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科学とニセ科学について書くブログ

食養関係者が統合医療大学院大学開設を画策→杜撰すぎて門前払いに

各紙が報じている通り*1統合医療大学院大学なる大学の開設申請が、文部科学相の諮問機関によって「不可」とされた。書類審査の段階で、"門前払い"された格好だ。

同大は、西洋医学と漢方などの補完代替医療を組み合わせた「統合医療」を担う人材育成を目的としていたが、同審議会は、教育課程が体系的に編成されていない点などを指摘。通常、審査は秋まで続けるが、09年度に導入した「早期不可」制度を初適用し、書類審査のみで打ち切った

(引用元: 読売新聞 http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20120618-OYT1T00955.htm 強調は引用者による。)

大学設置を画策していたのは誰か?

文科省のwebサイトにある資料*2 によると、申請者は「学校法人統合医療学院設立準備委員会」とある。委員会のメンバー等の詳細は不明だが、朝日新聞によれば医師の渡辺昌氏が「学長就任予定者」らしい。

「学長就任予定者」で、元国立がんセンター研究所疫学部長の渡辺昌医師(71)は「増え続ける医療費の問題を解決し、日本の将来を切り開くために統合医療学は必要。準備し直して来年も申請する」と話している。

(引用元: 朝日新聞 http://www.asahi.com/national/update/0618/TKY201206180412.html 強調は引用者による。 )


渡辺氏にはいくつかの肩書きがあるようたが、興味深いのは日本綜合医学会会長*3を務めているということだ。公式ウェブサイトによれば、この団体は食養に起源をもつらしい*4

日本綜合医学会は、明治の食医・石塚左玄が創始した「食養」の思想を継承するため、1954年に東京大学名誉教授・二木謙三博士(文化勲章受章者)を初代会長として設立されました。

(引用元: http://www.npo-nsi.com/modules/about/index.php?content_id=2 強調は引用者による。)


石塚左玄は明治時代の軍医で、江戸時代から続く伝統的食事法に独自の解釈を加え、「食養」と呼ばれる"健康法"を考案し広めた人物だ。その活動を引き継いだのが二木謙三であり、同様に石塚を師と仰ぎつつも二木を含む医師を中心とするグループと袂を分かったのが桜沢如一に端を発する「マクロビオティック」である。この辺りは経緯の詳細は、当ブログのエントリ『やる夫で学ぶマクロビの歴史と桜沢如一の生涯』を参照されたい。

渡辺氏は日本綜合医学会の設立経緯から考えれば二木氏の系譜に属するのだろうが、桜沢如一氏の流れを組む日本CI協会の雑誌にも記事を寄せている。渡辺氏はその記事の中で大学院の構想を述べた他、二木氏と桜沢氏双方の教えを紹介し両者の肩を持つような見解を示している*5

また、渡邉氏自身は下記のような健康本の著者でもある。

糖尿病は薬なしで治せる (角川oneテーマ21)

糖尿病は薬なしで治せる (角川oneテーマ21)

どうして門前払いされたのか?

その判断理由は、その法的根拠も含めて、文科省のウェブサイトで公開されている*6。ここではその内容を引用する形でその論点を紹介する。

統合医療学」が学問としての体をなしていない。

本大学が扱う学問分野として掲げられている「統合医療学」については、大学としてその定義や概念を明確に示す必要があるにもかかわらず、申請書類の中で「定義や学理は未完成の状態」「現代科学では説明のできない部分があり、効果についても現段階では臨床的に有効とされるものの科学的立証ができない要素も含んでいる」とした上で、大学設立の主目的として「『統合医療学』の確立」、「統合医療の効果を実証するエビデンスづくり」を上げている。

加えて、「統合医療学」を掲げているにもかかわらず伝統医療や補完代替医療に関する内容を個々の科目ごとに教授するだけの内容となっている授業科目がほとんどであり、各授業科目間の関連性が不明確であるなど、教育課程が体系的に編成されているとは言いがたい

(引用元: http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/daigaku/toushin/__icsFiles/afieldfile/2012/06/18/1322181_1.pdf 強調は引用者による。)


定義からして不明で、科学的根拠も不明確、中身がただの寄集めという得体のしれない学問『統合医療学』を教える大学を作るから認可してくれと言われても無理な相談だ。この指摘は、至極当然だし、統合医療の本質的問題を突いたクリティカル・ヒットと言えそうだ。この件に限らず、「科学的には"まだ"証明できないけどとにかく効く」とされる怪しげな自称"治療法"が、大抵の場合、十分に相互に批判もせずに群れているというのが、今日の統合医療の実態である。

