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科学とニセ科学について書くブログ

不死の生命体ソマチットとスターウォーズと空海と

NATROM氏の記事によれば、歌手で俳優の武田鉄矢氏がラジオで「ソマチット」についての本を紹介したらしい。本エントリーでは武田氏とNATROM氏に便乗し、武田氏が読んだという本『ソマチット 地球を再生する不死の生命体』の内容の一部をご紹介したいと思う。*1


ソマチット―地球を再生する不死の生命体 (bio books)

ソマチット―地球を再生する不死の生命体 (bio books)


なお、NATROM氏も懸念しているように、本書の内容は、少なくとも潜在的には悪質なビジネスの裏付けに使われ得るものだし、実際そういったビジネスとそう遠くないと思われる製品や人物の固有名詞が登場するのも事実だ。だから、冗談や皮肉を並べる前に率直に述べておきたいのだが、この本で展開されている主張の大部分は、ほとんど疑う余地もないほど明明白白な間違いである。従って、この本に書かれているソマチット云々に基づく健康食品や医薬品まがいのもの、その他の実用品についての"甘い謳い文句"は、信じるに値しないものだということを明確に述べておくことにしよう。言うなれば、ソマチットは、ネッシーや河童のような面白おかしい存在であって、真面目な議論に耐えるような代物ではないのだ。ネッシーの尻尾や河童のお皿から作られた妙薬に期待するのは得策とは言えない。

ソマチットとは何か

本の内容に話を進める前に、ソマチットとは何かを説明しておこう。ソマチットとは、ずばり不死身の微小生命体である(キリッ。ソマチットは人間を含む動物の体内はもちろんのこと、植物、粘土や化石などの鉱物にも含まれているとされ、医療、農業、漁業、環境問題等の社会的な問題を解決するばかりか、生命の起源という純粋に科学的な謎の解明の鍵となる存在らしい。

しかし、諸般の事情によりソマチットの発見者であるフランス出身の医師ガストン・ネサン氏が開発した、その名もソマトスコープという特殊な光学顕微鏡でしか観察することができないとされたり、されなかったり*2する他、そのサイズと形は条件次第で変化してしまうので、私にはその正体をズバリ言い当てることはできない。ただし、一般には、血液などの液体の中で独特の運動をしている微粒子として紹介されることが多く、youtubeにもその様子がアップロードされている。




どう見てもブラウン運動です。ありがとうございました。


ブラウン運動とは、液体の中を浮遊する微粒子が見せるランダムな運動のことだ。これは熱運動する媒質分子(この場合は水分子)がその中を漂う微粒子に衝突することで起こる純粋に物理学的な現象である。つまり、大雑把に言えばそれなりに小さな物体が水中に漂っていれば、それが生物であろうとなかろうと、こうした運動は観察される。そして、現に、皮肉にも"ソマチットとされるもの"は野菜のような生物の一部から溶岩のような無生物的な鉱物に到るまで、さまざまな試料中に存在することになっている。




従って、ソマチットとは何かと問われて真面目に何かを答えなければならないとすれば、"ソマチットという名前で呼ばれてる微小な物"としか答えようがない。都合のいいことにソマチットは条件次第で形も大きさも変わってしまうとされているので、誰かが何かをソマチットだと言い出せば、それに反論することはなかなかできない。ソマチットなどというものは、あると言えばある、ないといえばない。そんな一つの統一的な名前をつけることに意味を見出せないものが、一部の人たちによってソマチットと呼ばれているとしか言いようがない。

ブラウン運動じゃないよ、ぜんぜんチガウヨ!

そんなふんわりした感じの定義付けしかできないソマチットだが、やはり、それを見分けるのは容易ではないらしく、発見者のネサン氏も観察方法について以下のように説明しているようだ

人の血液を観察する際、ソマチットと一緒にブラウン運動をするタンパク質球が同時に見られる。それはソマチットとよく似ているため、見間違えてしまうことが少なくない。多くの研究者が、すべてがブラウン運動であると勘違いしてしまい、それ以上の研究を断念している。
この間違いを避けるためには、スライドグラスを五十度ぐらいに温め、タンパク質を溶解した後、観察を行えば、ソマチットのみが見てとれると説明されている。

(引用元: 福村一郎『ソマチット 地球を再生する不死の生命体』154ページ、強調は引用者による。)


壮絶なネタバレ感のあるキーワードがいきなり登場したが、きちんと読めばソマチットの存在を支持する人たちは何もブラウン運動を知らないわけではなく、知った上でソマチットの運動はそれとは違うと考えているらしいことが分かる。でも、どういうわけか、肝心のどう違うのかという核心をつく説明は見当たらない。それに、50度ぐらいに温めたときに残っているソマチットっぽいものの中にタンパク質が残っていないという証拠がどこにあるのかも分からない。


