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Not so open-minded that our brains drop out.

科学とニセ科学について書くブログ

『あの論文は「何も言っていない」し、BLOGOSの記事はアホ過ぎる』に対するコメント

日本語圏の範囲で言えば、事の発端は、BLOGOSの『「サプリメントは効果なし」米医学誌がバッサリ』だ。それに対して、id:appleflower氏は『「サプリメントは効果なし」記事の不勉強』という批判記事を書いた。私は、後者の記事が曲解の産物であると批判したが、今度はid:t-saku31氏が『あの論文は「何も言っていない」し、BLOGOSの記事はアホ過ぎる』と題する記事でBLOGOSの記事とその元ネタを批判している。

私は、id:t-saku31氏による批判は概ね正しくないと考えるので、これに対して本エントリーで反論する。

でも、「サプリメントは効果なし」は主語が大きすぎるということは認める。

あのタイトルを見れば、ほとんどの人が「全てのサプリメントは・・・。」と解釈するでしょう。しかし、記事の中ではビタミンとミネラルのことについて論じられていて、サプリメントの部分集合であるはずのビタミンやミネラルが、いつのまにか「集合」扱いにされちゃってます。

(引用元: http://b.hatena.ne.jp/entry/b.hatena.ne.jp/entry/mochimasa.hateblo.jp/entry/2013/12/26/095827 )


これはその通りで、不十分なタイトルであると言えるだろう。BLOGOSの記事に曲解がないとするはてブでの私の主張は取り下げる。

反論1: 臨床試験の論文は「お粗末」とは言えない。

t-saku31氏は論説記事の論拠になった臨床試験の論文*1を「お粗末」と評している。

あんなものでは、(サプリメントについて)肯定も否定もできません。どうしても論評しろと言うのなら「あの論文は、試験自体がお粗末過ぎますので、何も言えません」くらいしか出ないですね・・・。

(引用元: http://大腸がん闘病記.jp/dietetic_treatment_of_large_intestine__cancer/%E3%82%B5%E3%83%97%E3%83%AA%E3%83%A1%E3%83%B3%E3%83%88%E3%81%AE%E6%9C%89%E5%8A%B9%E6%80%A7.html )


ではその論拠はというと、ただid:appleflower氏の記事をなぞっているだけ。

そもそもきちんとランダム化された臨床試験を実施していれば、効果があるのかそうではないのかがはっきり分かるのです。

例えばアメリカ国民2億人以上が全員男性医師だったら、2つ目の論文は多少信憑性はあったのですが、残念ながらそうではありません。統計の専門家が試験内容を見たら、「あのような臨床試験では、何も分からないだろう」と鼻で笑うでしょう。

同様に、1つ目の論文と3つ目の論文にも不備があります。「どう不備があるのか?」は、id:appleflowerさんの記事に敬意を表してここで述べることは致しません。

簡単に言えば、「調査したい要素を制御し、その他の要素はランダムに分けて比較する」というランダム化比較試験の基礎中の基礎が出来ていないのです。

(引用元: http://大腸がん闘病記.jp/dietetic_treatment_of_large_intestine__cancer/%E3%82%B5%E3%83%97%E3%83%AA%E3%83%A1%E3%83%B3%E3%83%88%E3%81%AE%E6%9C%89%E5%8A%B9%E6%80%A7.html)


前のエントリでも指摘したがid:appleflower氏による臨床試験と系統的レビューに対する批判のポイントは、すべて論文に正直に明記されていることだ。しかも、そのうち2つはAbstructのLimitation(制約事項)のセクションに書かれていることをただ引き写しただけ。Annals of Internal Medicine誌に掲載されるすべての臨床試験、すべての系統的レビューに関して、Abstractにこの項を設けることが義務付けられている*2。何のlimitationもない論文など存在しないのだ。

これらのネガティブな事情を考慮してもなお掲載に値すると査読者が判断したからこそ掲載が許可されたのであって、査読が正常に機能している限りこれらの3論文はいずれも一定の水準を満たしていることになる。通常、査読者は、編集者とは別に選任される。従って編集者がサプリに悪意を持っていようとも、クオリティの低い論文を意図的に掲載することは容易ではない*3

それでも査読が甘いというのなら*4、ただの引き写しではなく相応の説得力を伴った説明が必要だ。

反論2: 「有意差なし」という結果の論文は「何も言っていない」わけではない。

t-saku31氏は私の記事の可能性に関する記述を引用した上で、3論文は「何も言っていない」と主張する。

ですから、id:Mochimasaさんが言われているように、「現時点では可能性は可能性であって効果が実際に示されたわけではないことを強調したい。」という指摘は正しいですが、同様に「効果がない」とまでは言えないことを、私は強調しておきたいと思います。

つまり、あの3つの論文からは、サプリメントの効果の是非を判定しがたい・・・。だから「何も言っていない」と書いたのです。(参考:1つ目の論文,2つ目の論文,3つ目の論文)

(引用元: http://大腸がん闘病記.jp/dietetic_treatment_of_large_intestine__cancer/%E3%82%B5%E3%83%97%E3%83%AA%E3%83%A1%E3%83%B3%E3%83%88%E3%81%AE%E6%9C%89%E5%8A%B9%E6%80%A7.html )


純粋に統計学的に言えば、仮説検定において、帰無仮説が棄却された場合に、「有意な差が認められた」=「有意差あり」と言うことが許される。臨床試験に即して言えば、「薬剤を与えた患者と与えていない患者(あるいは偽薬を与えた患者)に差がない」とする帰無仮説が棄却された場合のみ、「統計学的に有意な効果が認められた」と結論できるということだ。ここで重要な事は帰無仮説が棄却されなかった場合(いわゆる「有意差なし」の場合)に、それがすなわち「効果がなかった」という結論には至らないということだ。言えるのは「効果が証明できなかった。」ということだけ。私が「可能性」と書いたのは、こういう意味だ。

では、「効果が証明できなかった。」だけの論文は「何も言っていない」ことと同じなのか?


それは暴論というものだ。効果が無いことが統計学的に厳密な意味で証明できなくても、一定以上のクオリティの臨床試験で「効果が証明できなかった。」という事実を積み重ねられたならば、それは十分に判断基準になりうる。逆に、そうした事実の積み重ねを「何も言っていない」ことの積み重ねと見なし無視するのなら、どんなインチキ薬にも擁護できてしまう。そんな判断基準こそ無意味ではないか。*5

私の論説記事に対する私の立場

私は実際にBLOGOSの記事の元ネタになった論説記事に目を通した。論説記事は、事実ではなく意見を書くところだから、そこに何のバイアスもないと主張するつもりはない。タイトルは煽り過ぎ? 学術雑誌の論説記事にそういう記事は珍しくないが、それを承知した上でそういう風潮そのものを批判するならそれもいいだろう*6。だが、私の分かる範囲では、本文にはきちんとしたことが書かれているように思う。少なくとも、私にも分かるような雑な曲解に基いているappleflower氏の記事よりもこの論文の方がましだ。

それでも、なお論説記事に曲解が存在すると言うのなら、その主張をAnnals of Internal Medicine誌に送ってみてはどうか?

質問

しかも、統計学者には常識なのですが、メタアナリシスは「実施する人の信条によって、結果が異なる」ことで有名です。「メタアナリシスの、メタアナリシスが必要だ」と揶揄されているくらいです。

(引用元: http://大腸がん闘病記.jp/dietetic_treatment_of_large_intestine__cancer/%E3%82%B5%E3%83%97%E3%83%AA%E3%83%A1%E3%83%B3%E3%83%88%E3%81%AE%E6%9C%89%E5%8A%B9%E6%80%A7.html )


私が統計学者でないせいか、初めて聞いた。ソースは?

*1:系統的レビューを含むのか。

*2:投稿規定を見よ。http://annals.org/public/authorsinfo.aspx#overview

*3:もちろん、編集者がサプリを不当に全否定する研究者ばかりを査読者に選んだというのなら話は別だが。

*4:そういうことはないわけではない。査読の厳しい有名な雑誌におかしな論文が載ることはままある。

*5:t-saku31氏はこうした積み重ねなしに、インチキ薬を排除することが可能だとでも言うのか? そんな方法があるのなら本当に教えて欲しい。

*6:t-saku31氏は「それにしても、あれほど感情的な論説というのも珍しいですね。」と言うが、どんな論説を読んでいるのだろう。

「『サプリメントは効果なし』記事の不勉強」へのツッコミ

BLOGOSの『「サプリメントは効果なし」米医学誌がバッサリ』という記事に対して、『「サプリメントは効果なし」記事の不勉強』という批判記事が書かれた。

私は、後者を書いたid:appleflower氏の、元論文をきちんと読もうというスタンスに完全に同意するところである。しかしながら、この件に関して言えば、同氏の指摘に対して同意しがたい部分がある。そこで、本エントリーでは後者の記事に関してツッコミを入れようと思う。

ツッコミの前に。そもそもサプリメントは効くのか効かないのか

言うまでもないことだが、私は頭ごなしにサプリメントが何かに効くとか、何かに効かないと主張するつもりはない*1。それはひとつには、大変つまらないことに、私がこの分野の専門家ではなく、自信を持って明確な結論を下せないということにある。

もう一つの理由は、サプリメントが効くかどうかということは、条件次第の問題であって、単純には答えられないということにある。例えば、あるビタミンはそのビタミンの欠乏状態にある人に効くことは間違いない。そうでないなら、その物質はビタミンと呼ぶに値しないからだ。そして、ビタミン摂取量がどのレベルを下回れば欠乏と言えるかという閾値にも当然曖昧性がつきまとう*2

以上のような理由から、私はマルチビタミン、あるいは特定のビタミンが何かに効く、あるいは効かないという主張をそう安々と述べることはできないし、ここで効果の有無に関する主張を展開するつもりはない。*3

ツッコミ本編

第1の論文に関して

id:appleflower氏は、『「サプリメントは効果なし」米医学誌がバッサリ』の記事の元ネタになったと思われるAnnals of Internal Medicine誌の論説記事とそこで引用された3報の論文を挙げ、サプリメントの有効性を擁護している。同氏は「第1の論文」に関して、以下のように述べている。

第1の論文は、マルチビタミン心筋梗塞を起こした人の再発を防止するか、という臨床研究でした。マルチビタミン群とプラセボ群の間に有意差なし、という結論ですが、実はマルチビタミン群のハザード比は0.89で、有意ではないものの死亡リスクは低くなっています。

(引用元: http://d.hatena.ne.jp/appleflower/20131225/p1 強調は引用者による。 )


重要なことは、「有意差なし」ということだ。これは、第1の論文がマルチビタミンの有効性を統計学的に立証することに失敗したという結論の論文だという動かしようのない事実を意味する。もちろん、id:appleflower氏が指摘し、論文の著者たちも認めているように、これに関しては方法論的問題により効果があったとしてもそれが検出できなかった可能性が残されているのも事実。従って、この論文だけをもってサプリに効果がないというのが時期尚早であるというのなら分からなくもない。しかし、現時点では可能性は可能性であって効果が実際に示されたわけではないことを強調したい。*4

第2の論文に関して

第2の論文は、マルチビタミンが健常な高齢者の認知機能の低下を予防できるか、という臨床研究です。この研究では確かにマルチビタミン群とプラセボ群の間に有意差はなく、違いがありそうな様子も見られませんでした。

しかし研究者らも述べていますが、この研究の対象になったのは全員が米国の男性医師でした。つまり健康維持の知識もあり、いいものを食べて栄養も足りている人々です。そういう人々には、マルチビタミンの上乗せ効果は無かった、ということです。

(引用元: http://d.hatena.ne.jp/appleflower/20131225/p1 強調は引用者による。 )


重要なことは、「有意差なし有意差はなく」ということだ。これは、第2の論文がマルチビタミンの有効性を統計学的に立証することに失敗したという結論の論文だという動かしようのない事実を意味する。もちろん、id:appleflower氏が指摘し、論文の著者たちも認めているように、これに関しては方法論的問題により効果があったとしてもそれが検出できなかった可能性が残されているのも事実。従って、この論文だけをもってサプリに効果がないというのが時期尚早であるというのなら分からなくもない。しかし、現時点では可能性は可能性であって効果が実際に示されたわけではないことを強調したい。


第1と第2の論文に対するid:appleflower氏の評価に関して私が共通して言いたいことは、これらの論文の弱点を指摘するのは全く正当なことだが、これらの論文の結論を曲解してはいけないということだ。弱点が致命的だからこれらの論文が信用ならないと批判するならまだいい。そうではなく、これらの論文を支持した上で、有意差が認められなかったという主たる結論を軽くあしらい、「別の可能性」の方に主眼を置いた主張を展開することは、正当な態度とは言えないと思う。

第3の論文に関して

著者らの結論は次のようなものでした: (過去の論文をすべてまとめると)ビタミン・ミネラルが心臓動脈疾患やがんを予防するという根拠は限られている。しかし、男性ではマルチビタミンががんのリスクを下げるという質の高い研究が2つある。

つまりこれは「効果がない」という論文ではなく、男性においてはがん予防効果がある、と認めているのです。

(引用元: http://d.hatena.ne.jp/appleflower/20131225/p1 強調は引用者による。 )


実際、この論文にどう書かれているかというと、

In conclusion, we found no evidence of an effect of nutritional doses of vitamins or minerals on CVD, cancer, or mortality in healthy individuals without known nutritional deficiencies for most supplements we examined. In most cases data are insufficient to draw any conclusion, although for vitamin E and β-carotene a lack of benefit is consistent across several trials. We identified 2 multivitamin trials that both found lower overall cancer incidence in men (19, 21). Both trials were methodologically sound, but the lack of an effect for women (albeit in 1 trial), the borderline significance in men in both trials, and the lack of any effect on CVD in either study makes it difficult to conclude that multivitamin supplementation is beneficial.

(引用元: http://archinte.jamanetwork.com/article.aspx?articleid=217683http://annals.org/article.aspx?articleid=1767855 強調は引用者による。)


というように、マルチビタミンの有効性の根拠は見つけられなかったというのが主な結論で、ガンに対する有効性の話に関しては、かなり消極的・否定的な評価がなされていることが読み取れる。id:appleflower氏の解釈が180度ずれているとは言わないが、実際に元論文を読んでみるとその印象はかなり違ってくるように思う。

論説記事について

以上の3論文を引用してサプリメントの有効性を否定した論説記事に関し、id:appleflower氏は以下のような批判を加えている。

このようにこの論説は、3つの論文を引用した形をとりながらも、実はそれらの内容を正しく伝えたものではありません。3つの論文から自分に都合の良い部分だけを切り取り、日頃の自説を強引に主張しただけの、科学者としてはあるまじき、客観性と慎みを欠いた感情的・政治的な文章だと言って良いでしょう。

(引用元: http://d.hatena.ne.jp/appleflower/20131225/p1 強調は引用者による。 )


残念ながら私は件の論説記事を読んでいない。もしかしたら、そこには過剰な煽りがあったのかもしれない。そうだとすればそれは批判されてしかるべきだ。では、id:appleflower氏の記事はどうなのか? 率直に言って、id:appleflower氏が論説記事に加えた批判は、同氏自身に(も?)当てはまるのではないかと私は疑っている。

*1:世の中に「私は頭ごなしに~と主張します。」などという人はいない。

*2:実際、厚生省・厚労省はビタミンの所要量を改定する場合がある

*3:ただし、サプリメントは日本では制度上、食品であって、業者が効果を宣伝することが合法でないことは、紛れも無い事実だ。

*4:絶対にサプリメントに効果がないという極端な主張に対しては、効くかもしれないという可能性を指摘すること自体が有意義な批判となることを私は認める。

やる夫で学ぶ遺伝子・DNA・ゲノム ~ワトソン・クリック編~

メンデルに端を発した遺伝学(本シリーズDNA編参照)は、遺伝子の実体が存在する場所を染色体と呼ばれる細胞内構造体にまで絞り込んだ。一方、生化学者たちは、染色体が主にタンパク質と核酸の二種類の成分から構成されていることを示した。

どちらの物質も生物に特有の有機物で、遺伝子の実体がどちらにあるのかは議論の的となったが



 ̄ ̄| 遺伝子の実体はタンパク質です ┌‐┐
__|_                    _l__|_  ┌‐┐
 ^ω^)     /⌒ヽ \  /       (^ω^) _l__|_
7 ⌒い    _( ^ω^)   X.   /⌒ヽ /   ヽ (^ω^)
    | l   /フ ̄⌒ヽ n/  \ (^ω^ )_    l  /   ヽ
 \ \ (/l、__\__ソ     (^Vヽ  ̄ 、 \    l    |
   \ /っ / ,(_\       ー' 人 ̄ )(つ
    │/_/  /__ノ        〈__r‐\ \
___)─'   └--'       └-┘  (フ
│ | │           いいえ、核酸です。
┤ ト-ヘ

1950年代初頭にはオズワルド・アベリーらの実験により、核酸にその実体があるとする説が有力になっていた。

では、核酸という化学物質がどうやって親から子へ遺伝情報を伝えるのだろうか。その問題の解決の"偉大な第一歩"となったのは、核酸の一種、デオキシリボ核酸 (DNA) の構造の解明である。


f:id:Mochimasa:20131109194813j:plain:w300
*1


原爆からDNAへ

                      ,.'"イ,ィソハ,-vヘ/ハリ:::::::::::::::::::::::::::::::ヽ、
                     /::::::::::::::´::::::::::: リ::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::ヽ
                     i:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::゙: ニ=-
 ナチの脅威から          |:::::::::::::::::::::::::,.-、::::::::::::::::::::::::,. ':::::::::::::::::::::::::::::、ヽ.
 逃げちゃダメだ             l:::::::::::::::::::,r' ⌒!l::::::::;.イ::;ィ:::_:::::,.イ::::::::::::::::::::::::lヽ!
                         !:::::::::::::::::| (´ソj/リ" l/ メイ-='、/ソ,ィ::::::/!:::::::::::!
                        ヽ:::::::::::::;ゝ ソ ソ       __゙ヽ.,メノル リ::::ハ::|
    逃げちゃダメだ。        !::::::/ `┐        ! j゙ゞ、_ /ノリ !l
                      W´     !          `   ,r'´
                     /                    l
                       /                  _ ゙ 、
                  r‐‐=/       ヽ、       ‐、 ,. ‐'"
                 ノ   `ヽ、     /ヽ     ,.-´
                ヘ、__       \    /   \__,. '´
   _,.--'`ヽ.         j`゙┴-゙ヽ、    \/、
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  _,.ゝ:.:.:.;;‐二ニ=、 ,.イ '".:.:.:.:.:.:.:.:.゙ヾ、!       l | l´!
'"´=ニニ二、ヽ:::::!;;i:゙y.:.:.,.--‐'"´`ヽ.::.:..ヽ.、    j |ノ ゙、
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モーリス・ウィルキンス (1916 - 2004, ニュージーランド・イギリス)


ウィルキンスは、ニュージーランド生まれのイギリス人で、元々は物理学者だった。

リベラルな思想の持ち主であったウィルキンスは、大戦中、ナチスに対抗するために積極的に戦争に協力した。彼はウランの精製を研究テーマに選び、戦争末期には渡米してマンハッタン計画に携わる。


広島に原爆が投下された時、ウィルキンスのいた研究室はは安堵感に包まれたが、彼は友人の一言をきっかけに現実を直視することになる。


「《暗い月曜日》だ。あれが動作しないことをずっと願っていたのだが」*2

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            /-ミ/‐ァ:::入::::::::::::::::::::ヽ.   // ヽ\!.!
         ∠_  | //  .\::::::::::::::::::ヽ.  //   `ー′
         〈.  ヽレ'ノ       \::::::::::::::::::゙,//
          `` '' ´      _):::::::::::::/〉
                 / ヽ ヽ;:::://
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核物理学に対する情熱を失ったウィルキンスは、妻と離婚し、1945年に単身、英国に戻る。


ウィルキンスが戦後にテーマに選んだのは、当時遺伝物質の実体と目されていたDNAだった。量子力学波動方程式で知られるエルヴィン・シュレーディンガーの著書『生命とは何か?』を読んだことがきっかけだったという。



生命とは何か―物理的にみた生細胞 (岩波文庫)

生命とは何か―物理的にみた生細胞 (岩波文庫)


