエンザに効きます」等の治療効果を広告・宣伝して販売するのは薬事法違反である。同様にして、医薬品としての承認を受けていないにも関わらず、予防効果を標榜して商品を販売することも違反である*7。そして、「ウイルスブロッカー」が医薬品だとは業者のウェブサイトにはどこにも書かれていない一方で、先述のようにインフルエンザ等に対する予防効果を期待させるに十分な文言がふんだんに使われている。

もしかしたら、この業者に消費者を騙す気など毛頭なく、本気でこの商品にインフルエンザ予防効果があると信じているのかもしれない。それに私もこの商品に100%効果がないと断言できるわけではない。

しかし、もし本当に予防効果があるのだとしたら、ワクチンを開発する製薬会社がするのと同じように、まずはきちんとした手続き*8を踏んて正々堂々と当局から医薬品としての承認を得るべきだ。現状のように、「効果が否定出来ない」程度のことしか言えないような段階で、必要な手続きをすっ飛ばしていきなりビジネスを始めるのは道理が通らない。

*1:実はこの商品、少し前に話題になっていた。http://togetter.com/li/231688

*2:記者の意図はどうあれ宣伝に貢献していることは間違いない。流行りの「ステマ」かどうかはまた別の話。

*3:純粋な宣伝目的でこの役を買ってでたのでなければの話。

*4:http://www.ne.jp/asahi/aquarius/messenger/books_002.htm しかし、このページに記載された写真を見ると「ありがとう」のご飯も原形をとどめているわけではなさそうだ。「発酵」とされているが、これこそまさに"ものは言いよう"である。

*5:二酸化塩素は十分に高濃度なら効果があってもおかしくないので、それはこのオカルト実験とは決定的に異なる。ここで言いたいことは、十分に効果が発揮されない濃度でもこうした実験結果が出てしまうことはありうるということだ。

*6:先述の国民生活センターに書かれている通り、米国産業衛生専門家会議が定めた労働者に関する基準では、短時間暴露限界値として0.3 ppmという数値が挙げられている。一方、業者のウェブサイトにある病原菌に関する試験結果のグラフでは、不鮮明ながら0.53 ppm, 5.3 ppmの二点の濃度で試験が実施されているように見える。短時間暴露限界値は労働者の周辺の空気中の濃度の話、「二酸化塩素ガス水溶液濃度」はおそらく病原菌の周辺の液体中の濃度の話なので単純比較はできないことには留意する必要があるだろう。とはいえ、ウイルスブロッカーの使用方法を考えれば、つまり中身を直接水に溶かすという使用方法でなければ、空気中濃度を上回る濃度の水溶液が生じる状況は想像しにくく、実験での濃度条件が決して低い設定ではないことが伺える。もし十分な殺菌効果を生むために人体に有害なほど高濃度の空気を必要とするとしたら、この製品に実用性があるとは思えない。

*7:第2条2項で医薬品は「人又は動物の疾病の診断、治療又は予防に使用されることが目的とされている物であつて、」と定義され、第68条で承認前の医薬品等の広告が禁止されている。

*8:具体的には臨床試験