さて、ご存知の方も少なくないとは思うが、ここでもう少しだけブラウン運動という現象について説明を加えたい。ブラウン運動の名は、この現象を報告したイギリスの植物学者ロバート・ブラウンにちなむ。ブラウンは、水に浮かべた花粉を観察している最中に花粉が破けて中に詰まっていた微粒子が水中に漏れ、その微粒子が不規則な運動をすることを報告したのだった。



(Robert Brown 1773-1858 スコットランド・イギリス)


では、ここで改めて本の内容に話を戻そう。本書では、ソマチットが花粉の中にすら存在していることを鮮やかに示した実験が紹介されているのだ。

実験2:
植物の花粉を使用する。
花粉は一般的に二十ミクロンほどの大きさで、硬い殻に覆われている。殻を砕いて中身を二十倍の水で希釈。同様にスライドグラスとカバーグラスの間に閉じ込めた状態で観察する。
1、非常に多くのソマチットが観察される。このことから花粉の中身の五十パーセント近くがソマチットであることがわかる。

(引用元: 福村一郎『ソマチット 地球を再生する不死の生命体』59ページ)


ソマチットは不滅だ!!


本の表題にもある通り、ソマチットは不死とされている。

血液中を動き回る、その謎の生命体は、炭化処理温度にも、強い放射線にも耐え、遠心分離機の残留物から取り出しても無事であり、その殻はダイヤモンドのナイフでも切ることができない硬度をもつ"不滅"の存在だった。

(引用元: 福村一郎『ソマチット 地球を再生する不死の生命体』26ページ)


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節子、それ不死身なんやない! 元々、生きておらんのや!



実は先に紹介したブラウンも、古い植物標本由来の試料、アルコール処理した試料、さらにはガラスや岩石の粉末でも花粉と同様の運動が観察されたことを報告している。これらの実験を通してブラウンが行き着いた結論は本書とは真逆で、彼は過去の顕微鏡による観察では、微生物の運動とこうした無生物的な運動が混同されていた、と批判的に述べているのだ。

That molecular was sometimes confounded with animalcular motion by several of the earlier microscopical observers, appears extremely probable from various passages in the writings of Leeuwenhoek, as well as from a very interesting Paper by Stephen Gray, published in the 19th volume of the Philosophical Transactions.

Needham also, and Buffon, with whom the hypothesis of organic particles originated, seem to have not unfrquently fallen into the same mistake. And I am inclined to believe that Spallanzani, notwithstanding one of his statements respecting them, has under the head of ' Animaletti d'ultimo ordine included the active Molecules as well as true Animalcules.

(引用元:Brown, Robert (1828), "A brief account of microscopical observations made on the particles contained in the pollen of plants" in London and Edinburgh philosophical magazine and journal of science 4 :161-173. )


一方、21世紀を生きる本書の著者らは、同様の実験結果を得ているにも関わらず、斜め上どころか180度別の方向に思考の舵を取ってしまったことになる。それどころか、著者らは"ソマチットは不滅である"というご都合主義で突飛な解釈を導入することで、ソマチットのスゴさをアピールすることに成功(?)している。本当にスゴいのは、むしろ著者らの先入観と明後日の方向を向いたポジティブ思考の方だろう。

スターウォーズ弘法大師とソマチット

弘法大師と言えば、平安時代の僧侶で真言宗の開祖の空海のことだ。空海の伝説は日本中に残っているし、その卓越した能力を伝える逸話も少なくない。その空海は、どうやらソマチッドのことをよく理解していたらしい。

弘法大師は千二百年前にこのように述べている。「人は血液の中に、生命の根源をもっている。これを血脈という」と。
まさにソマチッドの存在を明確に告示しているのである。
また超能力すなわち人が失ってしまって、他の動物だけがもっている能力を取り戻す方法として、次の四つをあげ、
1、瞑想をする。
2、山中に住み、精神の浄化を図る。
3、植物のみを食する。
4、滝に打たれる
この修業を千日続けるならば、人は悟りを開く(超能力を得る)ことができる、と述べている。
弘法大師はそのように、瞑想することを超能力開発の条件としているが、これまで瞑想の効果については、科学的な説明が長いことなされていなかった。しかし、ニ〇〇八年、東京大学において、瞑想は脳の一部を大きくする(発達させる)という研究成果が発表されているので、その効果は証明ずみである。
また肉食を禁じていることは、身体の酸化を防ぐために有効であり、山野に住むことと滝に打たれる行為は、水素イオンを体内に取り込むのにもっとも有効な手段である。
これらのことから、弘法大師はソマチットをたいへんよく理解していたと考えられ、大きな驚きを覚える。

(引用元: 福村一郎『ソマチット 地球を再生する不死の生命体』109,110ページ、強調は引用者による)