             ,、 -- 、i!__
          , '´       ``ヽ、
      _ ,/            \
       ∠     li  ト、 、  、    ヽ
       /    , , |ヽlヽ!ヽ、|ヽ!ヽ     l    シュレーディンガーは、
        レ!  ./Viレ'  , -ーニー-、レ、   .l    遺伝子の実体は
       |  |i ,-ー、   '⌒iTッ   .| /`ヽ!     『非周期性結晶』
       ヽ, ', ハT:}     ゙´   ` ソノ    だって言うけど、
        `ヽ', ''´ノ         _,イ-、   それって僕が院生のときに
          {l  `         / ヽ┤ |``ー- 、研究してた結晶のルミネッセンスの
            /入   ̄    ,   ./  |     `ヽ、 に何か似ている気がする。
          ト、 ゝ>-ー'  ̄`ヽイ   /  .|    ,、 '" \
          了、_       .〉  ./    |   /      ヽ
            /ヽ``ー-l'    |  /__   |  /       l
            |  \  ,'     l`ー''| ヽ、. |  ノ         l
           |   `,'     .lヽ::::ノ   ` l    /       l
          l    ./    ト-辷      `Y /       l
           l   ./    |  ト、_  _-/         |
            |  /     |    lヽ `  l             l
          L_../       ト,    | l.   l          |

結晶とはある単一の構造が無数に規則正しく集合してできた物質のことだ。
シュレーディンガーは、遺伝物質においては、複数種類の構造が集まって結晶と同じように強固な構造を形成していると推理した。

AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA   ←普通の結晶 (周期性結晶)
ABCDDBCABCBDABDCAADCBD   ←非周期性結晶

*3

シュレーディンガーの想定のうち、

  • 遺伝子を分子*4だと見なしていた点、
  • 遺伝情報がモールス信号のように符号の羅列として保持されていると推論した点

は後に遺伝子の実体だと判明するDNAの特質を見事に言い当てていた。


戦後の研究テーマを遺伝子の探求に定めたウィルキンスは、当時生物物理学を志向していたジョン・ランダルの研究室に加わった。

ランダルはかつては電機メーカーで研究員をしていた人物で、戦時中は強力なレーダーに不可欠なマグネトロンの開発に従事していた。戦後、彼は政府の医学研究局MRCの生物物理ユニットの主任教授に就任し、ロンドン大学キングス・カレッジに研究室を開設した。



                                         |ヽ、
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_,..-''     .:.:.:.:.:.:.:.:.:::::.:.:.:.:.:..:..:..:.:::::::..:.:.:.:.:.:::;;;:.:.;:;;;;;;.:.:.:.:.:.: ̄ ̄,;;;;.:.:.:.:.:.:..:.:.:.:
         ロンドン大学キングス・カレッジ



                     _,,_
                  _ -‐ヘ |   >、
                 z' ̄_\ l / ,_ \
                礼 /  ヾi」,j/ ヾ 入
               __,/ ,仏、_       _,以.ハ    君は、我々MRCのみならず、
           _,,/´| |/ 〔_ー-`⊥!∟'-‐グノ ト、   ロックフェラー財団からも資金提供を受けているというじゃないか。
         / ||  | l rtヾ`'====='ラr ァ| \   これは説明を要する事態だぞ。
        / j  ||   | ゝ_ヾト ̄犬_jス ̄ム'//   \
          l |   |l   l  ヽ`\{辷=弍} イi´ /    r/\
        ノ い,  |l  \ 〉 〉ヽ'二ン/ /    〃     ヽ
      /_〉ヽ」  L-、  \_//_`l 「 ヽ /    〃    / !
     /´`ヽ ヾヘ    ||   // || L/  _〃   /  |
      |    ヽ、り   |l   ヽ辷'_」    // ̄    ん     |
    /    _,人/    !L_  | || |    〃     / 八/  |
   /     ̄ 'ー|    `l|  | || |  _〃      / //   |
  /l       /|       ll  l∥l 〃´   ヽ、/ 丿       |
 /  ̄ ー一¬' _) |      ll l ll l ||     _,r/         |
 l   二ニ= ' l |   ,イ⌒^ ⌒ヽ_|L ‐'  ̄/ /^ヽ、_ __    |
  l        〉 \ ゝ!  ヽ  _y′   / /    Z_    ̄`ヽ|
  l        /   l {、   / {    { し -‐<        |
          英国 医学研究局のお偉方



            _,;'";;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;゙';;、
          ,;';;  ;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;; `、
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         i;;;;;;;;;;;;;;;,,,;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;; ;; ;;;;; ,,,,,,,,;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;|
         ノ;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;; ;;;;;;;;;;;li;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;|  MRCの資金はMRCの"研究ユニット"のためのもの、
          i;;;;;;;;;;;;;;;;;;;/l;;;/l;ソ;;/ |;;;;;;/| l;;l゙ヾ;;;ト、;;;;;;;;;;;;;i  ロックフェラーは私の"研究室"のための資金。
          |;;、;;;;;;;;// /,'' / l/  |/|/   ゙l  ヾ、゙i;;;;;;::::/    使徒が違う以上、何の問題もありません。
          /ヾ;;/ソ       ,  ,      ヽ l;;l"゙l
          '、 (ヾ,,===;;;;;;;,,,,,_`il,i゙__,,,,;;;;;=== ,/|lヽ l
            ヽ、`||ヾi;'(:::::゙'゙:::/;;i=i;;;ヽ:::゙'゙::::)゙i;/ |l'ノ/      すべてはMRCのシナリオ通りに。。。
           /ヽ|l、 ゙i::;;;;/⌒⌒).ヾ..;;;;;;;;;;..ノノ/l.,/\
          /;;;/::ミヾ、./ / / )     '゙ /ミ"i;;;;;;;;\_
       _,.-;;'";;;;;;;;r‐ ミ/゙ ,/ /  /_!/`   /,,l;;;ミ/;;;;;;;;;;;;;;;;~\
  _,、-‐;;'";;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;| / /  /   /.__,,,..-/ヽ /;;;ミ/;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;`;,,、_
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  MRC生物物理学ユニット主任教授 ジョン・ランダル (1905-1984 イギリス)


ランダルは予算獲得やマネジメントに長けていて、彼の率いるグループはランダル・サーカスと呼ばれた。


この当時、DNAの構造について分かっていたのは、以下のような事柄だった。

  • この分子がリン酸基、デオキシリボースと呼ばれる糖、塩基と呼ばれる構造の3要素から構成されていることだった。
  • 以上の3要素のうち、塩基は単一の構造ではなく、アデニン(A)・チミン(T)、グアニン(G)、シトシン(C)の4タイプがある。

各要素の構造式はほぼ分かっていて、それらがどう繋がっているかも分かっていたようだ。問題はこれらから構成される鎖が、どのように折れ曲がり三次元的にどんな姿をしているかという論点にあった。ウィルキンスは、この問題を解決するためにX線結晶構造解析と呼ばれる手法を用いた。



              /\   /
            //   `×/
         \/ /  // \
          / \/ //     \
        <-‐=   ) >=─‐‐-->
           \/ .へ \     ./
          /ヽ ヘ.  \\  /
    |   //  \    > \      |_
    hr──t.     \/   \丶   { |
   [ ̄ ̄ ̄Y]     ||     \     |.h
    | ̄ ̄ ̄]l| f¬┐. ||       | ̄ ̄ .[|]
    | ̄ ̄ ̄]l| l.:.:.:.:| .||    r─‐.| ̄ ̄ l|T





                                 『結晶をセンターに入れてスイッチ、結晶をセンターに入れてスイッチ』
                                                                         _ /\
                                                                 ,、 /| l ̄/    >
                                                                   l∧i`入_l/   ./ー 、
                                                            __ / . |! /\   /__/ ト― 、
                                                            ̄《_/ |/\ | .// /\ノ__ ∧
                                                                | ./\/.ノ ./ /_人_/  \ |__|、
                                                                  У  ∧_/ /| ̄  /|  弋!人|
                                                               /  / .弋__ / .》 ̄>< !\   `Y
                                                              /   ./     | / ./  .〉j、 .\   |!
            ___r ==、___l二二二二二二二二二二二二>'´三三>、 __        /  //::>  _.>!/ >、ノ ノ >  //i||
            廻川| .O. | __, ≧三三∧≧≦三三<>三三>l=========ll.l.|:i:i:i:l:l三三三>/  ./::::/   |/ <_//.∧|lY .:/::/||
              ̄` ̄´    `<二二∨二二二二二二二二三三≧ ̄朮川:l:i:i:l:lr、一 / ./::::/三二二ア    / ∨/.|/::/  /
                                弋                  ̄`<||≦三≧ノ `Y´  ,イ,r≦三三/\/__,.イ!   .|.\/   _!!__
                            \                 ||   .ゝ三,、_//三戈__ノ    >ァ / !   .|::::∧_/::||ノ
                                   \                ||   __  |三 ̄/ ̄ ̄/, < ̄ ̄! / _/ .|  /:::   l  |三||
                                   \              弋_ l | ̄/__/_, <____|ムイ>、|∨∨   ∨ ̄ !!
                                   \                 込l |._/リ_    /∧      \三≧=\    \ .||
                                        \              /  :∨!   \ノーrイ ///∧           ∨    ∨
                                        \         ._/ _≦| |    〉 .∨/////∧            ∨    /
                                        \     /! i.∧   ∨   /   .∨/////∧_          ∨  / |
                                        \≦三三三∧  .|  ./    .∨/////∧/\            \.:|| \
                                      ,,<三\∧: ̄: ̄∧./   |       ∨////////∧          ||  ∧


X線結晶構造解析は、ある物質の結晶にX線のビームを当て、その際に生じる回折光のパターンから物質を構成する原子の三次元的配置を調べる手法である*5。回折光もX線なので、これをレントゲンフィルムで写真撮影したものが解析対象のデータとなる*6X線結晶構造解析は、結晶学と呼ばれる学問の範疇に分類され、この分野の専門家は結晶学者と呼ばれる。


実際にDNAの構造を解明するのは簡単ではない。第一に逆算に必要な情報が得られる鮮明な写真を撮る必要があり、そのためには絶妙な実験的工夫が必要となる。第二に、十分に鮮明な写真が手に入っても、その解析方法は確立されていなかった。その当時、X線結晶構造解析で構造が解明された物質は、黒鉛や食塩のように比較的単純構造をもつものがほとんどで、DNAのように複雑な分子の構造が解明された例は少なかったためだ。


アメリカから来た生物学者

上々のクオリティの写真を撮影することに成功したウィルキンスは、1951年にイタリアのナポリで開催された学会で、その研究成果を発表することになった。


.          /: : : : : : : : : : : : : : : : :/!:,: : : : : : : : : : :´ノ
         /: : : : : : : :./:/ : :∧: : :/ |ハ: :.l: : : : : : : : :\
        .': : : : : : : :./:/∨/ lハ:/ リ l:./|: ∧: : : : : : ト丶
         l: : : : : : : :/ハ-――、‐-   j/ j:/ |: : : : : ハ
          {: : : : : : :/  zテぅ=、丶   / __ ̄`ル}: : :/     というわけで、僕たちは、
         : :.j⌒、:.|  ` ヒ:::ノ     ′ィっ‐、 ': 从     DNAのX線結晶構造解析に
          V ^ヌハl                ヒ:::ノ 〉/ル'       挑戦してるんだ。
           ヽ ゝ          {      /}
           \__,         ` ′   //         かなり鮮明な写真が取れるようになったよ。
            /イ}ヽ     ー  __     /'′
            イ,| 丶     ー    /
               ´ |   \
            ___j      ` -- ィ
            八 /         ,′
          /  ゙く           ' 、
     __く      \      {   \
   /     ヽ   _,\     ト、   \
  /        }  ノ   |      }   ノハ
/           j /     |ー~ー‐ ┤ /   }


その発表を衝撃をもって受け止めたアメリカ人の若者がいた。


       ____
     /⌒  ⌒\   すごいお!
    /( ●)  (●)\   DNAの構造が解けるかもしれないんだお。
  ///⌒(__人__)⌒//\
  |     |r┬-|     |  遺伝子の正体に迫れるかもしれないお!
  \      `ー'´     /
.   ノ         \
 /´            ヽ
ジェームス・ワトソン (1926 - アメリカ)

発表に感動したワトソンはウィルキンスにアタックするが、彼は釣れない様子で、二人はそのまま別れてしまった。

だが、ワトソンのDNAの構造解明への情熱は冷めはしなかった。彼もまたシュレーディンガーの本に影響されて、人生の進路を変えた人物の一人だったのだ。

       __________
    r´ ´\                \
    (    \   What is       \
     \     \      Life?     \
      \     \                 \
        \     \                 \
          \    \                 \
          \    \_________\
                \   r´=========r´
                 \ 《 三三三三三三三三三=
                ヽゝ==========ゝ



       ____
     /      \    ウィルキンスは釣れないお
   /  _ノ  ヽ、_  \
  / o゚((●)) ((●))゚o \  だけど、やっぱりDNAの構造の研究をやりたいんだお…
  |     (__人__)    |  そのためにはαヘリックス構造を解いた
  \     ` ⌒´     /   ポーリングの研究室にいきたいお!



       ____
     /      \
   /  _ノ  ヽ、_  \
  /  o゚⌒   ⌒゚o  \  でもポーリングは偉すぎて
  |     (__人__)    |  構造解析の素人のワトソンの相手してくれないお・・・
  \     ` ⌒´     /



       ____
     /⌒  ⌒\
   /( ●)  (●)\
  /::::::⌒(__人__)⌒::::: \   だからケンブリッジ大学でやるお!
  |     |r┬-|     |
  \      `ー'´     /



ポーリングとは、アメリカの"大化学者"である。

                  ,. ,,,、,ー-,,.,..,,、、_,,.,...〟.,   .,,,..-、
                ,,,..、!,,,,,,_:::: :::: ::::: ::::: ::::: ゙./,.  ,/ン''' ./
             _.f゙‐''〃--::∠:,゙ ゙̄''‐、_:::: ::::'ゝ、,./:/::、 |
            ,!|、-::l′_,,::./......,,、::: ::  .\,, -'".∠,,,| |
            ,!!,,、、::.!'''"::./:::: :::  `   . ̄:::./,;;;;__, ゙l .!
           /,i.!,,、:.|::_,,、/-''" ̄     /::::,,::::.:::`'/ ./
          ,!:: :_::!:::l: :.i゙   __.,.     ゝ.,.,.,..,,/._/;;,
             /_,,.::: ::::!.:  ′.,i'" _`゙     .,, ,.,.,../゛.::\,,
         /"::::ヽ, .ゝ  /::./,i-ッ"..,!,     ゙,r!: ::"゛ィ'\,,,"゛
         亅::::, --ミ'ッ‐"、 '゙,゙゛  ,./   ..,,  ..|:| "゛:: :/",゛
   _..-‐―‐ィ"::l .l゙  _,..、゙|´ .⌒><,゙'´ ..,, -'"   !:.!::: : ::"゛,,,\
  く、,゙´` ̄⌒'''::.U,.ィン'" l ‐"    .`'-、   ..  !::}___:: :"゛::.r,,゙゛"゛
     `'ー 、 .、.、:lヽ, ._ノ}  . .ヽ_,..‐.-.,.゙"''ー  . /:::_У`/゙二ニニT''ー ,,、
          `'-、,,,|::. . ̄ .,! ヽ._/. ヽ .      . //,,,.,,, -''″      .\
              ヽ、:::. .ヽ.l´ヽ     ,... . '!┬:'./              ゙.V┐
            `''-、:::: :.'-、::: ::::_.. -'゙,メ''/ .,..., ..  ..,,,,,,,.,,,....  ., ..,...___./ /\
               ゙'''')'"゙゙!ご::._./ ./  .,....,,,/ ゙̄.〉    `::゙ぐー--‐,'゛  .l
                   く,,,_,,,..-″ ._ '/゙ ̄´,/"´  . /        .::\     .!
                l l`'‐、  / .  ,/..  ./'-,゙''ー.......、     .::\  .. l
                / /  .!  ! . '"/. . .゙´    ゙''-,,. .`''、     ::ヽ  .,!
               '| !  | /.!   l  ._._.          . ゙'、    .::,!  .|
            _.. 、│!   l/,i冖'''''''"'""゛          ...〉    .::,! . /
            ′  .`゛"   `                  ゙     .゙´
       ライナス・ポーリング (1901 - 1994 アメリカ)


ポーリングは、量子力学を化学に導入して量子化学という新分野を開拓し、その業績により1954年にノーベル化学賞を授与されることになる。彼の活躍はそれに留まらず、化学の広範な分野に渡って優れた業績を残した。その一つがタンパク質の一部分に存在するαヘリックスと呼ばれる螺旋構造の解明だった。タンパク質では遺伝物質ではないにせよ、生命活動に不可欠な分子であることには変わりなく、なにより当時はまだ少なかった高分子*7の構造解析の先例の一つだった。

一方、ケンブリッジ大キャベンディッシュ研究所には、この人物がいた。


           ._,v-!'ヾ゙「厂¨^^'''ーv、
         .,ノl「」`:.‐ .!.'`.、::′ .,) ´゙'=、
        ..,r「 、.´ _.  ' .゙..- ' _ノ‐¬=<ノ'\
       /゙.:、.二 ニ│:.::' ' .! ∨     .\ .:゙)、
       / . .゙..:  :`/ .`:'.:.゙ .|  .ヾ   }>'! ^i.
      ノ:  .´- `.`'.゙ `  _'「 .\   .,ノ゙ .′ )
      | :... :....:... .イ.‐'   !゙.\ ̄¨个⌒.-.、' .¬]
      |7vii_.゙「.゙,.: ..゙:′'^: `_.,>.厂‐r‐ .′..、z/|
      (.´'¨¨'''トー-nニ、,、.....ニ!.,,ニvv--ー''゙i「 .^丿
       (,_..: :.゙:'..:'' '! ..'  ゙ 、 ..:..二..┐, :、'.: 丿
       ゙))_ヽ' .:.ヽ' ┐:、 ‐ ,丿 '^.`. │_´^.,)'′
        .\ `.ヽ^ .' 、 .´′., ._ .'.┐ ..,>'′
          .゙'‐r,」゙.´'フ \:. .丿:、:. :_iv┘
            ¨'''ー-v厶vニ-ー^″
     ケンブリッジ大学キャベンディッシュ研究所



                    __,,,,,,,, ,,,,,,,,,,,,、
                ,..-'": : :          `゙'''ー..、
            /: : :              : : : :::::::\
              /: : :                   : : : :::::::....\
             /: : :                    : : : :::::::...ヽ
            /;:;: : : ._,,,,,,,,_,                   : : : ::::..!
          i" .,,...-..,,,  .´゙"''ー- ..,,,_ :::         : : :::: .!
     /..,ミ..-´::::: :::::::.`'-、: : :      ´゙'‐、:::、:::        ::: .l
      r'"^゙'":::::: ::::.,.. --..,,_ \: : :       `''-:::、:::     ::│
    ,!::: ::::,i- 、__/゛ ._,,,,,.  \ ヽ: : :            \.::: :::: !
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      !:::: ::::ヾ,、 .!  \ ." _.::::" ,.ヽ: : :           : : :ヽ.!
      !::: ::::/  ゙''ー-.........-‐″;:;: : : : ヽ: :          :::.ヽ
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    !::.|/:::: ヽ,ヽ, ::::`、 |_::,../: : : : : : ;:;:;,ヽ: :         :::ヽ
     !::|,!::::.::::. \\::l::.//-二....-':: : : : :;:;:;`'ー ..,        :::ヽ
    ,!::!,!/::::,,... ,! '┐._,,,. -‐''": : : :      : : :::;:;:: ''ー ,,,   :::.ヽ
   i二,,,二-ー;;二>!′,:::::: : : : : :         : : : : ::::;:;: `゙''ー ..:::_ヽ,
     ゙''-,゙x x x x!ヽ::':;:;::::::: : : : : : :        : : : : : : :;:;::: '''"゛: `''‐ヽ
        `'''x x x ヽ::::'::;:;::,: :::,::::::: ::::::: : : : : : : _,,, ー'''"゛:;:;:;:;::;.:;:;:;: ::;:;:;`''ー、、
              `'''‐ミ へ ....,,,,.... -―''''''゙゙゙/゛:;:;:;:;:;:;:;: ;:;:;:;: ;:;:;:;:;_.__:;::;;:;: ;:;:;:;:;`'-、,,.
                 ,iヘ  .ヽ.::::::: , :::::,..-''',゙゙'- ..,,,:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;___,゙,゙二二二"''ーニニ;\、
                 l::: l   │,..-'゙゙,, i ←'  . ̄´ア ゙̄,゙″   ._/.::゙''`-;;,,,\\,\゙
               _、,!::: !-....‐'´ / z'゙'":;:;:;:;:;./   ./:;:;:;/    / ,l''゙.、`ヽ::、゙'-::\, ,,ヽ
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      /゛:;:;.,/:;:;./、  ll「  l:;:;:;:;:;:;:;:;:;./    ./:;:;:;./     /    .l,::\::.ヽ::.\::.ヽ::.ヽ.::::::::,,ヽ
       ローレンス・ブラッグ卿 (1890 - 1971 オーストラリア・イギリス)