安全性の問題

加えて、「アーユルベーダ実習」では3日間の断食を体験し、鍼灸実習では相互に灸のやり方を学ぶ内容となっているが、実習を受ける学生の安全性の確保に十分な配慮がなされているとは認められない。

(引用元: http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/daigaku/toushin/__icsFiles/afieldfile/2012/06/18/1322181_1.pdf 強調は引用者による。)


これも統合医療の問題についての本質的な指摘と言えるだろう。怪しげな自称"医療"で、健康被害にあったという話は枚挙に暇がない。

単純に設備がショボすぎる

本大学は、東京都新宿区に借用により3階建ての後者を設ける構想であるが、施設が狭隘であることから、学長室は会議室を、図書館は多目的交流室を兼ねる計画となっている。また、大学設置基準上必置である医務室、学生自習室、学生控室は図面上示されていない

(引用元: http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/daigaku/toushin/__icsFiles/afieldfile/2012/06/18/1322181_1.pdf 強調は引用者による。)


これは統合医療云々以前の問題だ。重要な施設が兼用になるのも問題だが、大学設置基準で必置さとれているものが図面にないというのは論外である。渡辺氏は来年も申請するつもりのようだが、それ以前にこのクオリティで今年提出に踏み切ったことを反省すべきではないか。

大学院なのに大卒でなくても入学できる抜け穴がたくさん

学校教育法第102条、及び学校教育法施行規則第155条で規定される大学院の入学資格は、大学を卒業した者又はこれと同等以上の学力がある者とすることを前提としている。しかし、本大学への入学資格に関し、申請書類においては「(1)医師、看護師、薬剤師、鍼灸師、按摩師、理学療法士など、医療職の資格保持者、(2)管理栄養士、食養生各種学校の師範相当者、(3)法人、企業、行政などから推薦されている社会人、(4)学士相当の実力を有し、22歳以上で教務委員会の認めた者」と説明されている。この中には、大学の卒業を必ずしも要件としない医療職の資格もあることから、当該資格保持者であることをもって直ちに入学資格があるとは認められず、また、食養生各種学校の師範相当者や法人等から推薦されている社会人についても、対象者の範囲について法令の趣旨に明確に添った条件付けがなされていない。

(引用元: http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/daigaku/toushin/__icsFiles/afieldfile/2012/06/18/1322181_1.pdf 強調は引用者による。)


この国の教育制度全体を預かる文科省としては、この大学院だけを特別扱いすることはできないだろうし、法令・規則に則って非学士の入学に厳しい制限が設定されるのは妥当だろう。逆に、非学士にも門戸を広げたいのなら大学院にこだわる必要はないはずだ。それに、食養生各種学校の師範相当者という文言を入れたのは露骨すぎるのではないか。食養に関連の深い団体の会長を務める渡辺氏が学長就任予定者である以上、身内優遇と取られても仕方ないだろう。

雑感

書類審査の段階でこれだけの不備があり、しかも明らかに設置基準を満たしていないとなれば、門前払いされるのは当然である。

ちなみに、冒頭で引用した日経新聞の記事によれば、この門前払いの制度は今回が初適用らしい。もしこの制度がなければ、この大学の審査に、設置が有望な他の大学と同様のコストが掛かっていたことだろう。

*1:http://www.asahi.com/national/update/0618/TKY201206180412.html http://www.nikkei.com/article/DGXNASDG1801J_Y2A610C1CR8000/ http://www3.nhk.or.jp/news/html/20120618/k10015913481000.html

*2:http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/daigaku/toushin/__icsFiles/afieldfile/2012/06/18/1322181_1.pdf

*3:この団体は、[http://d.hatena.ne.jp/Mochimasa/20100815/:title=厚労省や民主党に関わり]をもち[http://d.hatena.ne.jp/Mochimasa/20100828/:title=ホメオパシーを擁護]していた日本統合医療学会とは別団体である。

*4:トップページに食養の解説へのリンクがあることも、この団体がいまなお食養を重視していることを伺わせる。

*5:http://www.ci-kyokai.jp/tokusyu1204.html

*6:http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/daigaku/toushin/__icsFiles/afieldfile/2012/06/18/1322181_1.pdf