般  羯  多  呪  多  得  想  掛  所  亦  無  耳  不  是  異  蘊  観  仏
若  諦  呪  能  是  阿  究  礙  得  無  意  鼻  増  舎  色  皆  自  説
心  羯  即  除  大  耨  竟  ,r'""´`゙゙''、,  識  舌  不  利  色  空  在  摩
経  諦  説  一  神  多  涅  /  空海 l,  界  身  減  子  即  度  菩  訶
        呪  切  呪  羅  槃 rヽ  .,‐- ,- |. 無  意  是  是  是  一  薩  般
    波  曰  苦  是  三  三 ヾ   `゙" ,l ゙´|  無  無  故  諸  空  切  行  若
    羅      真  大  藐  世 . _>    -=='./  明  色  空  法  空  苦  深  波
    羯      実  明  三  _/|, `゙ヽー--ノヽ、,_.   聲  中  空  即  厄  般  羅
    提      不  呪  rー'""l,  'l,     / .| ||/`>、、  無  相  是  舎  若  蜜
            虚  是  /    |   'l,    /  .|./》/ ∧   色  不  色  利  波  多
    波      故  無 /  , | ヽ   ヽ,、/.@ / 《l,l / ヽ 無  生  受  子  羅  心
    羅      説  上 /  、,ヽ|/ ヾ。ツ`' 「ゞ / /《ヾ  /゙ヽ    不  想  色  蜜  経

弘法大師がソマチットを理解していたとは確かに大きな驚きである。しかし、もっと驚きなのは著者が身をもって超能力の存在を示していることだ。著者は空海の方法にならって「百日修行」を実行して「プチ超能力者」(原文ママ)になり、マカオのカジノで大当たりを出した経験を記している*3

ソマチットについての驚くべき"事実"は、空海のエピソードに留まらない。ソマチットは、ジョージ・ルーカス監督のSF映画『スターウォーズ』とただならぬ関係があるというのだ。

大阿闍梨とジェダイの秘密
「ソマチットとは何か」を説明するに当たり、真言密教の開祖、空海について、「血の中に脈々と受け継がれている尊い意識や存在」として、「血脈」という概念を語っていることを前に述べた。この、「血の中にある尊い意識や存在」とは、まさにソマチットのことではないか、という見方ができるからだ。
そして、『スターウォーズ・エピソード1』に出てくるミディークローリアンのエピソードを思い出す人もいるかもしれない。
子ども時代のアナキン・スカイウォーカー(後のダース・ベイダー)の血液サンプルに、どんなジェダイをも上回るミディークローリアンが検出される場面を取りあげた。
師であるクワイ=ガンは、アナキンにこう語りかける。「ミディークローリアンはすごく小さな生命体でね、あらゆる生物の細胞に棲んでいるんだ。(略)フォースの知識を得たり、生命が存在するのも、ミディークローリアンがいるからだ。彼らがフォースの意志を私たちに語りかけてくれる」
この部分も、かなりソマチットのあり方に肉迫している。

(引用元: 福村一郎『ソマチット 地球を再生する不死の生命体』111,112ページ、強調は引用者による。)


スターウォーズなんて所詮フィクションじゃないか。馬鹿馬鹿しい」

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         |i   i !!     i iハ
         |i  _l」L =-‐ __ヽrヘ、  コホー
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       /厶   -‐=≦、_ `く ィ凧      └‐‐'   ` 廿 ′` l」Zノ  ̄ ̄
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          ム /ハ___l__j_, イl   |
          ├'∨ハ i_j_j_j_j_! ! L.. -‐'77´ ̄ `二二フ
   i  i     l⌒ヽ_j__i_j二ニ=-┴ '´     //    }
   i  i     lX´,ゝ−- - --‐ァ,'      i i { {     `〈
   i  i     lX`7ニニニニニ{ {     ,L二ニ=-‐'⌒ー'
   i  i     l {`{−−−−− `  _, イ|
   i  i     ト----‐─===T丁]:| l !


と思った方は、ハリウッドを分かっていない。著者は次のページでこう解説している。

アメリカやロシアは、冷戦時代にかなり力を入れて超能力の研究をしていたらしいので、映画の素材としてこういうものが出てくるのも納得できる

(引用元: 福村一郎『ソマチット 地球を再生する不死の生命体』113ページ、強調は引用者による。)


著者は冗談で語っているわけではない。大真面目なのである。

*1:この本を昨年の7月に発見し購入していた。あろうことか(!)大学生協の書籍部の生物学のコーナーに平積みされていたのだった。

*2:末巻に解説の文章を寄せている「地域環境問題評論家」の船瀬俊介氏は、森下敬一 医師が青年時代に顕微鏡でソマチットを見つけて先輩や教授に質問するも、それはゴミだと軽くあしらわれて相手にされなかったというエピソードを披露している。船瀬氏によれば安保徹医師もそういったゴミを目にしていたそうだ。船瀬氏に森下氏に安保氏、健康に関する怪しげな書物でよく目にする名前だ。ちなみに日本ホメオパシー医学会会長で日本統合医療学会理事の帯津良一医師は本書の冒頭に文章を寄せている。

*3:113,114ページ