ブラッグ卿は、父ヘンリー・ブラッグと共にブラッグの法則を発見し、1915年に史上最年少の25歳でノーベル物理学賞を受賞した人物である。ナイトの称号を授与されているので、ブラッグ"卿"(Sir Bragg)と呼ばれている。趣味は庭いじり

プラッグの法則は、X線結晶構造解析の基礎理論であり、X線結晶構造解析はブラッグ親子が切り拓いたと言ってもいいだろう。しかし、彼の率いるグループは、タンパク質の構造解析をめぐってポーリングと火花を散らした過去があり、結果"αヘリックス"でポーリングに遅れをとっていた。

とはいえ、間違いなく結晶学の世界的権威だったブラッグ卿をワトソンがポーリングの代用品扱いしたのは不可解だ。しかし、これにはワトソンがこの分野の門外漢であったことと関係がありそうだ。何しろ、彼は、キャベンディッシュ研究所に乗り込むまで、ブラッグの法則を知らなかったというのだから!*8 *9

名コンビ誕生

渡英したワトソンは、研究所である人物と意気投合し、DNAの構造についての議論を重ねた。


               / ̄ ̄\
              / ⌒  ⌒ \
  デーデ          | ( ●)(● ) |
.   デーデデッデ♪   l  (__人__)  │
              |   `⌒ ´   | ____
                 |           |/      \
                 ヽ       / ─    ─ \  ))
          ((    ヽ    ./   (●)  (●)  \
                  /    |      (__人__)     |   デーデ
.              /        \     `⌒´    ,/     デーデデッデ♪
.          __/  /    ./          (
       (( 〈__/ノ   /           \
                  /  __/  /          \  \_
               (( 〈__/ノ         ノ.\__ ノ ))
                \___ノ /   /⌒\ /
                  ノ  ノ )|          \
              レ´ ^  レ.\___ノ\  l
                    ノ  ノ   ) ノ
             ↑      レ´ ^    レ´
       フランシス・クリック (1916 - 2004 イギリス)


クリックは、大学で物理学を専攻していたが、第二次世界大戦開戦に伴い、海軍の研究所に移って水雷の開発に従事した。戦後、彼は少々老けた博士課程の院生としてキャベンディッシュ研究所でタンパク質をテーマに研究に取り組んでいたのだった*10。クリックの物理学の見識は、ワトソンを大いに助けた。ちなみに、彼もまた、DNAの研究に乗り出す前に、『生命とは何か』を興味深く読んでいたようだ*11


  _∩
 / 〉〉〉
 {  ⊂〉     ____
  |   |    /⌒  ⌒ \   DNAの構造解明するなら、
  |   |  /(●)  (● ) \  ポーリングのやり方が
  |   |/:::⌒(__人__.)⌒:::  \ いいに決まってるお!
  ヽ   |     |,┬‐ |       |
   \.\   `ー ´     /
     \       __ ヽ
      ヽ      (____/


ポーリングのやり方とは、彼がαヘリックスの解明に採用した方法、すなわち原子をパーツにした模型を組み立てて構造を模索するという方法である。


        / ̄ ̄\
      /   _ノ  \    とはいえ、
      |    ( ●)(●)  X線写真は必要だろ
     . |     (__人__)   常識的に考えて。
       |     ` ⌒´ノ
     .l^l^ln        }   まずはウィルキンスと話そう。
     .ヽ   L       }
       ゝ  ノ    ノ
     /   /     \
    /   /        \
  . /    /        -一'''''''ー-、.
  人__ノ       (⌒_(⌒)⌒)⌒))


クリックの誘いに応じて、ウィルキンスと二人はケンブリッジで会うことになった。





           __ヽ_i___
         ....:´.::::::::::::::::::::::::....
       /i/!ィ::::::::::::::::::::::::::ト:`
.       /.:::7/!/.::::ノハ!::::::ハ ヽハ::::ヽ
      /.:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::ヽ!`:::::::::::!
    イ:::::::::::::::::::::/!::::::i:::::::::::::::::::::::::::::::!   僕たちはX線写真の解析から
    /:::::::::::,i::/:::/ i::ハノ\::ヽ:::ハ:::::::::::::!   DNAが多重螺旋、たぶん三重螺旋だと
.    iハハ::::::ij,' !,'  リ  、___ヽハノ リヽ:::/    考えているんだ。
     ヽハリ', ‐ニミ ヽ   `ィ≠、  !:/-.
       i }  〈 ヒ::j      ヒ:::ソ   リヒ ,'
      ヾ、 `,,、 ,    ゙゙ `  ,__ノ
          ' .    `_     /
           \  `ー‐'   /リ
           >,.. __.. イ ト、_
.           /  |    : : :トノ ヽ
            ノ  ,ノ   . : :/   ト、
      . - '/  リ    /     | ` 、
  ,..-≠ / ,イ! /ー  - | r‐-、  j    ` 、
. ∧   'ー‐ァ'  〉 |ヽ,___.j/   \ト、     \
. / }    / / |::::::.:.::::::ハ      \     ヽ


         ____
       /⌒  ⌒\
      /( ●)  (●)\    これは話が早いお。
    / ::::⌒(__人__)⌒:::: \   ほとんどワトソンたちも同じ考えだお
    |     |r┬-|     |
    \      `ー'´     /
      >         <
     ( |        / )
      `|       /'
         |   r  /
       ヽ  ヽ/
        >__ノ;:::......

          _,,_,,,,,
      ,,r '";;iiiiiiiiiiiiiiiiiii;;`i;,,、
     /::::;;;;;iiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiii;;;;;;;;::`;,、    でも、ちょっと困ったことになってるんだ。
    /::;;;;;;iiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiii;;;:::::\   同僚のロージィーが僕にDNAの研究から手を引くように
    l:;iiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiii;:r、  言ってくるんだよ。
    'liiiiiiiiiiii/iiiiiiトiiiiiiiiiiiiハiiiiiiiiiiiiiiiハヽ
    ,-、iiii/liトハiiハiii/ lハliリiiiiiiil"`'  DNAのサンプルも渡してしまったし、
     〈 `'jV  .____,,,i,,__ii   _,,,iiトiiiハ/   最新の研究成果もわからないんだ。
    ヽ、_ '" r-ョァー   "ya-//"
       ヽ  ゛~`   '、 "~'/''"
      _r-|ヽ、  _  _'" , '
  _,./'/ ii  ` 、  ' , rt,_
'"_,,  / l"    `''";l、ヽ, "'  ,
    /  `,       `〉 i、   ` ,、
   /i   i,ー-、  _,,r`i  ヽ,    \、
   /    ,_ヽー-- -ー''l   ヽ     'i,
              '  '~` ̄     'l

手強いロージィー

ワトソンが渡英する数ヶ月前、ケンブリッジで開催された学会でウィルキンスと"ロージィー"との対立は決定的となっていたのだった。ウィルキンスは、その学会でコウイカ精子のDNAに関する発表を行った。



                     /    |    |    |
                 |     |    |    |
                   |ー |  l ー-  l
           /⌒ヽ   |    |   l     l
           l   l    |   |  |  0   |
            |   l   | ー-  |  l⌒) - l
             |  -‐|    |    |   | 丿   |    /⌒ヽ
           |   |    |    |  |ノ     l   |    ヽ
             l    _!   |    !__,! ‐  一 |   l     ヽ、
         /⌒ヽ l ‐ \  |, ノ⌒) ()    l    〉-‐  l
         l〉   )ヽ、   ヽノ (ノO (ノ  (つ ヽ、 | ノ)  |
        /  人 ヽ、        (⌒)     ヽノ (ノ  |
          l     ヽ、\,        )丿 / ノ/ o     l
        ヽ  ノ \,/     /  (ノ       () ヽ  l
         \    /        /     (⌒ヽ    |
          ヽ、       /  /  l      しノ      |
           ヽ、  /   /    |           l
            ヽ、          l          /
             ヽ、           |          /
              ヽ         l        /
          ナポリで手に入れたコウイカの精子(イメージ)



.          /: : : : : : : : : : : : : : : : :/!:,: : : : : : : : : : :´ノ
         /: : : : : : : :./:/ : :∧: : :/ |ハ: :.l: : : : : : : : :\
        .': : : : : : : :./:/∨/ lハ:/ リ l:./|: ∧: : : : : : ト丶
         l: : : : : : : :/ハ-――、‐-   j/ j:/ |: : : : : ハ
          {: : : : : : :/  zテぅ=、丶   / __ ̄`ル}: : :/   というわけで、様々な生物のDNAが、
         : :.j⌒、:.|  ` ヒ:::ノ     ′ィっ‐、 ': 从   X字状のパターンを示したんだ。
          V ^ヌハl                ヒ:::ノ 〉/ル'
           ヽ ゝ          {      /}     これはすべての生物のDNAが
           \__,         ` ′   //     螺旋構造を持つことを示唆してるよ。
            /イ}ヽ     ー  __     /'′
            イ,| 丶     ー    /
               ´ |   \
            ___j      ` -- ィ
            八 /         ,′
          /  ゙く           ' 、
     __く      \      {   \
   /     ヽ   _,\     ト、   \
  /        }  ノ   |      }   ノハ
/           j /     |ー~ー‐ ┤ /   }

大方の評判は上々だったが、ロージィーの反応は正反対だった。ロージィーとは彼と同じキングス・カレッジの結晶学者ロザリンド・フランクリンのことだ。


                _ -‐- 、 _
            ,. r-<、/ ̄`ヽ、   `\_
             ||/         ̄ ヽ  ヽ`\   あんたはDNAの構造解析から手を引きなさいよ。
          , -〉′'     l       \  \ ! ,ハ  これは私の仕事なんだから!
        / / , ,′/ ,ィ|', ヽ,  i \  , V ∠ _ 
        // 1 ,' l  | 」_|∧ '、 i  |ヽ. _, 、 i , 仏ヽ、  いいわね?
        ! / j , |j |´/ ,ゝ、| 、 |ヽ,、<\| |∨ i
   , - 、   j/ 〈 / ∧/ / ! ヒメヽヾT´ヒソ ノ レハ|' i  l
   {  }     { /  八)     r  `     _少′!  |
    l |      !  ,′, \  t- -1   /′i  ¦ |
  , ┤ !、    | ,' / _」ヘ、|  / ,.ィ' l   l  ¦ |
 (      \,、 -‐v'ニ、 ̄ \ くl`ー '´ |\l   l  ¦ |
 |ヽ  い'   _ 、イ \ ヽ   \ \  ´冫 > 、!   !  |
 l\辷 イー ´  | 丨 ) !     >ヘ./∠、   \!  |
  ` ー ' \._   ! ゝ  ト、  〈_i_/ハ\_〉    > |
        |    ̄7    i ヽ   ! /  !|  ,' ,ハ |
        |   /      l /    V   |l   |イ l l
       〈 ノ ,∠ - ┬ヘ/    l ,' l/   l/  !l
        ̄ノj ,ハ 人. /       l ′/    ノ   !
    ロザリンド・フランクリン (1920-1958 イギリス)

フランクリンにはウィルキンスの研究テーマを取り上げる権限はないのだから、ウィルキンスが当惑するのは当然だ。だが、それだけでは済まされない事情があった。フランクリンをDNAの研究のために雇うおうと上司であるランダルに進言したのは、他ならぬウィルキンス自身だったのだ。



           __ヽ! __
         ,.ィ´::::::`:::::::::::::`ヽ、
       ,.イ /ィ,ヘハ::::::,ヘハヘVヽ.
      /:::レ'!wヘハN:::::レvVヽ∧ハ   ありのまま、今起こったことを話すよ。
     /,イ:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::l  僕はDNA研究を推進するためにフランクリンを
     ' |::::::::::::::::::ハ::ハ!:::ト::ト、:::::::::::ト、 招いたはずなのに、いつのまにか僕が彼女に
       !ハ:::::|iV_' リ  !ヽ! i_,.l_!|:::_ノ` DNAの研究を止めるように言われていた。
       {fti´,イr゙メ‐' ーイチ ) !イr}
        ヽ.j u ̄"  i `゙´u/-'´  何を言っているのか分からないだろうけど、
          ヽ、u _.._   .イヽ、   そんなの僕にも分からないよ!!!
        ,.-‐'/ `>、_ ,.. '´ ゙y' ト、_
      / ,r'´ i /ヽ.´u / j |'" !、
     r'  /ヘ.  |'__  ! // /   ヽ.
     |  V´ ゙! |ヽ.` ‐イヘ  r'    ヘ
     ト、 !   ノ {:::::゙ー‐j / ,ハ      !、
     | ゙ヽ!  l ヽノ ̄ ハ/ _,.}'´ __ 、__ !
     i 、 | `jヽi__レ'‐、 -‐ ! /     |
      !  ヽi  〉、;;;;;;;;;;;;;ト、ヽ、ノ     y'
     |    〉 ヽ;;;;;;;;;;;;/≦メ.ヽ      |
    l     {丿/i`ー、;;;::;\ く ヾ.      !
    `ヽ.  f"/ !| ! ヽ.;;::;;::\ト、ー-、_   i


ウィルキンスの自伝によれば、この異常事態を引き起こしたのはランダルだったそうだ。
ランダルはフランクリンへの採用通知の手紙の中でこう述べていたのだ。



  /::::::::::::/|/|/::::|/:::::/イ  N:::::::::::  フランクリン君、
   |/|/{|/:::::::::::::::::/ /      ハ:::::::: 
     〈r__ヽ |/L、、,,,,,,,,,,,,,,,,__ ノ\::  君には、
       >r‐t.ハ 7/´::ヘソ_`ヽ_/ミ:  ある種の"生物的繊維"
       (.ヽ:フリ⌒ヘ、:ヽ ̄::::_ノ ̄  ミ:  の構造を研究してもらいたい。
       `┬彳     ̄ ̄  /  ミ::
       ヽく.  __〉、    ..:::::::::ミ:::   この研究に携わることになるのは
         V::::::_ .._ 、 .:::::::ハミ::::   君とゴスリング君と
         ∧::::::::_    ,,、ハN::::::   "彼と一緒に研究しているウィルキンス君"だ。
         」|i;;;::::;;ii,,..... ..、ハ||トミ'': : :
         ハ从||||||||||||||トNミ''/:::   君には期待しているよ。
          ∠//"`-"ー'イ:::::::::::
          |:::::|〉: : : : :「::::::::::::::::::
         _/:::::::|: : : : : :|:::::::::::::::::::
      _/::::::::::::└: : : : :」::::::::::::::::::


ウィルキンスは、フランクリンの死後にこの手紙を知り愕然とした。彼女の採用は元々はウィルキンスの提案であることを書いていないばかりか、ランダルの片腕であり研究ユニットの副主任であるウィルキンスを、大学院生であるゴスリングとただ"一緒に研究している"人扱いだ。フランクリンにしてみれば、院生と一緒にただ研究しているだけのウィルキンスが我が物顔で自説を発表し、ボスから保証された自分の領分を侵そうとしているように見えたというのも分からないではない。

一方で、確かにゴスリングとウィルキンスは"一緒に研究している"ことに違いないし、実際に採用するのはランダル自身なのだから、その決定が誰の進言によるものかを書かないのも彼の自由かもしれない。確かなのは、ウィルキンスがこのいざこざに長い間煩わされたことだ。

一回目の模型製作

ウィルキンスから積極的な協力を得られなかったワトソンとクリックだったが、ワトソンはフランクリンの講演を聴講し、彼女が得た最新のX線結晶構造解析の成果を仕入れることができた。

    __
   /   \  "たしか"じゃなくてメモくらいとるだろ、常考
 /   _ノ  \
 |    ( ●)(●)         キリッ _____
. |     (__人__)           /⌒  ⌒\ ホジホジ   というわけで
  |     ` ⌒´ノ         /( ●)  (●) \     ロージィーのデータによると
.  |         }        /::::::⌒(__人__)⌒::::: \    DNAの水分含量は
.  ヽ        }     \    |    mj |ー'´     |   たしかxxxだったお。
   ヽ     ノ       \  \  〈__ノ      /
   /    く. \         \  ノノ  ノ      \
   |     \  \      \               |
    |    |ヽ、二⌒)、        \           

ワトソンにはフランクリンの講演中にきちんとメモは取らなかった。講演中に下らない妄想を膨らます余裕はあったのに。



この人が眼鏡をはずし、髪型にちょっと手を加えたらどんな感じになるだろうとふと思ってみたりした。

(ジェームス・D・ワトソン著 江上不二夫/中村桂子訳『二重らせん』75,76ページ)


          / ̄ ̄ ̄ヽ
       /       ヽ  とりあえず計算してみるか。
        |   _,ノ ヽ、_  |
        |  (●)(●) |
       |  (__人__)  |
         ヽ.        ノ
          .>      く
      /        ヽ カリカリ
    _/((┃))____i |
 .. / /ヽ,,⌒)  ̄ ̄(,_,ノ \
 /  /_______ヽ..  \
  . ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


    __________
   | | | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄| |    / ̄ ̄\  凄いことが分かった
   | | |b)2=a2+2ab+b2 | |   ー ―   \
   | | |cos(2kπ/(2n+1. | |  (●) (●)   |
   | | |{Sλ}.         | |  (__人__)⌒:::   |  / ̄ ̄\  なるほど、分からん。
   | | |_______| |   l`⌒´     | /⌒     \
   |_|___o o o___|  |       / (●)      \
     ̄ ̄ ̄ l二二二ニ⌒⊂ニヽ     ノ l (_ノ :::       |
                    /   と二_ノ  ヽ__     /


計算の詳細はワトソンには理解できなかったが、その要点は明快だった。フランクリンのデータとクリックらが構築していた螺旋構造に関する理論を合わせると、DNAがとりうる構造はかなり限定されることが示されたのだ。これを足がかりに、二人はなんとか模型を完成させる。

そして、ウィルキンスとフランクリンに模型を披露する時が来た。


              / ̄ ̄\
         rヽ  / ノ  \ \   というわけで、
         i !  |  (●)(●) |   俺は、実験データの解釈にの前提となる
      r;r‐r/ |   |  (__人__)  |   螺旋の理論を構築した、
      〈_L (`ヽ .}  |   ` ⌒´  ノ   ベッセル関数的に考えて。
     l` ( ``/ .  |        }
     ヽ   l  .  ヽ       }
      |,.   l   /⌒   ー‐  ィ ヽ



´::::::::/ィノl,.イ l/ノ::::::::::::::::::::::::lヽj\_::lヽ、::::ミ:ヽ
::::::::/::::l/:::::l/::::::::::::::::::::::::::::::゙vヘハト、 ヘ:::::Vハ
::::::::::::::::::::::::::::::::::/l:::::::::::!::::::::::::::::::::::::::::\l:::::::::::i
:::::::::::::::::::,イ:::::::::/ |::::::::::ハ::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::!  
::::::::::::::::/ |::/|::/ l:::i:::::!  ';:ト、::::ト、::::::::::::::::::::::::::::l  
:/l::::::/l:! l/ l/  |;ハ:::|  リ ヽl !:ト:::::::::::::::::::::::l
ノ !ハ:l ,リ-‐‐- 、     l:!__ ___ ,リ l:ハ:::::::::::::::::::ハ
  !r-! ィ'Tメミ ヽ    ‐,=ニ 、_` `   ヘ::::,:rーv′
  { ヽ! ヾ少       {トソ `>    l:/,.f⌒リ
  ヽ l            ` ´      ソ/l´) /
    ヽ!     ノ           r'ソ /  その理論なら僕たちの研究室でも
      、   丶          メ-‐'"    似たようなものは発見していたよ。
      \   ヽ二)      ,.ィ'
       \        ,. '´,'
     ,.-‐ '´lヽ、   ,. '´  !、
    /  く  |  `¨ ´     l \
   __/    {,.イ         l !  ヽ、
 /ノ     ! l         |、l    i`丶、
'´  i     l、         |    ',   ` ‐ 、
   |      l          l    ヽ.__    '' ‐ 、
_,.-‐l      ゙i  ̄`ヽ _,.-'´ ̄ |     ヽ.\     `ヽ、


     r‐z´   /         `ヽL_
      |/|/ / /|  |   ト、 \ \ヽト \ 
     V/|/| /‐|<|_,l  |_>‐ヽ| ト、|| ト、|   
     イ|イ |/y'´(.j`´|\|´ヒ)`'v|ノN`| |    そんな話はどうでもいいのよ、
     || | |∧      ・      /k)  | |     螺旋なんか絵空事なんだから。
     || | |ヽヘ、  「  ̄`|  イ-'|  | |     
     || | |:|:|:|:l\. |_  ノ.///:::|  | |     いいから早く模型を見せなさいよ。
      |{< ̄ ̄\´\ ̄ 7/ ̄〉´ ̄\l.|
     ノ/ー(⌒ヽ:.:.:\ \/ .イ:.:.:.:.://、|
     //  ヽ::::ハ:.:.:.:.:| >Xく |:.:.:.:.|/ \
    /〈  / ̄}::::::\:.:.ト、/∧ .>|:.:.:.:.}∠   \
    { :}/´l  .::|/::::: ̄ ̄`)ハ〉|:.:.:./:::::<   >
    |Kl  |..:::::ヘ / ̄| ̄/  ./:.:./\::::::::..../\

フランクリンは、DNAが螺旋構造をとっているという考えには明確に反対の立場だった。




     ____
   /      \
  /  ─    ─\  これだお
/    (●)  (●) \
|       (__人__)    |
/     ∩ノ ⊃  // ∩ノ ⊃
(  \ / _ノ    \/ _ノ
.\ “  /  . \ “  /
  \ /      /\/
    \       \
     \    \  \
       >     >   >
       /    /  /

            ,ィー/´  , ‐-、     `ヽ.-一、
               |;〃/`ー-,'    ̄``ー- 、ヾ;;;;;゙!
             il,'/                 ヾ,'ヾ;|
           ,ィ7'´~                   \ソ_      何よ、これ
             '",'      ,イ   、   、  ゙、   ヽヾゝ、
          ,'        ,'/ !|  ヽト、ヽ  i ,! 「l` \`    私の実験データとぜんぜん違うじゃない。
           ,' /!i  ;' /,>、 ト、  ヾィ< ヽ |Vヘ !i   ` 、   私のデータでは、この模型の十倍は水分子を含んでいる
            l/  リ、 lⅥヽ"~ヒ}' ヽ  'iJ,} 〉ヾi^/ヽ! ヽ    ヽ   はずよ。
             / ヽ.| `!:. ´  ,   ` ""/ー' ゙、   \   ',
.             / ,.'   ,',ハ、 _`_ -‐'⌒) イiヽ、 ゙、   ト、   i  
.            , ' , ′ /   .、\_ン / ソ_  `ヾ、  | ヽ  リ  それに、マグネシウムは水分子囲まれてしまうから
.          / ,.' __r'、/l⌒i'ヽ i`>ーイ にフーヽ_/:::::ス |  !  i  DNA分子の間の橋渡しなんて、できるわけないじゃない!
         /,/ ス::::::::;ソl | l. \  ,-〃^\ ヾi:::::/  \ ! |
       , '"  /  ヾ/| }  〉、 ヽ//\  ヽ  V      ヾ  i
     /   !:   ヽ、 ′ !  j i`!;T;;へ、 `    |      ヽ.,!   もう滅茶苦茶よ
.   /     |: :. :.  i 、__, __,-、 _〉「ト、 `     .:\ー-     !
.  /      ,イ: :. : . /:゙.    /;;;/ |;ヾ`\   . :   \` ̄  `l
  / ,    / . : : : /  : . . ノ´゙Y;;;! |;;;|∨:::::`ヽ.:      \__  \
 ,' ,イ 〃  / .: : /    :/:;:::::/;;;;! |;;;|::::::::::::::;:;\      `ヽ、_ \
 l/ レ' i. /  .:/       ,:':;:;:;::::::::ゞイ i;;;;|:::::::::::::::;:;:;:;ヽ       ヽ::::/
      ゙〈ー/′       /;:;:;::::::::::::::::::!  ̄!:::::;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:ト、        i´
      `/. :       /`ヾ;:;:;:::::::::::::ヽ /;:;:;:;:;:::::::;:;:;:;:;イ::::ヽ、      |


案の定、ワトソンは記憶違いで間違った量の水分量をクリックに伝えていたのだ。痛恨のミスである。


このときキングス・カレッジの面々に披露された幻のDNA模型は以下のようなものだったらしい。

  • 3本のDNA分子が撚り合わさった三重螺旋(実際のDNAは2分子の二重螺旋。)
  • DNAを構成するリン酸基・デオキシリボース・塩基のうち、リン酸基が螺旋の内側に位置している。(本当はリン酸は外側)
  • 分子同士はMg2+のような二価の金属イオンが両者のリン酸を橋渡しすることで結合している。(本当は塩基間を水素が橋渡ししている。)


模型を組み立てるための前提も間違いだったし、結果も複数分子の螺旋構造という点以外は合っていない。その点もウィルキンスがすでに気づいていたわけだから、二人のモデルに優位性はない。完敗だ。

さらに悪いことに二人の失態は、ブラッグ卿の知るところとなった。


            ,....-r::r‐:::-...
           〃.:::::l:::|:::::::::::::::ヽ     
              ii::::::::::l:::L.:::::::::.、:::.    シュコー
              jj, -‐'::ー', =ミ::.\',    シュコー
              /〃⌒i}::::{、_:::)::}:::.\
            ;:::i{ゝイ::Y^Y::::::::/.::::::::::.ヽ
           ;::::::.〈:::://l l l\/.:::::::::::::::::.ヽ   ___
           ::::::::::∨=-‐==7ヽ::::::::::::::::::::〉  {::::::::.\
          i|:::::::::::.\/////.:::::::>==ミ:/   \:::::::::.\
           乂::::::::::::::.∨///.:// ̄/⌒>‐- >...:: ̄::`丶、
           `¨¨フ777.:://.::,=ミ/.:::::/.::::::::::::i{::::::::::::::::::_:::}
            _ . イ:::::/:/:/.:://.::::{::::::.\/.::::::::::::::::/ヽ.二ニ≠::::::/
        /  //.:::/:/:/.:://.:::::/\::::::.`ァァ‐-<::::i{:::::::::::::`:::く
.       /  //.:::/:/:/.:://.:::::/.:::::/\::::::::::::::::::::::::::ヾー-::::::::::::::i
       /  //.:::/:/:/.:://.:::::/.:::::/.:::::::}ー--:、:::::::::::::::::`¬:::::::::::|
       \//.:::/:/:/.:://.:::::/:::::斗==:{:::::::::::}:::::::::::::::: ___フ.:::::|
        /l/.:::厶::-‐==≡i|゙::::::::|:::::::::::ヽ::::::::::::::::::::: i(:::::::::::::::::::|
.        /.::{:::::i|⊂⊃ [].:[].:.:i|゙::::::::|:::::::::::::::.\:::::::::::::::::ヾニニ=-:::ノ
       /.::::{:::::i|⊂⊃ . . : :.:.:i|゙::::::::|:::::::::::::::::::::.ヽ:::::::::::::::::::::::::::/


   / ̄ ̄\ DNAの研究を止めるように言ってるだろ、
 /   _ノ  \  暗黒面的に考えて。
 |   ( ○)(○)
. | u    (__人__)____
  |  u   `⌒´ノ─  ー\   従うしかないお
.  |         } ○) (○)\  
.  ヽ       }⌒(__人__)⌒ |
   ヽ     ノ u      u/
   /   `ーー/⌒^)(⌒^ ー )
   |   、 _   __,,/ヽ   / \


ブラッグ卿は元々キングス・カレッジが手を付けていたDNAの研究に、いまさら自分の配下の者が参戦するのを不毛なことと捉えていたようだ。ましてや二人のモデルはこの有り様だから、ブラッグ卿がキングス・カレッジとの関係を悪くしてまで、二人の独断専行を許す理由はなかった。

ポーリングがやってくる

ブラッグ卿による停戦命令により、ワトソンはウイルスの研究に移り、クリックは元々のテーマのタンパク質の研究に戻って行った。

そんな最中、悪い知らせがワトソンに舞い込んできた。あのポーリングが学会に参加するためにイギリスに来るというのだ。


                         ::;;;;;;;,,,;;,,
                      ,,,;;;:: '´ヽ ̄`i::、;:;:;,,
                ,,,,,,..    ;;:/;;::ヽ ヘ  i  ヽ;::     ,,,,,,
  ,,             ゛''`ミ;;゛、'':::-;'´;:;  ヽ i. i  _ヘ;:;;;; '´;'"------、,,,;;:-;
.   i!            ,、,,、i:‐゛:; ヽ、 ;::;''   `、'''i'''''; '.  i_,;;;'''´/ !  ;:.   )<i´
. /i !       ,, ;::''''''´:;ヽ.`i ; , >‐'´i`  ,;:;;;:,,______,,,;;;;、 i-::=" / .;:  ,:イ` ‐`
. / i. !,,,,,.. , ;: '` <,,,   ,,,...。'"‐"`;;。ヽ:;i ゜`':’ 'Y =ヾ ’`;; i `'''::<,_; '´ ,;:"
..\\、   ` :: ,,,  ゛;:: " ゛  Y`";. iヽ;, ヽ    ´゛''''"ヽ /! ___;:。,,;;、/
   ` -゜;。  ,,,,,,__/  _ヽ   i  i. i l ::;` : 、 '  ̄ ,::"! i                 ,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,;;;;;;;;;;;;;;;;;;;':':':':':':''"
      >'  ,::゛'''y''''::、 ゙i、 i  i´ /  /  ヽ゛'''''"......丿,,,,,,;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;':':':':':'''''''''''''''''''''''
      i;;;::::::::i   i,:::、 ;-‐‐‐。;、::;;;;;;;;;;;;;;;;;;;':':':':':':':':':':':':':''''''''''''''、
     ii <<ヽ;;‐i`、!‐<<i,,,,`; ,、ヘ、  -   X´ ∥;;.   \
      ゛'''i''´´´.゛弋_ノ_,,,/'''´ /::::\.゜''' -- '´.   /' ;:      ゜:: ,,,
        \.,,,,,,,,,,,;:'/    i::    `ー _, - ―‐‐:::;、_       ,`
                  \ _二ニ" ' i       ヽ、    ,,;:'''''' :::、
                    '''i,.'ゝ;,,,,,,<´i          ` '、´   ゛、"
                      i / .i/           i  ,、,,,,. ヽ
                      `;'               ヽ,゛  ` '





        / ̄ ̄ ̄ \   ポーリングがイギリスに来たら
       ノし ゙\, .,、,/"u\  きっとキングス・カレッジで
     / ⌒ (◎)ヾ'(◎)u \ ロージィーのX線写真を見るに
      | u  ⌒゙(__人__)"⌒ u |  決まってるお
       \ u   `ヾ,┬、/` ,/
.       /⌒/^ヽ、 )__( ,ィヽ、    そうなればこっちに勝ち目はないお
      /  ,ゞ ,ノ ゙⌒" ,  ゝ、
     l /  /      ト/.\\

しかし、幸いというべきか、ワトソンの懸念は杞憂に終わる。



                    `'-、   '-、
                   `'-、  ゙''-、
                     ゙''-、  `''-、
                           \   `'-、
                          `'-、   ゙、.,,、
 貴様らアカの学者のパスポート         `‐.'./., .`-、
    即刻、停止だ!!                    `'i__".、|. 、
                                    ゙,゙''\_./
                                 l !           _,,.. -''''::
                /''ヾ ̄`,:、             l .|   ._,, -''''"  _,, ‐′
              ,イ /゙ヽ‐/ |             ;.. -‐''"゛  _,, ー''"゛
             l' ヒ,ヲ.|./ ,/           _,, -''''"   _,, ー''"゛
             l.,,,,ィ"/-'゙`'-、 .... .. -''''"゛  _,,..-‐''"゛.|
          _..-ー-、 l .__...-''i"|.‐''  _,,.. イニ―‐―、 .!
          ,..-'"    .,┴"l, ヽ ! .l '´ .゙、  ._,, -―r‐ー ./
      ∠:--―''"´ ,.!---゙---'"´  .!..` '". .\  | /
      /   _.. '" ,ィ      l   .,, │ ヽ .ヽ  `'、 ゙"
     /   ゛  ./ .l.---、  .|  ./  !  .ヽ .ヽ  .ヽ
     ←-----'    l   ヽ  .|_,,..!  l゙   l  .!   ヽ
              l    ̄´    l    ! │   .l
                 ゝ-t.........r‐''''"゛    |  !   .l
                 / │  |           !   │
                 /....、.l | ,、           /   |
               //.. 、,,, .iヘ7、 ゝ       '    .|
          _/‐"     /、 /.、  ̄ ̄´^''ー-、,,、  l
          ,/゙,シ'"│   ,凵 ! ,/          `'''ヘ、    ,
     ./ン'" /  .! ./゛  !-! ."'''''^^^"'ー 、     ,. ` 、. / |
    ./  l  /   .| /                 `''-..、/゙,:―、/ ./
   ./    ! ./   ., ''"                 /';;, /   ./
  ./    ! !  ./                   ,/ | ./   /
  !     キ./                      / /./   /
  .|    / ゙'/-'" ̄⌒''-                   / /./ /
   米国共和党上院議員ジョセフ・マッカーシー (1908-1957)



当時アメリカは、反共思想マッカーシズムに基づくジェダイ狩り赤狩りの渦中にあった。反核運動平和運動に熱心だったポーリングはソ連のシンパと見なされ、結局予定されていた渡英は叶わなかった。


          ____
        /_ノ  ヽ\  アメリカはひどい国なんだお。
      / ( ●) (●)、  これじゃ亡命を防ぐために
    /::::::::⌒(__人__)⌒\ 学者を国内に縛り付けてる
    |      |r┬-|    | ソ連と似たり寄ったりなんだお
    \       `ー'´  /
⊂⌒ヽ 〉        <´/⌒つ
  \ ヽ  /         ヽ /
   \_,,ノ      |、_ノ


結果的に救われたワトソンだったが、アメリカ人である彼もこの暴挙には随分と呆れていたようだ。



だが、ポーリングがDNAという極めて重要な分子を放っておくはずもなく、、、


         ,、  ,´i
           i. i  i i   /`i             iヽ .iヽ  ,、
         i. i i i. /. /               i i..i i. i. i
         i V. し ./      __         i i.i i. i. i
.         i.      イ       だハ    _,,,_   i i! レ i  やあ、ジム
         i        i    _,弋㌍i'"ヽ_ハ㌔i  i     !  ミーのパパがユーの好きなDNAの
.          i      ヽ._ ,,,,/ ゝイ ;;  ヽ亦' ‐ "    i   論文の原稿を送ってきたよ。
        /'   , --- /;:/      ,、  X ‐‐--、   i
      /   /  /;:;:;;;i        '` i     i.   i  ユーにも見せてあげるよ。
.     /   /   /:;;:;;:;:;i;;i         i    i   i
    /   /.  /: : : ; :;:;:i;:;ヽ、 -'''''''=- ,,,,,__ヽ .   i   i
  /   /   /: : : : : : ;>i;:;;:;:;:\` ‐-女`\     i.    i
. /     /   /: : : :>'´ i'" ':;:;;:;:;;:;;:` -- '´ ヽ \.  i   .i
../    ∠...,,,__/___::iヽミミミi :;: :;:;:;:;:: ;::'//ヽ_:_:_i\ \_{    i
{           ̄ ヽミミヽ:;:: :;::;::;::;;//ミミi   ̄ \ \  /
. ` ‐- ,,,,___      i ミミミヽ: :;:; : /'ミミミi      __\ \
        `┌ t、 .i ミミミミヽ, / ミミミ i'''''''"" ̄    \` - 、
.         i : iミヽ_iミミミミミ/、/ミミミミi          `ー'
          i:/iミミミミミミミ//.ミミミミi
         / iミミミミミミ/ ヽ ミミミミi
              i ミミミミ/   ヽ ミミミi
    ピーター・ポーリング (1931-2003)


ワトソンは、ケンブリッジに留学中だったライナス・ポーリングの息子ピーターから発表前の論文を入手することに成功する。



      ____
      /_ノ ヽ、_ \   ついにこの日が来てしまったお
   o゚((●)) ((●))゚o   ワトソンたちの努力も水の泡なんだお!
  /::::::⌒(__人__)⌒::::::\
  |       |r┬-|     |
  \     `ー'´     /




                _rュ,,_          _rrュ__
                ∨∠二i         //>‐}
                /レ'~__^`i,   _    i゙i´^___`i,
                { <()>゙i,,r''~..... `、  .{i! <()>'  パパのモデルでは、
                ゙i,ヽ三彡リ:;:;:;:;:;:;.:.:.:゙i,,,,メミ三三リ  DNAは三重螺旋で、
                }ヾ==ノ)彡:;:;:;:;.:.:.:.:ヘヾ===ノ    螺旋の内側には
              //ミ二ソ''~/:::,, ..::.. ゙;;;゙i,ミ二ノ}     リン酸が位置してるらしいよ
             ノ/`'''''''~´::彡:::::::::::::::::, iミ_゙i, ̄~'`ヽ
             ノ::i ー=:;:;:;,',',',',','r=ァ,',':; レr=i,:;:;:;:;:ミ}
          ,,,r‐'ノ八::::::::::ノ:;:;:;:;:;,',((⌒`:.:,  i!⌒i)::::;:;:;:ト、
         /''ノ⌒゙i:::ヽ:::::::::ノ.:.:.:.:.:.::;:;:;:;:;:;:゙, ヽ.:.:.:.:;;ミヾノ''''/i
        レ⌒》゙、゙、}::::...ヽ''" 彡.::;:;:;:;:;:;:;''''~  .:.:.:.:ミ:::::゙i,,,/,">、
      /_ヾ、゙i!゙、゙、|:::,, ...丶 ノ.:.::;:;:;:;:;''´ ,..::::::::::::ヽミ:;:;゙i{,",/,"/》
      《'⌒ベ、゙、゙i,゙、,|ヘ. .. .::::(::´~^''...:;:;''~;;;;;;;__ノ:;:;:;:;:;:;)イ,"/,入
     /彡゙、゙゙i,゙、゙、\|ミヽ.:.:.:.:.:  ノ二,,,,r==‐''''~~~`ヾ=、,,,ノ,",/,","/》
     《'⌒ベ、゙'i,゙、゙、゙、i:;:;:;ヽ、:;:;:;..  ̄,,,,,,,,,r'''':;:;:;:⌒:;:;:;:;`ノ,",ノ,",/"〈
     /ノ゙、゙i,゙、゙、゙、ヾ、,゙i,:;:;:;:;`'''''"ヽ:;:;:;;;;;;;;;;;`ヾ、,,,,,,,,;;;;;;//''''~,,"ノ,",/》
    《'⌒ベ、゙ヽ、゙ヽ、ヾi,:;:;:;ヽ:. .:.:.::;:;:;:;:;:;:; ̄''''ノ彡''''ノ/,,,-'''~,,,-'/ノ''〈
    /'⌒ベヽ、゙ヽ、゙ヽ、゙、゙i,:;:;:;:;゙、ミ.:.::;:;:;:;ヾ、_.:.:.:.:.:.:.ノ/::/,,,,-='''"/,",ノ,》
    /⌒ベヽ、゙ヽ、゙ヽ、゙ヽ、゙゙i,:;:;:;:;:;:;:;ヽ.:.:.:.:ヽ,,,,ノ::::/;;;;/二三,,=''~ノ,",ノ〈



             ___ 
           /ヽ、 _ノ\   そ、それは
          / (○) (○)\  クリックと一緒に作った模型と
        /   (___人__)  ..\   そっくりなんだお
        |  u  ノ   ヽ,   |
        .\   (/⌒ノ´フ   ./
         . .>   . ̄ ̄´  <.



原稿の内容読んだワトソンは、さらに驚かされることになる。

                ____
               /        \   人
              /           \   て
              / \     _/      \     DNAは酸のはずなのに、
              |  (●)   (●)      |    このモデルではそれを無視してるお、、、
  .           \  (__人__)  u.   /
                /            \     ポーリングらしからぬミスだお
           | ̄ ̄ ̄ ̄|~|       |
.              |        | .|-、  ノ   | 
.             (つ       .|と  ̄”     ノ

ある物質が酸であるということは、水溶液中で水素イオンH+を解離するということだ。DNAの場合は、リン酸基の部分からH+が解離するはずで、事実DNAは酸性の物質である。ポーリングはその事実を無視し、リン酸基が水素を結合したままだという前提で、この水素がDNA分子間の結合に寄与していると想定していた。*12

ノーベル賞はまだポーリングの手中にはない。ワトソンとクリックは祝杯を上げた。



翌日、ワトソンは、ポーリングの論文のことを知らせにキングス・カレッジを訪れた。


             (ヽ三/) ))
         __  ( i)))    この論文を見るんだお
        /⌒  ⌒\ \  あのポーリングもワトソンたちと
      /( ●)  (●)\ )  瓜二つのモデルを構築していたんだお!
    ./:::::: ⌒(__人__)⌒::::\
    |    (⌒)|r┬-|     |
    ,┌、-、!.~〈`ー´/    _/
    | | | |  __ヽ、    /
    レレ'、ノ‐´   ̄〉  |
    `ー---‐一' ̄


             ,.z-―--'''     ーr、    _
       /⌒><´ /⌒ヽ、_   ̄   `><ヽ:::::::',
       {:/  l´ ̄       ´ ̄`ヽ、´ ̄ ̄ヽ、ヽ:::::',
       )Kー/              `'-、.,   〉::/V}    あんた馬鹿!?
     z‐'"                     \ノ`ヽ、:ハ  
    /                         ヽ,ノ:〈  ',  ポーリングだろうが、
   / ..:/       /   .l         ヽ、   ヽく:〉 ',  誰だろうが嘘っぱちは嘘っぱちよ。
   l//      /| l  ヘ\  ヽ、   ヽ ヽ、  l:. l/  l
    / ..:::/ l  / \', K  ', ヽ、_ヽ>< ヽ. ヽ:::..l::.l l l  私のデータに
    l ::::/l::::l .:/ z''7ハヘ{ ヽ、 .',_>7てバ`'=ヽ、l:::. l:::::lヘl |. l   DNAが螺旋であることを示す
    l :::/ .レ'hV ' いリ〝、 \l~   にリ_ ゙〉 ヽ:::l::::iヽ: l |    証拠なんてこれっぽちもないのよ。
     V  lに{ヘ   ̄          ̄    .:lハlV ノ::  ',l
        l:ヽ、ハ      ,          .:、_..:イ |:::  ',
        .l /:ヘ     ヘ_-‐=ニz、    .::/:::::::::: l:l:   ',
        l/  ::ヽ、   〈::: ̄   )  .:::イ::::::::::::::.. l l   ',
        i   :: :ヽ、.  'i    / .:/:::L::::::::::::::.. l l   ',
        .l   :: ::::::::\. ー--イ..::イ:::::. 'y⌒ヽ、::::. l   ',
        l    ::、_::::::::::ヽー-<::::::::::  /    `ヽ、l_
       .l  l l、    ̄ ノ∧:::::::::::  /         `ヽ、_
        l l :l:`ー---ー'" { ヽ_ -- /
        .l l〉 l',:::::::::ヘ   l   /             ,z-'":
        l l l ハ:::::::::::ヘ  l /           _,..イ::::::::::::


               ____
            /      \
    i⌒',   /   ⌒    ⌒\   すごい剣幕だお
    |  つ / u  ( ○)liiil( ○) \  
    |  | |        (__人__)   |
    |  | \       |r‐- l u./
    |   ̄ ̄   ,- 、 `ー'´   \
    \____  ヽ  ヽ___)   |
           \⊂_         /
           \ `ー─── ' ヽ


     /:::::::::::::::::::::::::::::::ハ:::::::::::::::::::::::::ヽ、
    _ラ::/ソイ〃:::::::::ィ:/|:l ゙l::|ヽ:::::;、レVwリl
.   7:::::::::::::::、:ハ|/ リ l!   l! _lハLl,i::;::::::::}  やあ、ジム
    |ハ:::::::iⅵ_l!‐_二`ヽ.  ` r≠、、`lイ:::::!  今日はどうしたんだい?
      ⅵ:ヽ  / l!寸`      弋リ冫 1:::ト
      ヾ;ヘ  ` ´           /ヾ'
         { fヽ.     `´      /ソノ
         `ヽゝ.    ー ─‐   _'/
          ム、      /
             |`ヽ、_ __,/ |
             |       |
.          .'`ー┤       |`7ヽ
         _/  i /!        ト l ,ト、-、_
    _,. -‐'"´/,.ヘ \ ‐‐、  ,.‐‐  / i^| ヽ `‐- ._


        ____
      /     \    そ、そうだお
     / _ノ  ヽ__  .\  今日はウィルキンスに用があったんだお
   / (○)!i!i(○)   \  あっちで話すお!
   |   (__人__)  u    |
   .\   )t-ツ     /
    /   ⌒´      \
    \_(__)      i\(__)
     |          |

ウィルキンスの助け舟でその場を逃れたワトソンは、ポーリングのモデルについて説明した。



           __ヽ_i___
         ....:´.::::::::::::::::::::::::....   君も大変だったね。
       /i/!ィ::::::::::::::::::::::::::ト:`
.       /.:::7/!/.::::ノハ!::::::ハ ヽハ::::ヽ  ロージィーはいつも
      /.:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::ヽ!`:::::::::::!  あんな調子なんだ。
    イ:::::::::::::::::::::/!::::::i:::::::::::::::::::::::::::::::!
    /:::::::::::,i::/:::/ i::ハノ\::ヽ:::ハ:::::::::::::!  僕も困ってるんだよ。
.    iハハ::::::ij,' !,'  リ  、___ヽハノ リヽ:::/
     ヽハリ', ‐ニミ ヽ   `ィ≠、  !:/-.
       i }  〈 ヒ::j      ヒ:::ソ   リヒ ,'  そうだ、君に見てもらいたい
      ヾ、 `,,、 ,    ゙゙ `  ,__ノ   写真があるんだ。
          ' .    `_     /
           \  `ー‐'   /リ
           >,.. __.. イ ト、_
.           /  |    : : :トノ ヽ
            ノ  ,ノ   . : :/   ト、
      . - '/  リ    /     | ` 、
  ,..-≠ / ,イ! /ー  - | r‐-、  j    ` 、
. ∧   'ー‐ァ'  〉 |ヽ,___.j/   \ト、     \
. / }    / / |::::::.:.::::::ハ      \     ヽ


写真を見せられたワトソンは、、、、




━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
  .キッ!   / \   / \  らせんの予感!
___∧,、 /  (●)  (●)  \____
 ̄ ̄ ̄`'` |    (__人__)    | ̄ ̄ ̄ ̄
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━




このときワトソンが見せられた写真は、これまでのDNAのX線写真とは異なる状態のDNA、いわゆるB-DNAのものだった*13。B-DNAの写真は、螺旋構造以外ではあり得ないパターンを示しており、それ以外にもDNAに関する多くの情報が引き出せるものだった。

さて、この写真は科学的な重要性以外の意味でも、しばしば注目を集めることになった。それはこの写真がウィルキンスの持ち物ではなく、フランクリンと彼女が指導していた院生のゴスリングの研究成果だったということだ。ベストセラーとなったワトソンの本では、ウィルキンスがこれを不正に入手したかのように書かれていた*14ため物議を醸した。一方、ウィルキンスは軽率だったと非を認めつつ*15、写真はゴスリング本人からもらったもので、フランクリンもゴスリングにその写真を好きにしていいと言っていたのだと弁明している*16


          ... .-‐…‐-. ..
        . .::´:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:`:...
.      / !:.:.:.:.:.:,ィ:.:.:.:.:.:.:.:.:.rv x''` .、
     /イ/レ'ヽハ/.:.:.:.:.:.:.:.:.:.jハノヽ!`:.:丶
    j.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:. .、
    i.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.ィ.:.:.:.:.:/.:.:.:/i|ヽ:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.`ヽ
     {.:.:.:.:.:.:.:.:.:/iノiノ!::/iノi:/ノ リ、:.:ハ:.:.:.:.:iヽ  そうなんだ。
     v‐、.:.:.:.,' ー‐ノナニ、′  r‐i/-トノハノ
.      { 、 ヾ:::!   < トィj      イ7ヽi/   
     ヽ ( ハi    `゙     .  `゙ ,′  このデータがあるのに
       ):.:.:.i、         〉'  ノ    ロージィーが螺旋構造に
        ノハ|  、    - -  /     反対しつづける理由が
        r‐‐‐|  丶      /      僕には分からないよ。
      ノ \!    ゙ r‐<
     /ヽ   \.__    |、 `ヽ.
.  /   `ヽ    >、 ! ヽi r‐ 、
. /        }   /  ト、 j ∧ !\



            ,.. ィ〃"'ー- 、
            /:::.....  ....  ..:::ヽ
         ,'::::::::::::::::::::::::::::;、:::::::::::゙ト
          {::::::::::::::::;y从j;ハハ;:::::::ミ゙
           ゙!;ヘ:;イV_jリ!_   _リj;'Nリ   でも、彼女のリン酸とデオキシリボースが
         人zリ ´仞`  '{j`/     構造の外側に位置しているという解釈には
      , -‐'´ヽ ヾ'`    _ >丿     僕も賛成しているんだ。
.     /  ___  i ヽ ヽ、  /
    / ;'´  ` |  r;〉'´ヘ`丁ヽ       だから、僕はリン酸とデオキシリボースが
.    /,:'     レ'´>___/ ,ィヘ `!      外側に位置する三重螺旋を想定しているよ。
   i'Y        , /"ア_〈``"  |
  .| !     :. /  !'"´  y'~´  |
  ,! ,!     ∨    /    ヽ
  〈 !      ゙!  ;'`7゙ト     〈
  ゙i,!_     〈   { !      ゝ

翌日、クリックはポーリングの論文とフランクリンのX線写真という二大ニュースを知らせるために、クリックのいる部屋に急いだ。するとそこにいたのは、



                          ィ ´ l!  l! `  .
                            /    l!  l!   ` :.
                           /      .l!  l!      ヽ
                       /        l!  l!        :.
                         /       l!  l!         l!
                          / ___   .j  :l         l!
                       /.:´     `ヽノ  弋  ____  l!
                   /   ィ==≧_ .∨ .∨イ´   `ヽ{
                     / ./::::! {   ヽ ∨∨ _ ィ´ ̄j`ヽ ∧
                 /_/::::::::ハ  \___ ゝY<___ノ リ:::ヽ∧
                 ー──‐‐l! `ー‐‐  ..:::: `ー-==/::::::::ハ∧
                _     ∧ ̄ ̄`:.  .:::::  r‐‐- ./、__ハ」、
             ィ ´: : : :..`><  ト、 /  :.x==x ∧. /イ: : : : : : :.j:::::\
          ィ ´: : : : : : : : : : : : : :`ヾ∧  /----ll  //l: : : : : : :.リ:::::::::::\
       ィ≡彡-===≧: : : : : : : : : : :.:.:.∧ ./:l:l:l:l:l:l:ll //ノ!: : : : : : /`ヽ::::::::::::\
    -≦´:::::::::::::::::::::::::>’` <: : : : : : : : : :..∨===、// 丿: : : : / ヽ \::::::::::::>.
    ::::::::::::::::::::::: /´ ̄ `ヽ   `ヽ` <: : : : : : ヽ________ イ {_/l    l r''-≧.::::::::::::::`>、
    :::::::::::::::::::/      \       ̄'' - ,,__う       l l   У  l l  ̄`'' - ,,:::::::\
    :::::::::::: /         ∧         \ \          l l   /    l l      ’'' -
    ::::::::/______   ∧       ∧ ',          l l   j   / /
    :::イ´          `\∧__     ∧ ',       .l l   l   / /
    -=--、             !  ヽ      ∧ ',      l l /l ̄ ̄`'' - ,,_



           ___
           /⌒ ー、\   
          /( ●)  (●)\  キングス・カレッジで興味深い
.      /::::::⌒(__人__)⌒::::::\  X線写真を手に入れたんだお!
  cー、   |     |r┬-/ '      |⌒,一っ
 ,へ λ \    `ー‐'      / 入  へ、
<<</ヽ                     /\>>>


                   / ̄ ̄ `ヽ
                /        ヽ
                //≧=xr≦x-、l   コホーコホッ
              /Y´(_八_ハ ∧  コホォ?
             //  l ノ/\ y /∧   
             l`i /ぅ/ ──ァー'  ∧
          r 、 ! {./^/ /丿、/ハ    l
          ヽ ^' ./ ./y' /うー‐ 、/:l  /
          _l      /______  l /
        ィ ´ /ゝ、   /゚ ∞∞∞ ゚  ̄`>.
     /  /     ー‐'{ `ヽ    l     `ヽ
      /  イ         l,,___X__ ヽ____ヽ
      l  / l\         l /  ____ ヽ   !  ! ヾ、
      j ./ l!  ー- _ ノ {   |     |  }   l  |  )
   /´ /{!      /l    l   |     |  j ./|  ! /


       ____
     /     \     それに、この論文を見るお!
   / ⌒   ⌒ \     ポーリングはまだ答えには
  / -=・=-  -=・=- \  行き着いてないけど、時間の問題だお
  |      (__人__)      |
  \     |++++|」_キラッ/  このままじゃ"また"奴に先を越されてしまうお!
       `ー''´ l



             _
             //  ̄`ヽ
          /_ ,'     ',    コォーコォー
             j___Y´二 =‐-、l
          i!〔 _〕〔__,,]ヽ ∧               r‐‐、‐-y---、
          l 〈 仝、-/ ∨.∧ ___         k‐ ' ‐-ゝ-=≡
           └/,皿、〉彡-=ゝ-‐´ /´ ̄ヽ     ___r‐≡二'' ‐ 、 ) l
           ィ’--イ/ /  /´ ̄`'' ‐- 、,, -/´   ` ,-- ,,_ `ミヽ ノ
          r''´ / / / /__./         , ´ l!     ゝミ  `ヽ  ノ
          /   / /ィ´ ̄   l 、         ヽ       >- ,,__ノ
        l!-‐─''´ /     ∨ `¨''y、,,       \   /
        j!r──l/       ∨_,//  ̄¨''‐-----'\/
        l l.    l!          /   l |
        l !   l!          /   .l !
        l !__l!          /    l .l
       /l!----、            }       l .!
     /  l!__| ` ̄ ̄ ̄ ̄ 7      l l
    /   /     ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ l       ll

こうしてワトソンは一度はブラッグ卿によって中止させられていたDNAの研究を再開することに成功する。


再挑戦


    __
   /   \  そうとは限らないだろ
 /   _ノ  \ 常識的に考えて。
 |    ( ●)(●)         キリッ ____
. |     (__人__)           /\   / \  生物学で重要なものは
  |     ` ⌒´ノ          /(ー)  (ー) \  対になってるんだお!
.  |         }         / ⌒(__人__)⌒   \
.  ヽ        }     \     |    |r┬-|      | 今度は二重螺旋でやるお!!
   ヽ     ノ       \  \   `ー'´     _/
   /    く. \         \  ノ          \
   |     \  \    (⌒二                |
    |    |ヽ、二⌒)、        \        |  |


対になっている生物学的に重要なものとは性別や染色体のことだろう。結果的にこの見込みは当たっていた。


   / ̄ ̄\
 /  ノ ヽ、\  塩基を内側にしてみるのはどうだろう?
. |   (●)(●)|  立体化学的に考えて。
. |   (_人_)│
 |     ` ⌒´  |
  |           |
.  ヽ      /
   ヽ     /
   .>    <
   |     |
    |     |

      ___
    /ノ  ヽ、_ \    けど、塩基は4種類あるから、
   /(●) (●.) \  内側に均等に詰め込むのは
 /  (__人_,)    \  むずかしいお。
 |  l^l^ln ⌒ ´        |
 \ヽ   L         ,/  でも、考えてみるお
    ゝ  ノ
  /   /


    / ̄ ̄ ̄\    遺伝情報は複製可能な形に違いないお。
  /        \  二本鎖なら一本の鎖を元に
 /    ─   ─ ヽ  もう一本を複製するような
 |    (●)  (●) | 仕組みになっているのかもしれないお。
 \  ∩(__人/777/
 /  (丶_//// \

f:id:Mochimasa:20131104173553p:plain


..      ____      構造式から考えると
     / ―  -\    同じ種類の塩基は水素結合を
.  . /  (●)  (●)   形成しそうだお
  /     (__人__) \
  |       ` ⌒´   | これなら複製が簡単にできるお
.  \           /
.   ノ         \
 /´            ヽ


     1セットのDNA

      AA
      TT
      GG
      CC
      TT
      AA

       ↓ 分子をほどく

   A      A
   T      T
   G      G
   C      C
   T      T
   A      A

   ↓     ↓  水素結合を形成する同種の塩基を補うようにくっ付ける。

   AA  .   AA
   TA  .   TT
   GG     GG
   CC     CC
   TT      TT
   AA  .   AA

   2セットのDNA
      ____
     /_ノ ' ヽ_\    
   /(≡)   (≡)\  完璧だお
  / /// (__人__) ///\   
  |     |r┬-|      |   DNAの構造は
  \     ` ー'´    /   これで間違いないお!

しかし、翌日、、、、




               ,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,
         ,,--―'''""`ヽ'         ̄`ヽ、
        /        ヾ  /       ~`ヽ   構造式の間違いを間違いと
      /           ヽ;:  /"""ヾ   ヽ   見抜ける人でないと
     /        ;:;;:::''''   l /;:;;:::'''  \   i   
   /        /;:;;:::'''           ヽ  ヽ    (DNAの構造を解くのは)
   |         |               ヽ  |    難しい。
   /        ;/                ヽ ヽ
  /        ;:;:ヽ            ,,,,;;::'''''ヽ  |
  i          /  ,,,,;;:::::::::::::::       __ ヽ ヽ
  |          |  "   __ ::::  '"ゞ'-' |  |
  |          |.    - '"-ゞ'-' ::::::..      |. |
  |         ;:|           :::::::       | :|
   |         ヽ.         ( ,-、 ,:‐、   | | 
   |       /ヾ..                  | |
   |          |         __,-'ニニニヽ .  |  |
..    |        `、ヽ        ヾニ二ン"  /  |
     |         ヽ\             /  |
     |          l  `ー-::、_       ,,..'|ヽ./ 
     ヽ.        :人      `ー――'''''  / ヽ
     /;:;:;:;;:;:;: _/  `ー-、          ,.-'"   \ー-、
        ,.-'"  \:      \      .,.-''"     |
      /.     \        ~>、,.-''"      |
 ,,..-‐'''""        ヾ    ,.-''"|    /――――、/
       ジェリー・ドナヒュー (1920-1985 アメリカ)


f:id:Mochimasa:20131110000846p:plain

ワトソンとクリックは、ある論文に記載された塩基の構造式を前提に模型製作を進めていたが、ドナヒューはそれが量子化学的にはあり得ない構造だと指摘した。




     ____
   /      \
  /  ─    ─\    そんなの聞いてないお
/    (○)  (○) \  
|       (__人__)    |
/      |!!il|!|!l|  /
      |ェェェェ|


        / ̄ ̄\
      /   _ノ  \   それに、このモデルじゃ
      |    ( ●)(●)  『シャルガフの規則』を
     . |     (__人__)  説明できないだろ、
       |     ` ⌒´ノ  常識的に考えて。
     .l^l^ln        }
     .ヽ   L       }
       ゝ  ノ    ノ
     /   /     \
    /   /        \
  . /    /        -一'''''''ー-、.
  人__ノ       (⌒_(⌒)⌒)⌒))


シャルガフの規則とは、生物の種類によってDNAに含まれる各塩基の比率は異なるが、アデニンとチミンが等しく、且つシトシンとグアニンの量も等しいという経験則である。ワトソンの似たもの同士のモデルでは、特別な塩基配列でなければ、この規則を満足することはない。文章を書くときに特定のアルファベットと別のアルファベットの数が等しくなるようにすることは不可能ではないが意図して数を調整しない限りそういうことは希にしか起こらないのと同じだ。


     / ̄ ̄\
   /   _ノ  \   第一、同じ塩基がペアになるのは、
   |    ( ー)(ー)  ありえないだろ、
.   |     (__人__)  立体的に考えて。
    |     ` ⌒´ノ
   .l^l^ln      }
.   ヽ   L     }
    ゝ  ノ   ノ
   /  /    \
  /  /       \
. /  /      |ヽ、二⌒)、
 ヽ__ノ

アデニン同士とグアニン同士は、チミン同士とシトシン同士のペアと比べて、大きいのでDNAの内側に隙間なく並べることができないという問題もあった。仮に無理やり隙間なく並べると全体が歪になってしまう。さらに、同種の塩基のペアができるのに、アデニンとグアニンのような異種の塩基のペアができないのはなぜかという疑問もあった。


       ____
     /      \
   /  _ノ  ヽ、_  \    
  /  o゚⌒   ⌒゚o  \  もういいお
  |     (__人__)    |  はじめからやり直すお
  \     ` ⌒´     /


"似たもの同士"のモデルが気に入っていたワトソンは未練を感じながらも、新たなモデルを模索した。
この時点でも発注した塩基のパーツが届いていなかったため、ワトソンはボール紙を切り抜いて塩基を自作する。



.        / ̄ ̄ ̄\   でっきるかな
.       / ─    ─ \  でっきるかな
     /  (=)  (=) ヽ
.     |    (__人__)    |  さてさてフフ~
      \   ` ⌒´  __,/
     /         \
   _/((┃))______i |
.. / /ヽ,,⌒)  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄(,,ノ \
/  /_________ヽ..  \
. ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


それを使って矛盾のない配置を模索していたワトソンはあることに気づく。




     ____
   /      \      ん? アデニンとチミンが対になると
  /  ─   ─\    グアニンとシトシンの対と
/    (●)  (●) \   殆ど同じ形になるんだお
|       (__人__)    |
/     ∩ノ ⊃  /    つまり、これは
(  \ / _ノ |  |
.\ “  /__|  |
  \ /___ /



f:id:Mochimasa:20131104195806p:plain*17

   ┏┓  ┏━━┓         ___         ┏┓┏┓
 ┏┛┗┓┃┏┓┃        /⌒  ⌒\.         ┃┃┃┃
 ┗┓┏┛┃┗┛┃┏━━ /( ≡)  (≡)\━━━┓┃┃┃┃
 ┏┛┗┓┃┏┓┃┃   /::::::⌒(__人__)⌒::::: \   ┃┃┃┃┃
 ┗┓┏┛┗┛┃┃┗━ |     |r┬-|       | ━┛┗┛┗┛
   ┃┃      ┃┃     \      `ー'´     /      ┏┓┏┓
   ┗┛      ┗┛                       ┗┛┗┛


アデニンとチミン、シトシンとグアニンが必ずペアになれば、必然的にシャルガフの規則を満足する。その上、この2種類のペアは、大きさがほぼ同じなので、立体構造的に歪になるおそれもない。そして、一方の鎖の塩基が決まれば、もう一方の鎖の塩基も自ずと決まるから、自己複製する分子としての生物学的要件も満たしている。



           / ̄ ̄\    これならイケるだろ、
         /  ー  ‐\  常識的に考えて。
         |   ( ●) ( ●)
         |     (__人__)
         |   )  ` ⌒´ノ
         |        }
       r⌒ヽrヽ,    }
      /  i/ | __  ノヽ        _____
     ./  /  /      ) __  .  / ー  ー\
     ./ /  /     //  \. / ( ●) ( ●)   早く模型を組み立てるお!
    /   ./     / ̄、⌒) /     (__人__) \
    .ヽ、__./     / ⌒ヽ ̄  |       ` ⌒´   |
        r    /     | /  \     i⌒\   /
      /          ノ    / ⌒ヽ, _.ヽ  .\/
     /      /    /   ./     |./ー、\   \
    ./    //   /i,        ノ    \^   .i
    /.   ./ ./  /、/ ヽ、_../   /      .  ヽ、__ノ
   i   /  / / | ./  //  /
   i  ./  ノ.^/  .ヽ、_./ ./ /
   i  ./  |_/      / /
   i /             ノ.^/
  / /             |_/
  (_/


二人は夢中になって模型を組み立てた。1953年の出来事だった。



       ●ヽ( ・ω・`)ノ●
       ●ヽ(・ω・`)ノ●
        ●(ω・`ノ●
         (・`● )
         (●  )ノ●
        ●ヽ(   )ノ●
        ●(  ´)ノ●
         ( ´ノ●
         ( ノ● )
         ●´・ω)
        ●ヽ( ・ω・)●
       ●ヽ( ・ω・`)ノ●
       ●ヽ(・ω・`)ノ●
        ●(ω・`ノ●
         (・`ノ● )
         (●  )ノ●
        ●ヽ(  ´)ノ●
        ●(  ´)ノ●
         ( ´ノ●
         ( ノ● )
         ●´・ω)
        ●ヽ( ・ω・)●
       ●ヽ( ・ω・`)ノ●

構造解明後



             ,、‐ ''"  ̄ ``'' ‐- 、
        /イハ/レ:::/V\∧ド\
       /::^'´::::::::::::i、::::::::::::::::::::::::::::\
     ‐'7::::::::::::::::::::::::ハ:ハ::|ヽ:::;、::::::::::::丶
     /::::::::::::::/!i::/|/  ! ヾ リハ:|;!、:::::::l
    /´7::::::::::〃|!/_,,、   ''"゛_^`''`‐ly:::ト
      /|;ィ:::::N,、‐'゛_,,.\   ´''""'ヽ  !;K
        ! |ハト〈  ,r''"゛  ,       リイ)|
          `y't     ヽ'        //
         ! ぃ、     、;:==ヲ  〃  おめでとう
         `'' へ、   ` ‐ '゜   .イ
              `i;、     / l
                〉 ` ‐ ´   l`ヽ
            / !       レ' ヽ_
         _,、‐7   i|      i´   l `' ‐ 、_ 


ウィルキンスは、ワトソンとクリックから論文の共著者になるように提案されるが、それを断固として拒否。それは、科学の進歩が科学者個人が名声を求めることによってではなく、科学者間の協調によって達成されるべきだという彼の哲学によるものだった*18



                ,. 、 ___
          __ ,./`ヽ´  `ー- .`ヽ__ __
       rイ´/             くハ`i
       レ'     i           `.V
       ,' /     ハ            ',
.      /! / //  /i  ヽヽ、  \   `ヽ ヽ.ヘ    おめでとう
     / レ1 i i  /十_- へ \-へへ ヽハ Viハ
.    / l ゝ.j k l ,イr1   \ j l rト、ヾノ ノ /  i
    / /i  i`r‐ヘ  t..」       t..」  i⌒iレ' i ',
   i / !  .l ト. ',.      i:     ,リイノ   l  ヽ
   l / /  / il \l     ー─'   /イ     l  ヽ
   i  /  /  il  ヽ.       / i .l  i    i    ヽ
   | / //    il   l\   /i  l l  l    ',    \
   レ //    il   .|   ー   |  i l  l    ヽ    ヽ.
   / //     il __ノ       |__  i ト、    ヽ \    ヽ
.  / //      /i/       ゝ.ト、 \     ヽ. ヽ    ',
  i //i    /   \    __ __/  `ー- 、    iト、 ヽ   i
  |.// l r‐‐ '      ヽ   /        >、   i| ヽ

ワトソンとクリックのモデルを知ったフランクリンは意外にもあっさりと二重螺旋を受け入れた。ワトソンは、この態度を以下のように評している。


この問題に関する彼女のこれまでの強硬な意見は、心得ちがいな女権拡張論者の感情のほとばしりでも何でもなく、一流の科学的考察に裏付けされていたことがようやくわかったのだ。

(引用元: ジェームス・D・ワトソン著 江上不二夫/中村桂子訳『二重らせん』 208ページ)


ウィルキンスとロザリンドの研究成果はそれぞれ独立した論文にまとめられ、ワトソンとクリックの論文と同時にNature誌で発表した*19*20*21



1962年、ワトソン、クリック、ウィルキンスにノーベル医学生理学賞が授与される。フランクリンは、この4年前にガンで死去していた。


                                             ¦
 *     ,. -─ ‐- 、               / ̄ ̄ ̄\     __j!__
      /レV:::::V\レヘ             / _ノ   ヽ、 \       ̄|! ̄
    `7::::::::::::::ハハ:ト、::::::::ハ           |   (●) (●) |       ¦           _j|_
    厶:::::/|/__  -‐'ニヘ::::|      .     |  (__人__)  |                    ̄|! ̄
     ノレ:N ´,z=ヽ  ⌒゙ リ、            |   `⌒´   .|               ____
      ´ ヽハ   ヽ_  ./ノ            |        }    *      /_― ' ―_\
       ヽへ、 マ_ノ ,イ             ヽ       }         /(●)   (●) \
          l  --' ト、              ヽ     ノ          /::::::⌒(__人__)⌒:::::: \
        / !    | \      十     /ゝ ''''''/>\      |     |r┬-|       |
      -‐ 7 _/ 、 , - ト、 | > ._        / イ(,,,/  / ヘ      \    `ー'´    /
   / | __/V´ |-─‐ノ `  \__/`ヽ     / l  | Y  |  / l ヘ     /    ,イ(, ,,)/>  \
  /  | l   /';::::「//       /  |     ( |  | :、 |  /  |  )    ( l  ヘ |:Y |  /   l )


なお、この年のノーベル賞化学賞は、タンパク質の一つヘモグロビンの構造を解明したマックス・ペルツとジョン・ケンドリューに与えられた。二人はいずれもブラッグ卿率いるキャベンディッシュ研究所の研究員であり、この年はブラッグ卿の門下から計4名もノーベル賞受賞者が生まれたことになる。


一方、ブラッグ卿のライバルであり、DNAを巡る競争には敗れたポーリングは、同じ年のノーベル賞平和賞に輝いた。


         ,ゞ'⌒ヽ、
   rヘ、_ヾx'"ゝ、>、ゞヾミヽ
   ゝ、>ミヽゞr'⌒゙ミ ;⌒)='⌒ゞ
   彡\ヽ、): :;'x:i;ヲ;゙_kiテ,ミγ~
     ;'~V;;:. '^ーノ'ヽ-:i-) ヽ
   /゙ ヾミ>、_;;::゙'ー-=;'イ'
 ./~   、 ヽ.ヾ#i>ーi~゙^,ゝ   ,.r-っ'ゝ
 ノい   ゙ヾ \ニ ニン_,イ^─-^' r'~~
 ( i\ `ゝ   `^ ̄6)~ ̄フ j; j;^ヽ,
  j   ヾ、       ^|T‘yフ,フrγ
 ,>、   \      |i|  / ノ
∧      ~゙=ー-っ  Y ///
ヘ \       /   !/ /|
 | \\_    (.    / /|│
 〉     \     /.ノ |i_〈
 \_ r-'^ヾ.ヾ,~Tニ-/ /ヾヾ.ヽ,
   ~゙ti-^ti'^ti'┘ / /ti'^ti^ti

これは彼の反核運動が評価されたものであり、彼にとっては化学賞に続く2回目のノーベル賞受賞となった。

参考文献

二重らせん (講談社文庫)

二重らせん (講談社文庫)

熱き探究の日々―DNA二重らせん発見者の記録

熱き探究の日々―DNA二重らせん発見者の記録

二重らせん第三の男

二重らせん第三の男

次回はゲノム編

             __
            ./| .|
            / .|. .|
            | ̄ ̄ ̄|
           / ̄ ̄ ̄\
         / ─    ─ \   サービス
        /  (●)  (●)  \  サービス
        |    (__人__)    |
        \    ` ⌒´.    /
       _| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|_
      /\  ̄〉 ̄ ̄| ̄ ̄〈 ̄ /\
     |   \〉    |    〈/   |
     |    |   .| ̄|   |     |
     |   \|    |. |   |/   |
     |    \   | |  /     |
     \     |~|⊃ ⊂|~|     /
     / \   | | .∪ | |   /\
   /    \  | |===| |  /   .\
   .|       \|_|  ||  |_|/      .|



乞うご期待。

*1:© Schutz (2006) http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Crick-stainedglass-gonville-caius.jpg CC-BY-SA-2.5のライセンスの下に公開。http://creativecommons.org/licenses/by-sa/2.5/deed.ja

*2:モーリス・ウィルキンズ著 長野敬/丸山敬訳『二重らせん 第三の男』89ページ

*3:ただし、シュレーディンガーは結晶を1次元的な配列として限定していたわけではない。

*4:化学的に安定で永続的な構造をとっているという意味で、シュレーディンガーは分子と結晶、固体を同一視していた。

*5:大波が岩礁に打ち寄せると、複雑な小波が生じる。このときの小波が作り出す紋様は、岩礁を構成する岩々の配置を反映している。従って、いくつかの仮定に基づいて、小波の模様から岩礁の地図を作ることができる。この例え話で、大波は入射するX線、小波は回折光、岩岩の配置は原子の配置に相当する。

*6:最近ではフィルムではなくむCCDを使用することが多いようだ。

*7:巨大な分子、あるいは一定の構造の繰り返しでできた巨大分子。DNAも高分子である。

*8:ジェームス・D・ワトソン著 江上不二夫/中村桂子訳『二重らせん』48,39ページ

*9:ブラッグの法則存在自体を知らなかったのか、内容を理解していなかっただけなのかは分からない。いずれにしても驚きだが。

*10:一方、ワトソンは飛び級しているので博士号を持っているのにクリックよりも一回りも若い。

*11:フランシス・クリック中村桂子訳『熱き探求の日々 DNA二重らせん発見者の記録』31ページ

*12:一方、ワトソンとクリックの模型では、リン酸基にマグネシウムが挟まることで、この問題を解決しようとしていた。二人のモデルは結果的には間違いだったが、DNAが酸であるという事実を一応説明しようとしているだけましだった。

*13:ただし、ウィルキンスは初期のB-DNAの写真をワトソンはフランクリンの講演で見ていたと主張している。(モーリス・ウィルキンズ著 長野敬/丸山敬訳『二重らせん 第三の男』229ページ)

*14:フランシス・クリック中村桂子訳『熱き探求の日々 DNA二重らせん発見者の記録』166ページ

*15:モーリス・ウィルキンズ著 長野敬/丸山敬訳『二重らせん 第三の男』228ページ

*16:モーリス・ウィルキンズ著 長野敬/丸山敬訳『二重らせん 第三の男』207ページ

*17:現在はグアニンとシトシンの間には3本の水素結合があるとされるが、当時は2本だけだと考えられていた。

*18:と本人は言っている。(モーリス・ウィルキンズ著 長野敬/丸山敬訳『二重らせん 第三の男』225、226ページ)

*19:Watson, J. D. & Crick, F. H. C. Molecular structure of nucleic acids: a structure for deoxyribose nucleic acid. Nature 171, 737-738 (1953). URL http://dx.doi.org/10.1038/171737a0.

*20:Wilkins, M. H. F., Stokes, A. R. & Wilson, H. R. Molecular structure of nucleic acids: Molecular structure of deoxypentose nucleic acids. Nature 171, 738-740 (1953). URL http://dx.doi.org/10.1038/171738a0.

*21:Franklin, R. E. & Gosling, R. G. Molecular configuration in sodium thymonucleate. Nature 171, 740-741 (1953). URL http://dx.doi.org/10.1038/171740a0.

やる夫で学ぶ遺伝子・DNA・ゲノム ~メンデル編~

「遺伝子」・「DNA」・「ゲノム」は、いずれも現在の生物学における超重要キーワードだ。これらのキーワードは互いに深く関係しあいながら、19世紀から21世紀の生物学史を彩ってきた。本シリーズでは、科学者たちの活躍を通して、これらキーワードの発見の経緯や意義を概説する。


第1回のテーマは遺伝子。主人公は、遺伝子の概念を確立したグレゴール・メンデルである。


ダーウィンに突きつけられた難問

言わずと知れたチャールズ・ダーウィンは、1859年に著書『種の起源』で自然選択説を発表した。

     i'´ ̄ ̄``i      .__________
    ======、    | 子孫を残すのに有利な変異が
 ,-、 ∠从_人__从 \N   . | 親から子へ伝えられて生物は
 ! ∨У(O  (O Ч!l ミ < 進化するんですぞ。
 \ |/./⌒⌒\ Ч~ ミ  | 遺伝がシンカを
  `| | v.合.v |/ |ヾ ..| 発揮するなんちゃって!
   |i ∨   `i"__/从   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
    V l i l i l i l  V V
    V\!i.!i/__VV
     (__E0ヨ~(___)
        (_ \
チャールズ・ダーウィン(1809-1882 イギリス)


ダーウィンの進化論は遺伝現象を前提としている。そして、同時にそこが弱点だった。そこに噛み付いたのが、エジンバラ大学の工学者フリーミング・ジェンキンである。

       \
 お そ .い ヽ             
 か の や  |            /
 し  り  `  ,. -──- 、     . | 有利な変異が生じても
 い .く   /   /⌒ i'⌒iヽ、    | 大多数の普通の個体と交雑したら
    つ /   ,.-'ゝ__,.・・_ノ-、ヽ  . | どんどんその性質が薄まって
    は i ‐'''ナ''ー-- ● =''''''リ    |  しまうじゃないか
      l -‐i''''~ニ-‐,....!....、ー`ナ    \_________ 
 ̄ \ヽー' !. t´ r''"´、_,::、::::} ノ`  
    ヾ、 ゝゝ、,,ニ=====ニ/r'⌒;   
       i`''''y--- (,iテ‐,'i~´,ゝ'´    
       .|  !、,............, i }'´    
     ●、_!,ヽ-r⌒i-、ノ-''‐、    
        (  `ーイ  ゙i  丿   
        `ー--' --'` ̄       '"
フリーミング・ジェンキン(1833-1885 イギリス)


ジェンキンの遺伝に関する考え方は、今日では混合遺伝とか液性遺伝と呼ばれている。この考え方では、遺伝現象を量的なものとして捉え、個体の性質は液体を混ぜるように交配によって混ざっていくものと想定している。
ジェンキンのツッコミをこの流儀で言い換えれば、

透明な水を貯めたバスタブに赤い色水を入れても、水が混ざれば全体がほとんど透明になってしまう。進化によって新しい種が生まれるということは、一滴の色水でバスタブ全体の水が真っ赤になるというのと同じくらいあり得ないことではないか?

ということだ。*1

今日でも私たちは遺伝について語るときに、慣用句として「血統」とか「血が濃い」と言ったりする。これも血のような液体が遺伝を担っているという素朴な想定に基づくものではないだろうか。ジェンキンの疑問は、当時の人間にしてみれば至極当然のものだったと思われる。

ジェンキンの批判に反論するためには、遺伝についての正確な知識が必要であった。しかし、当時の科学者で、遺伝の本質について理解しているものは皆無だった。ダーウィンも例外ではない。*2



当時、確実に例外だったと言えるのは、グレゴール・メンデルだけである。

科学者神父メンデル

偉人伝にはありがちなことだが、メンデルは現在のチェコに相当する地域の貧しい農家に生まれる。そして、周囲の協力もあって、苦学の末、オモロウツ大学に学ぶ。
現代人から見て意外なのは、彼の就職先がブルノの修道院だったことだろう。

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   グレゴール・ヨハン・メンデル(1822-1884 オーストリア帝国・オーストリア=ハンガリー帝国)

*3




幸運だったのは、修道院の院長がメンデルの着任以前から遺伝現象の重要性に着目していたということだ。

    ,. -―- 、                       ,.<!!!!!!!!!!!!!!!!7ム         /       \
  /       \                  /ミ゛       """"''ニヘ      /  肝  遺 品 ヽ
/ . 君   グ    \                   /ニ ,. -‐、ヽ   _,.=、 ミハ      /    要  .伝 種  ',
 や に  レ     ヽ                 iミ ィェニエョ /  フ´ィ、ヽ∨     /    . だ  .の 改  }
 っ は  ゴ      }             r´|  ̄" ̄/.::.  `^=' yヽ   {   .  . .  研 .良  }
 て そ   |      }            { {r|     <ヽ ゛     ハ }   ',  .      究 に  ,
 も の  ル     >            ヽヘ!     ` ^     ,'/ /    ヽ       が  は   /
 ら 研  君      /                 ヽ!   'ー-―――'` rイ     > ,          /
 う 究   、  /   rr=-、           ∧   ー―‐-ッ  ∧{゛     ´ , -≧ーr-――'´
\  を     /    ||  .| ィvヘ_     //ヘ         イミミ}      ム彡r=三
  `ー―--―'´       ||  .| 7,  Σ    }ハ{ | ヽ      / |≧ハ__ェ≦彡ノ三
            ,ォェ、 ||ー-.| "vー"`    '{  | ',ヽ     /  |_/ミミ三三三≦三
           {   イ|  .|    ,. -、    _,ェ」   `ー‐´     |ミミミミ≧三三三≦
       r―r―}、_イi|   {   /  ム   f―--ム__,.====}}}}}}}}ミミムミ==
        {__i  |i  ̄ } ,. -く /  /r',、,、r‐_L   ||  |||    {__ムヘハ三≦
                       修道院長フランツ・ナップ (1792 - 1867 )



 、-≦_ー‐  -=ニ`ー、ヾ,ヽヽト、ヾヨヽ'i Y,r‐'‐イ
  〉三_‐_´_ `ミ、_ヽ`ミト、ト_ミ;;W_ヽi リ∠'-三!,
 彡ラ'_´-_‐' -‐三ミー_-ミミr'    `"┴ミミミ≦
  〃彡-_ ,-__ヽ≡_-ヾミ{_        ト\、!
 ム,∠/-,-',,.-, |彡_/~~≡_      |ハ!ヾ'
  }三三{ /) ト'、'、   `ー‐-'_、  ,   ! 
 . f三三ム !r'(   ヽヽ、  、 r-、ミヾi|!|,-|
  f三シ´ } y'/    \`ヽ,ヾ|!、 !ヽミリソ|Z!
 ノ彡゙  ヽッ';:;;:、     \ `ヾ≧キ};==iリ
 :゙     /;:;:;;〃_,,、_    `ヽ{_ノ'-'   !
 ヽ,  i  /;:;:;=、´,=ト、゙_      ,.-、.   i
 ヽヽ,i'  i',彡;:;,   ゙トy_`,ー-..、  ト、,._  〉
  ヽヽ,  \レ: .:,  `'ヽ'、'w,_ `ヽ、〉"
 、 ヽヽ,   `に;;::;   、 `ヽ_~)'r'´   御意
 ヽ  ヽヽ   ヾrシ   ヾ_-ァ‐'   
  ヽ  ヽヽ   ヾfシノ, , 〃/
   ヽ  ヽ\_,..-ヾカソノソシノ`ヽ、
    ヽ、_ソ/)、  `\´     `ヽ
    ヽミ_-' / ノ\   \      |
     ヽ  ̄ ´  \   \.


当時の修道院は研究機関としての性質も備えていた。その意味では貧しかったメンデルにとって堅実に働きながら学問をできるいい職場だったと言えるかもしれない。*4


メンデルが修道院に入ったとき、植物園の管理を任されていた先輩修道士がいた。

                   ,  ――― 、
                   /         \
                /           ',
                  {            } グレゴール君、
                 |              l  この帝国は最悪だ!
                 〈ヽ ィ==z   ,ー==-、  ィ' 〉
                } ! '-zェx ー' xェァ-'   } /
                ーl   ー´ i   ー    ,-'
               ,.....-―ヘ  / ー'`ヽ    /ー- 、...
         ,...:::::':::::::::::::::::::::::::ヘ _ィニニ=、_,   ノ::::::::::::::::¨::-- 、
       /:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::\ ー―' , <::::::::::::::::::::::::::::::::::ヽ
        /:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::: ̄ ̄::::::::::::::::,.-、::::::::::::::::::::::::::',
.       /::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::f: : :X:::::::::::::::::::::::::}
      /::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::`¨ヽ丶::::::::::::::::::/
.     /::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::ヽ\:::::::::::/
    /:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::\ヽ::::/
  /::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::} }::{
          マトウシ・クラーツェル(1808-1882)


当時、ブルノを中心とするモラビア地方は、オーストリア・ハンガリー帝国の支配下におかれていた。クラーツェルは、その支配に反抗し、独立運動に関わっていたのだった。修道院には科学者から革命家までが揃っていたことになる。その意味でも、当時の修道院は(一昔前の)大学のようなところだったのかもしれない。

                   ,'⌒,ー、           _ ,,..  X
                 〈∨⌒ /\__,,..  -‐ '' " _,,. ‐''´
          〈\   _,,r'" 〉 // //     . ‐''"
           ,ゝ `く/ /  〉 /  ∧_,. r ''"
- - - -_,,.. ‐''" _,.〉 / /  . {'⌒) ∠二二> -  - - - - - -
  _,.. ‐''"  _,,,.. -{(⌒)、  r'`ー''‐‐^‐'ヾ{} +
 '-‐ '' "  _,,. ‐''"`ー‐ヘj^‐'   ;;    ‐ -‐   _- この帝国は最悪だ!
 - ‐_+      ;'"  ,;'' ,''   ,;゙ ‐-  ー_- ‐
______,''___,;;"_;;__,,___________
///////////////////////


結局、クラーツェルはメンデルが修道院に入ってから5年ほどで、当局から逃れるために渡米してしまう。かくしてメンデルはクラーツェルの管理していた植物園を任されることになった。

法則の発見と頓挫

修道院の植物園でメンデルが栽培し、実験材料としたのがエンドウマメだった。
今日ではよく知られているようにエンドウマメは、遺伝の実験の材料にかなり適した性質を備えていた*5。しかも、メンデルは本格的な実験に入る前に、エンドウマメの品種を注意深く選択し、その系統内で何度かけ合わせをしても性質が変化しない系統、すなわち純系の系統を複数確立していた。植物を材料にした交雑実験はメンデル以前からも行われていたが、メンデルだけが成功したのはこの下準備のためだったと言われている。

そして、彼は純系間、その雑種間の交雑実験から実験からある事実に気がつく。

  フ彡三ニ==-ミミミミミミWミW杉彡彡三ニ==彡W彡イN
 彡彳ニ彡''´ ̄ ̄ ̄¨`ー=≠=─''¨ ̄ ̄ ̄¨`'''ァ>ヾミシ  子葉が黄色い品種と緑の品種を交配すると、
 Σ彡 イ ::::::::     、  i li           Zミミ三ミ   次の世代の子葉はすべて黄色となった。
  彡 彳リ ::::::::   \  ヾ {;! } z= ,ィ  ,    ヾ彡 ,Zノ
  ゞ  /! -==ミ ー- ヽ } i!  //  /,ィ==-  }ィ ./   その世代の個体同士をかけ合わせると
  Y⌒}! '':::::::>'' ̄ ̄`ヾ\|..i!../ ,z三≦─ 、   .レ⌒!   その次の世代では黄色と緑が
   ! }ト|\__{{弋 ̄t__ァ-z}ハ;;;;;;;;;;Y x t__ァ ̄フ}}__/! il リ   それぞれ6022株と2001株。
   ! i! i ::::人 `ー ==以 ノ ̄ {! ミ== ─''´ ノ   |! {!
   ヽⅵ :::::: ゝ ___ /::    ト\ ___ /   | ノ    これは、ほぼ3:1の比率だ。
    ヾ! ::::::    ̄ ̄.::::::::i    ! ヽ  ̄ ̄     ,;/´
    ,从;;,,:::::     ...:::i . : |    ! ::..      .;∧      これはどうしたことか。
  /:::::ハ;;,, ::........::::::::::::ヽ::::i   .ィ..::        ,,;;;i::::::\


この結果は、明らかに液性遺伝では説明がつかない結果だ。液性遺伝が正しいなら、子葉が黄色い品種と子葉が緑の品種を掛けあわせれば、次の世代は両者の中間の黄緑色になるはずだ。
それに第一世代の雑種はすべて子葉が黄色なのに、その掛け合わせで黄色と緑の両方が生じるのは妙だ。黄色の色水どうしをいくら混ぜあわせても、その混合物は黄色にしかならず、どうやっても緑色の色水は作れないのだから。

、ー-、=ミ 、\ヽゝ、  〃
>≧ ` ー-、ヽ :. `Y jイ
    ̄`ミ .、   \  リ ハ
´/  Zー- ミソヘシヽ .!__ノ
彡'´ 彳´ ゞ=ミ、 ヽK, ノ┘
/ノ     .>=ミj i|j,イ彡,.     |  ギュピーン
Y´ ̄ヽー-<!    !__,:'⌒Y    _ 人 _
.j }::)   ::. ゝ-- ' 人__.ノ.      `Y´
ヘ.ゞノ rヘヽ  Y、  〉/        |
j,:`リ    ト、_____`二,' 
::レ゙     \+-+-+-{     植物の特徴は、
ミ:.、   `ー ̄:..´ ̄,ノ     遺伝を支配する"因子"の組み合わせによって決まるのだ!
"'''- .._ヽ彡ソ,, ,,, ,,, ,|
////// >z、`ー=チ
///////////>z、\
/////////////} |/
ー.、//////////| |}、_
///\////////ハ :./// ̄\


メンデルの考えで重要なのは、遺伝現象を液体の混ぜあわせではなく、親から子へ受け注がれる"因子"の組み合わせで説明しようとしたことだ。ここでいう因子とは、今日で言う遺伝子である*6

このメンデルの理論では遺伝の実体は粒子状の存在と想定されるため、粒子遺伝と呼ばれる。

メンデルの説によれば、母親と父親から1個ずつ、合計2個の遺伝子が受け継がれる。両親から受け継いだ一対の遺伝子は相互に混ざり合うことなく、次世代へと受け継がれていく。これは、ダーウィンがジェンキンに突きつけられた難問の突破口になるものだった。変異により生存競争に有利な遺伝子が生じた場合、それが少数であっても薄まらずに親から子へと受け継がれ、他の遺伝子をもつ個体よりも効率的に子孫を増やして行く。その結果、何世代も後になれば、その遺伝子が集団の中で優勢となり、古い遺伝子を持つ個体に取って代わることもありうるというわけだ。

1866年、メンデルはブルノ自然学会誌*7にこの研究成果を発表し、その論文を植物学者カール・フォン・ネーゲリに送った。

             ,,ト、,, ,,ィ ,ィ
           _,,-;" '' ゛''" ゛';__
           ヽ/""゛゛''`';, ノr´)    ふーん。
          ,;'゛/__   _ "iヽ;ミ    エンドウマメで
          ,,'"|( d  /oノ ド゛ `ミ   遺伝の法則を発見ときたか。
         r ";,| ▼    ド゛ `ミ
        (`ヽ';ヽ_人__ノ  /  ,,ミ゛、
         ヽ、 '';,i⌒⌒  /   リ  ヽ、
         /` ィ'r`''''""´  ,,ミ゛    |
        /   | ゛r、ノ,,トリ'"  i    |
      彡三三ミY彡三三ミ\--、    |
       \    \\    \E |    ノ
カール・フォン・ネーゲリ(1817-1891 スイス・ドイツ)


ネーゲリからの返事は芳しいものとはいえなかった。

       _,,;' '" '' ゛''" ゛' ';;,,
      (rヽ,;''"""''゛゛゛'';, ノr)
      ,;'゛ i _  、_ iヽ゛';,    お前それ
      ,;'" ''| ヽ・〉 〈・ノ |゙゛ `';,    ヤナギタンポポでも同じ事言えんの?
      ,;'' "|   ▼   |゙゛ `';,
      ,;''  ヽ_人_ /  ,;'_
     /シ、  ヽ⌒⌒ /   リ \
    |   "r,, `"'''゙´  ,,ミ゛   |
    |      リ、    ,リ    |
    |   i   ゛r、ノ,,r" i   _|
    |   `ー――----┴ ⌒´ )
    (ヽ  ______ ,, _´)
     (_⌒ ______ ,, ィ
      丁           |
       |           |


ヤナギタンポポ*8は、タンポポのような集合花をつけるキク科の植物である。ネーゲリは、このときすでにヤナギタンポポを材料に遺伝の研究を行なっていたのだった。

 ;";;
 i'''''l                     i;;;ヽ;ヽ;ヽ;l /;;/;;;;;i
 (,,,,,,)      ,,,. ;;;";;;i''i''i3,,,,,      丶ii;;;i,;;;;;;;;ii;;iノ
  ヽl ..|ヽ   ,ε,'',,ヽ/ 丿 ;;;; 3;         (,,,,,,,,)
  ヽl, | ヽ  ,;ε -- ";;;;;;;;;;;_ ;3       //
   ||| ll ヽ  ,ε;; 丿l ヽ  ;;__3       //
    ||,,,ii  ヽ  ヾ'''/,,,ヽ,,i;;ヽ,i         //       />
/||\||i ll   i     | |          //     /;;;/;
ミ ||  ||| ||  i      | |    "     //  ,,,/ ミ -i
ミ |  ||| ii  ,|,,     | |        // /  /,,,,,,|
;; ii   || ii  |,,,    | |       // ;ヽ/;;;;;; ,<
 |i /||l  ii  i    | |      ///,,,,../ / /
 || | ||'''l  ii  |,,,  | |     //丿 /  i  |
ヽ/,,,,> ||'ヽ  ヽヽ |,  | |    // / /  ,,lヽi
i || i| || l   ヽヽ|  | |   //  / / / 
ヽヽ/ |l  7,,,,,,,,,,,,,ヽヽ, | |   //  / // /


そして、ネーゲリはヤナギタンポポではメンデルが得た結果とは別の結果が得られるだろうと述べている。おそらくは自分結果が正しく、メンデルの結果は何かの間違いだと考えたのだろう。


ネーゲリからの手紙を受け取ったメンデルは、素直にヤナギタンポポを材料に遺伝の法則を証明すべく実験を開始した。当時名の知れた学者だったネーゲリを納得させることが自説を学界に認めてもらうための近道だと考えたのかもしれない。

          _灸ヽヾヽi ヽ`´゙´´` r -,
          ,> ,r´ ̄`゙´ヅ´`´々, ´゙;,
         彡;.゙           ヾ, ミ
        .ミ . i! ,: =ニヽ、  ,r=ニ=;,. ゙;彡ソ
        ;`7/゙r∥_,r=-, i|=|i´,r=ヘ`li,. ;彡>,   今日もヤナギタンポポを
        彡l ,:/ヾ_゙ _ ._ノ .|l|.ヾ=,. _ ノヾ`ミソ   人工受粉する日々が始まるお!
        i!ヽヾ´   ̄ /∠_ヾ、  ̄ヽ` `;/!ミ
        liゝ|       |ソ |三|ヽゝ  ヽヾ|/.:i
        |l :.|  ,r ,_  ____  _, 7 ,i, y゙
          ヾ.l/ ゙ ` ゙̄ー===―` ̄ ´ ゙ lソ
           i// , .          ヾ、゙,!
          ト、// /,. .il||!. ,. liヾ i!イ
           _,r┤  > 、i!ll|||||||lli!l.|l/.i!ト:、
       /゙ ,/゙ ̄ ̄トミー―゙ノ ̄ヾ:y,,|  `ヽ、
      /   l::::::::::::::::::::i,     i!:::::::::::::`il    \


数年後、、、、、

斗./ > {             /.:  . :>ー---=ァ : : : : : : : : : : :::/ ,
 /イ }:!ハ    :.  .      .':/. /  .厶斗< : : : : : : : : : : / /. : : :
.   从f∧    ::.  ':.  i:  .:/ .イ  /   _ ; : : : : : : : : :/ /. : : : : : :    なぁぜだぁーー
.     ∧ ヽ :::.  :::' :!: .::゙ / >=ニ二三: : : : : : : : : :/ / ". : : : : :
      .ハ  ::.. :::.  ::i ::: " />ー-ミ < ∨i!: : : : / /. '. : : : : : : :    なぜヤナギタンポポでは
.      /ニ}_:_: .\:::. :! };:f /./〃 ffr,メ `ヽ ' .リ: ::/ //. : : : : : : : : :    エンドウと同じ実験結果が得られないっ!?
   /ニ二弐:≧_ハ '. 八:圦:{ .{{  ゞ=イ   》、V斗 /ー- --==ニ: : :
        :f゙  r-ミ:、ゝ-==ミハ >ー- -‐=彡弍 rくイ: : : > ー- . : : :
       .∧' ヽゞメ f{r-==云rx        ' }}/    . : :ー : : : :`ヾ    
        ∧:., `ー 抃i |ハ: : : }>      〃二ニ==-‐ : : :ー-ミ: : .
          \>.   ハ  ': : : >-≧=--=彡´. : : : : : : : : :>==ー
             /> ミ}  i: : : : : : : : : : : : : : : : : : : : :-: ": : >=ー-ミ
          /ニニニ≧{ ! | l: : : : : ,.⌒く::::::::::..=-‐ "  .: :/.ィ `i" :i__.j ヽ
.          /ニニニニニ::}:i l! l: : : : : :   ` <: : ,"  /:/f⌒i  |、ノf } /
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       /ニニニニニニニニ-ゝ-‐=≦ニ '" \ゞ`ーf⌒ヽ..リ、_/ゝ."   , . : : : ′
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メンデルは、遂にヤナギタンポポで遺伝の法則を証明することはできなかった。これには理由があった。エンドウとは異なりヤナギタンポポには決定的に実験材料には不向きな特徴があったのだ。

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それは"処女懐胎"だった。

実はヤナギタンポポでは、雄しべの花粉で受粉しなくても、雌しべの卵細胞だけで種子を作ってしまうという特異な性質を備えていたのだった*9
きっとメンデルは第一世代の雑種が均質にならないことに困惑したことだろう。メンデルが雑種だと思っていた個体の中には実は母親のクローンが混ざっていたのだから当然である。もちろん、クローンを除外して真の雑種だけを数えれば、遺伝の法則はヤナギタンポポにおいても成立するはずだが、ヤナギタンポポのこうした性質が知られるのはずっと後の時代になってからのことである。

その後のメンデル

ネーゲリに勧められたヤナギタンポポの実験に取り組み始めた翌年、メンデルを遺伝の研究へと導いた修道院長のナップが死去する。メンデルは彼の後任として修道院長に就任することになった。これは今日の大学で言えば、大学教授が学部長や学長になるようなものだ。組織人としてはキャリアアップでも、研究者としてはその逆で第一線からは遠ざかることになってしまう。

さらにメンデルにとって不運だったのは、メンデルが政府との揉め事に巻き込まれてしまったことだろう。

         _,,..
        /´・::`>
       /:::::(,,゚Д゚) <余は教会に課税する!
       |::::|     }ヽ
       し'     }J
        ゝ ,、 <
         ´⌒´ `⌒
   オーストリア皇帝・ハンガリー国王 フランツ・ヨーゼフ1世(1830-1916)


政府は教会への課税を定めた法律を制定するが、メンデルは不当なものとして猛反対する。

           ヽ
              j ,イ v1 /
    ね    気   ∨// レ/ // ノ
               トv'////∠/
   え    に    :| i l //く三三三ニ
               |// j^゛"ヾ;二二ニ=
   よ    入    :レ"´     \ヽ<´
              |         くヽ
  !!    ら     |    ___ ',
              .  i / ./ __ ヽ
            /  i !l// / ヾ、
            ハ  i l レl// ◎ ノノ }
              ∧ヽr' l {/ム===''´∠
\__  ___/::::..` `// _rr' ̄ ̄ ̄ヽ.     『...この帝国は最悪だ...』
;!:::::::::::::::∨::::::::::::::::::::::::: 〈/ / {{o  ー、 }}
i{  \_rr' ̄ ̄ ̄ ̄ヾ,__V/ヾニニニニニ〃
ヽヽ_,; (。{{      c} }7 ̄く   ゞ、_ \ ヽ!
 >>-、¨ヽニニニニニニソ    ヽ i   __\ |
/::::/:::::::',: : . .      l     /   ,ィ7l`;
::::/:::::::::::|ヽ; : ; ,    ` -― ' -' ¨,イ/ ; :
::7:::::::::::::|::: \: : . ;    ,-―'´  +'// ; : :
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::::::::::::::::::ヽ;::....l  \, ,:  二二二二´ , ; : :ノ
:::::::::::::::::::::::\ ',   ヽ:;;: ; ; ; : . , ;; ; : :; ; ;/三
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その強硬さは周囲からも精神疾患を疑われるほどで、抵抗は生涯続いた。

1884年、メンデルは腎臓病と心臓病のために死去する。62歳であった。

いわゆる"再発見"

メンデルがその説を発表してから30年以上が経過した1900年、それは始まった。

 「オオマツヨイグサで雑種の分離の法則を発見しました。」
           /  _〈 ___  _
            /-、´ ´  ̄ `ヽ、`ヽ`ヽ
         /´/`7´/ハlヽv^i_:,、:ヽ\ ヽ、      __
         / / / / l l:::::l l   l ヽ:\\ ヽ    //
       /  / / / /ll::::::::l l   l  ト、::ヽヽ l  /  〉
     // /l l /l /:::l::::::::::l l l l、 l ヽ:ヽ l l/  ∠
     //l /  l ‐l /、l{、::: l ::: , } l l l l l  ヽ:l l/  _/
.   〃 l/ l l l | l/ l| l:::ヽ_//l_l |l l l lヽ l/:ヽヽ _}
    /  l l l l{ ィtz、ヽ\:l_/ l//l`/l、l│ l l:::::::}/ }
    l  l l l lN トュj}     ォ宍z 、l/ l l l l l::::/ イ
   l  l l、lヽl ゞン     トヘ乞゚jヽl/l l l /::/ /
      l l ヽl   、    ヽ込タ. / /l/ /l/:/ { ヽ
      ヽl l ヽ  、 __    `   /イ / リ:/ 「   \
       l l l 、 ヽ ´      ノ_.// ´:/  j \ ヽ \
       l l l ヽ  、_    ´ l/ /7─-   _ \\ \
     /ニl l ヽ \    l    l  //::::::::::::::::::::::::`ヽ、 \ \
      //:::::l l \ \  l    {_ //     .....::::::::::::::::l\
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    l l:::::::::::::::` ー //       // ..:::::::::::::::::::::::::::::::::::/ /
   ユーゴー・ド・フリース (1848-1935、オランダ)


これを見て黙ってはいられない学者が二人いた。

               , -――- 、
              /       ヽ
              | ノ  ー    |   それっておかしくねぇ?
              |(・) (・)   |
              |  (      |    だってそれ発見したの、
              ヽ O    人     メンデルじゃん
               >ー-― ´   ̄ ̄\
  ⊂ニニ ̄ ̄ ̄ヽ  /              |
     くメ) _ノ  |  |  |        |   |
       (/  |  | /  |        |   |
          |  |/  /|        |   |
          |  ト  / |        |   |
          ヽ__/ |        |   |
     カール・エリッヒ・コレンス(1864-1933 ドイツ)

.              , ⌒ '⌒ヽ
              / .::::::::::::::::::::::.、
.           /.::::::::::::/ヽ:::::::::.、
       ー=彡:::::::::::/ __ _\::::::≧     へぇー
      ー=≦:::::rv'   (dd |::::ニ=-    この学説30年くらいまえに
        ー=ニ::::::::ト     _′ |辷シ    発表されてたよね
.         ´⌒八    `  / `ヽ.
           /\   _  ヘ   ハ    1年位前に自力で見つけたわ
.          ´   \       |  |i   
.      /         ヽ   |  ||     _
    /               ヽ  |  ||   ((__))
  /        、           ー'    「|    |: : : : :|
.  /\      }/           L!_ __l : : : n
.     \   /            |   / フYYリノ
      >イ                  | __  -┴'′
      \ |                「
.  \     \             |
.   丶、   \             |
      `ゝ   ヽ            ∠|
.       L〕j i l |       _ -=ニニ|
        |`ー'|ノイ-―=ニニニニニ| 
エーリヒ・フォン・チェルマク(1871 - 1962 オーストリア)


コレンスとチェルマクはそれぞれ独自に遺伝の法則にたどり着き、さらにその法則がメンデルによって発見済みであることを知って、自説としては発表せずにいたのだ。二人にしてみれば、自分たちと同じメンデルの後追いに過ぎないド・フリースに、遺伝の法則の発見者の栄誉を黙って与えておくわけには行かない。ただし、ほとんど同時期に執筆されたド・フリースの別の論文ではきちんとメンデルに言及されているらしく、本当は三人ともがその時点ではメンデルの研究のことを知っていたというのが真相らしい*10

さて、この三者による一連の発表は、しばしばメンデルの法則の"再発見"とされるが、この表現は微妙である。三人がメンデルの研究のことを知っていたことからも明らかなように、メンデルの論文自体が完璧に忘れ去られていたわけではないからだ。メンデルの論文は1900年以前にも複数の論文で引用されていたし、1878年に出版されたブリタニカ百科事典第9版のhybridism(雑種性)の記事でもメンデルの名前が挙がっている*11。メンデルの論文は"再発見"以前から忘れられることなく少なくない専門家に読まれれていたが、その真価が理解される環境が整うには1900年まで待たねばならなかった、と捉えるのが妥当と言えそうだ。

なお、コレンスはメンデルにヤナギタンポポでの実験を勧めたネーゲリの弟子であった。残りの二人も含め、実験開始前からメンデルを知っていて、それを参考にして"再発見"に至ったという可能性は排除できない。


ここで、冒頭のダーウィンの話に再び目を向けてみよう。ダーウィンが『種の起源』の出版は1859年で、メンデルのエンドウの論文の発表は1866年、ジェンキンのダーウィンへの批判はその翌年であった。ダーウィンは1882年に"再発見"を待たずして亡くなっているが、先述のように"再発見"以前からメンデルの研究を知る専門家が複数いた以上、ダーウィンがメンデルの論文を読んでその理論をより強固なものへと改良するチャンスが全くなかったということはなさそうだ。しかし、現実にはダーウィンは彼がメンデルの論文を読んだという記録は残っていない。

残っているのはこんなエピソードだ。

 ダーウィンの書庫には未開封のブルノ自然学会誌が発見されたとさ。
 そこにはメンデルのエンドウマメの論文が掲載されていたそうな。
  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄○ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
           O 。
                 , ─ヽ
________    /,/\ヾ\   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
|__|__|__|_   __((´∀`\ )< というお話だったのサ
|_|__|__|__ /ノへゝ/'''  )ヽ  \_________
||__|        | | \´-`) / 丿/
|_|_| 从.从从  | \__ ̄ ̄⊂|丿/
|__|| 从人人从. | /\__/::::::|||
|_|_|///ヽヾ\  /   ::::::::::::ゝ/||
────────(~~ヽ::::::::::::|/        = 完 = 


この話はいかにもドラマチックだが、最近の調査では彼の蔵書にブルノ自然学会誌があったという証拠は見当たらず、この話は噂の域を出ないものとされている*12

種の起源』で国内外のあれだけ多くの研究を引用し、またそれらに関して鋭い洞察力を発揮していたダーウィンのことだ。もしもメンデルの論文にたどり着いていれば、きっとその真価を理解して、、、、と"たられば"の話をしたくもなる。

参考文献

メンデル散策―遺伝子論の数奇な運命 (新日本新書)

メンデル散策―遺伝子論の数奇な運命 (新日本新書)

外国語の文献の調査はもちろん、現地に赴いてメンデルの生家の近くを流れる川のpHまで測定している!



種の起源〈上〉 (光文社古典新訳文庫)

種の起源〈上〉 (光文社古典新訳文庫)

種の起源〈下〉 (光文社古典新訳文庫)

種の起源〈下〉 (光文社古典新訳文庫)

ダーウィンは動植物の交雑実験の研究に何度も言及し、詳しく議論している。メンデルの業績をよく知る現代人からしてみれば、全くの後知恵とはいえ、メンデルの論文がそこに含まれていないことがむしろ不自然とすら思えてくる。

次回予告
              / ̄ ̄ ̄ \  ホジホジ
            / ―   ― \
           /   (●)  (●)  \  やる夫はいつになったら
           |     (__人__)      |   登場するんだお?
           \   mj |⌒´     /
              〈__ノ
             ノ   ノ
   ジェームス・ワトソン(1928- アメリカ)

次回、『やる夫で学ぶ遺伝子・DNA・ゲノム ~ワトソン・クリック編~』にご期待ください。

*1:ちなみに、ジェンキンが実際に使った喩え話は「黒人ばかりが住む島に白人が流れ着いたとしたら、何世代か後の時代には島民は皆、優秀な白人になるだろうか?」という論旨のものだった。白人は黒人よりも優秀だから、その漂着は有利な変異と同じだという理屈である。当時のイギリス社会の差別的"常識"をうかがわせる喩え話である。http://www.victorianweb.org/science/science_texts/jenkins.html

*2:ダーウィン自身は遺伝については独自のパンゲン説と呼ばれる説を提唱していたが、今日から見れば不十分な説だった。

*3:彼の名前のグレゴールは修道名であり、1843年に修道士になってから命名されたものだ。

*4:ただし、メンデル自身は教員志望だったようで、修道士になってから二度採用試験を受けたが不合格となってその道を断念している。

*5:栽培が容易で種子がたくさん取れたこと。歴史ある農作物なので、多くの品種が入手可能であったこと。竜骨弁という構造物のために他家受粉が起こりづらく、自家受粉が容易だったこと。等

*6:遺伝子Geneという用語を提唱したのは、デンマークの植物学者ウィルヘルム・ヨハンセンだとされる。http://archive.org/details/elementederexakt00joha 日本語の「遺伝子」が誰による訳語かは知らないが、粒子性を端的に表したセンスのある訳だ。

*7:日本語訳には文献によりかなりの揺らぎがある。原文はドイツ語でVerhandlungen des naturforschenden Vereins

*8:正確には、ネーゲリが実験材料として提案したのはHieracium属。メンデルはこの属の複数の種を用いて交雑実験を行った。http://www.genetics.org/content/172/1/1.full

*9:卵原細胞が正常に減数分裂して半数体nの卵細胞とならず、2nの卵細胞が生じて受精なしに発生が進んでしまうらしい。

*10:中沢信午『メンデル散策 遺伝子論の数奇な運命』135ページ

*11:http://archive.org/details/encyclopediabrit12newyrich 426ページ右側

*12:http://members.shaw.ca/mcfetridge/darwin.html

アメリカ人男性から未知のタイプのY染色体発見→Y染色体アダムの年代が塗り変わる

いわゆる"Y染色体アダム"に関する興味深い論文*1が発表された。この研究結果が直接的に示したのは、Y染色体アダムはこれまでの研究の推定よりも、かなり昔の人物だっただろうということだ。それ自体は予てからこの問題に関心をもっていた人でなければ、どうということは無いように聞こえるかもしれない。私が個人的に面白いと感じたのは、むしろこの発見の経緯とこの結果が示唆する人類の起源についての興味深い仮説の方だ。

"Y染色体アダム"とは誰か

この話を本格的に始めるとなかなか本題に入れない。ここでは簡単な説明に留めることにしよう。詳細で厳密な説明は、例えばリチャード・ドーキンス著の『祖先の物語』の上巻で確認してほしい。

祖先の物語 ~ドーキンスの生命史~ 上

祖先の物語 ~ドーキンスの生命史~ 上


Y染色体アダムとは、一言でいうと今生きている全人類の男性のY染色体の系譜を過去へと遡った時に最初に到達できる共通の祖先である。

従って、ちょっと考えれば分かることだが、アダムは固定された存在ではない。実は、男性で生殖可能ならあなたも将来アダムになる可能性がある。極端な例で言えば、あなたの実の息子以外のすべての人類の男性が滅んでしまったら、あなたは紛れもなくY染色体アダムとなる。逆に今まで知られていなかった"遠い親戚"の存在が明らかになれば、今までアダムだと思われていた過去の誰かは実はアダムではなかったと判明し、もっと過去の誰かをアダムと呼ばなければいけなくなる。

実は、本エントリーで紹介する論文は、まさにその"遠い親戚"が見つかったという話なのだ。

謎のY染色体は商用DNA解析サービスで見つかった

Y染色体はアダムから脈々とコピーされて現代の男性に受け継がれているが、コピーの精度は完璧ではない。したがって、生物が進化の結果としていくもの種に枝分かれしていくのと同じ図式で、ヒトのY染色体にはいくつものタイプが生じている。

最近では、商用DNA解析サービス*2を利用すれば、基本的には誰でもこのY染色体のタイプを知ることができる。しかし、カリフォルリア在住のアフリカ系アメリカ人Albert Perry氏の場合にはそうではなった。それは、彼が既知のどのタイプとも異なるY染色体をもっていたからだ*3

Perry氏のY染色体は、具体的且つ大雑把に言うと、既知のどのタイプのY染色体ともあまり似ていない非常にユニークなタイプのものだった。これは、既知のどのタイプの染色体よりも大昔に祖先のY染色体から分岐したということを意味する。模式的に表すとこんな感じ。


(枝の長さ、分岐の位置は適当。チンパンジーは本当はもっと離れている。)


こんなレアで特殊な染色体が外界から隔絶されたジャングルの奥地などではなく、カリフォルニアで発見されたことはちょっと意外だ。それも政府主導の大規模な研究プロジェクトではなく、個人がポケットマネーを投じて行う民間企業による解析によって、人類の起源という壮大なテーマに関する新事実が明らかになるとは*4

"アダム"は、現生人類ではなかった?

上図から明らかなように、Perry氏のY染色体のおかげでアダムはより古い時代へと遡った。著者らの計算によると33万8千年前*5と推定されている。これは、2011年に発表された推定値の14万2千年前*6を大幅に改定する数字だ。
この新たな推定値が興味深いのは、この年代が現生人類*7の歴史よりも古いということだ。これはちょっと妙な結果だ。私と弟の男系の共通祖先は、父であり私と同じ種に属する"人間"だ。私と従兄弟の男系の共通祖先も"人間"だ。もちろん、私とチンパンジーの男系の共通祖先が人間でないのは分かる。でも、私とPerry氏の共通祖先が、私たちと同じタイプの"人間"でないなんてことがありえるだろうか? 私もPerry氏も人間なのに。

著者らが提示する仮説は、私たちの祖先は大昔に現在は絶滅してしまった"別の人類"と交雑していたかもしれない、というものだ*8。私たちのDNAには、僅かながらも解剖学的に区別される"別の人類"のものが混ざっていて、Perry氏のY染色体が彼らに由来するとすれば、確かに新たなアダムの推定年代を矛盾なく理解することができる。

この説は確実とは言えない*9かもしれないが、それほどウソ臭くはない。まだ議論はあるにせよ、ネアンデルタール人のゲノム解析*10の結果からも、現代人の祖先と彼らとの交雑の可能性が指摘されている。

さらに、この論文の著者らは、Perry氏のY染色体の発見を受けてアフリカ人のY染色体を改めて調査し、カメルーンのある村でPerry氏と同じタイプの*11Y染色体の存在を確認している。この村から700 km離れたナイジェリアのある場所では、現生人類と古いタイプの人類の両方の特徴を持つ化石が見つかっていた*12というから傑作だ*13。ここまで来るとかなり大胆な推測と言わざるを得ないが、一人のDNAからここまでストーリーが広がるなんて、なんとも想像力をかき立てられる研究結果だ。

補足

id:u06nh氏は本エントリーのブックマークコメントで以下のように指摘している。

その図はその人がよりチンパンジーの祖先に近いって間違って捉えられかねん


なるほど、この指摘にはスターもたくさん付いているし、そうした誤解はマイナーなものとして無視することもできないと思う。きちんと説明しておこう。

結論としては、Perry氏が私たちよりチンパンジーに近いということはない。もしかすると、上の図は左ではたまたまPerry氏のY染色体を示す末端がチンパンジーのそれの隣にあっているために、そういった印象を持つ人がいたのかもしれない。しかし、系統樹上での距離、すなわち進化的距離は末端同士の距離ではなく共通祖先を経由して一方から一方へ行く際の道のりに相当する。例えば下図のオレンジの経路と緑の経路は、それぞれPerry氏のレアなY染色体とありふれたY染色体からチンパンジーのY染色体までの進化的距離を示すものだ。二つの距離に差がないことをお分かりいただけるだろう。

*1:Mendez et al., An African American Paternal Lineage Adds an Extremely Ancient Root to the Human Y Chromosome Phylogenetic Tree, The American Journal of Human Genetics (2013), http://dx.doi.org/10.1016/j.ajhg.2013.02.002

*2:私は[http://d.hatena.ne.jp/Mochimasa/20110625/p1:title=23andMe社のサービス]でY染色体のタイプがO2bであることを知った。一方、今回の発見の発端になったのはFamily Tree DNA社のものだ。

*3:http://www.newscientist.com/article/dn23240-the-father-of-all-men-is-340000-years-old.html

*4:どんな形であれ、遺伝的多様性が高いアフリカで同様の調査を行えば、さらなる発見があるのかもしれない。いずれにせよ、たった1件の事例が発見に繋がってしまうのがこの種の研究の面白いところだ。

*5:ただし、95%信頼区間は23万7千年〜58万1千年前。

*6:Am J Hum Genet. 2011 June 10; 88(6): 814–818. doi: 10.1016/j.ajhg.2011.05.002

*7:厳密に言うと"anatomically modern human fossils"

*8:この書き方は厳密ではない。ここでいう"私たちの祖先"も別の人類も、私たちの祖先なのだから。

*9:例えば、化石がまだ発掘されていないというだけで、実は現在知られているよりもずっと昔から現代人と同じ骨格を持つ人類は存在していたとすれば、古すぎるアダムを説明するために"別の人類"を持ち出す必然性はなくなる。

*10:Science 7 May 2010:Vol. 328 no. 5979 pp. 710-722 DOI: 10.1126/science.1188021

*11:厳密に言うと"似た"

*12:Harvati K, Stringer C, Grün R, Aubert M, Allsworth-Jones P, et al. (2011) The Later Stone Age Calvaria from Iwo Eleru, Nigeria: Morphology and Chronology. PLoS ONE 6(9): e24024. doi:10.1371/journal.pone.0024024

*13:素人考えながら、700 km程度の"近さ"で関連付けて大丈夫かという疑問はある。人類の起源の場所であるアフリカなら未発見のものも含めれば、そういう場所はそれなりの密度で存在するのではないか。

PC1台で誰でも参戦できる合成生物学のコンテストGenoConのすゝめ

GenoCon*1とは、理化学研究所の生命情報基盤研究部門が主催する"情報合成生物学"のコンテストである。 このコンテストは、過去に例を見ない斬新な試みであり大会自体の歴史も浅いこともあってか、残念ながら世間の認知度はまだそれほど高くないように思う。そこで本エントリーでは、専門外の人がGenoConに参加する取っ掛かりをつかめるように、その概要と魅力を解説する。なお、当ブログはGenoCon主催者とは無関係であり、当エントリーの内容は非公式なものであることにご留意いただきたい。

GenoConは何を競うコンテストなのか?

GenoConは、一言で言えばWeb上で有用な遺伝子組換え植物を設計し、その出来栄えを競うというものである。より詳しくいえば以下のような流れでコンテストは進行する。

  1. 主催者が課題を設定する。
  2. その課題を達成すべく、コンテスト参加者が植物に導入するDNA配列をWeb上のツールで設計し、成果物を提出する。
  3. 主催者側がそれらの提出物を審査し、その審査をパスすれば実際にそのDNAが合成されて植物に組み込まれる。
  4. 出来上がった遺伝子組み換え植物が課題をどの程度クリアしているかが実験によってさらに審査され、受賞者が決定する。


GenoCon2012のテーマは以下の2つ。

GenoCon2 課題 A: 組織/時期特異的な遺伝子発現をコントロールする人工植物プロモータをデザインせよ!
GenoCon2 課題 B: 空気中からホルムアルデヒドを除去して効果的に無毒化する機能を、実験植物のシロイヌナズナに付与するための塩基配列をデザインせよ!

(引用元: http://genocon.org/ja/challenges/)

現在、課題Bの募集はすでに終了しているが、課題Aは募集継続中のようだ。課題BではJavascriptによるプログラミングの知識がある程度必要だが、課題Aは主催者側が用意したCADツールを使ってプログラミングなしでDNAを組み立てることもできる。

GenoConの魅力

合成生物学のコンテストとしてはマサチューセッツ工科大学が主催するiGEMがすでに一定の成功を収めている。iGEMは、参加者が発案から遺伝子組み換え実験、発表までを行うという方式のコンテストだ。iGEMの大学生と院生に限られている。しかも、アメリカへの渡航費用も含めて参加費はすべて参加者持ちである。参加のハードルは大多数の人にとってかなり高いと言えるだろう。
一方、GenoConは参加者が行うのはコンピュータ上のデザインだけで、実験はすべて主催者側がやってくれる。高校生以上なら誰でも参加できる*2。さらに参加費は無料である。PCを動かすための電気代、必要な論文を読むための諸経費などは当然参加者持ちだが、渡航費用どころか外に着ていく服がない人でも家にネット環境とPCさえあれば参加可能である。

DNAのオープンソース

GenoConがiGEMと異なるところは他にもある。それはGenoConではDNAのデザインが基本的にはプログラミングによってなされるということだ。*3。これは元来研究者の経験に頼るところが多かった*4DNAの設計をプログラミング言語によって客観的に記述させる狙いがある。さらにGenoConに提出されたプログラムはクリエイティブ・コモンズ・ライセンスのもとで公開されることになっている。これには知識の再利用を促進するためだ*5。いわばDNAのオープンソースである。

DIYBIOとしてのGenoCon

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別のエントリでも紹介したが、アメリカでは自宅で分子生物学・遺伝子工学の実験・研究を行うアマチュア科学者たちが注目を集めている。一方、日本では法律上の制約により、一般家庭でこうした活動を行うのは困難だ。

GenoConは、設計と実験を分離し前者を研究機関に任せることで、日本の一般市民がバイオの分野に参画することを可能にしている。これは在野の分子生物学・遺伝子工学フリークにとって朗報だし、今後の日本のDIYBIOの活路はこうしたバイオインフォマティクス*6の分野にあるのかもしれない。

*1:公式サイトには「合理的ゲノム設計コンテスト」という正式名称(?)も書かれているが、ロボコンになぞらえてGenoConという愛称(?)が付けられているようだ。

*2:ただし、高校生は高校生部門、それ以外の人は研究者部門と別々にエントリーすることになる

*3:ただし、先述のようにGenoCon2012からはChallenge Aに関しては用意されたツールによるデザインも可能になったようだ

*4: どうやって異種の遺伝子を機能させるか、どうDNAを組み立ててれば狙った通りの機能を果たしてくれるか、うまく行かない時のトラブルシューティングは...といったノウハウは、研究室の先輩/教員から後輩への口伝によるところも大きい。それらのうちいくらかは論文や教科書に書かれていることだが、膨大な文献の中から有望な技術をピックアップし、どれをどう使うかとなると、人に聞くのが手っ取り早い。

*5:https://database.riken.jp/sw/wiki/ja/cria196s1ria196s5i/#QB5

*6:DNAを中心とする生物学的情報をコンピュータで扱う分野。生物情報学。

鳩山由紀夫元首相と日本ホメオパシー医学協会会長の由井寅子氏のファーストコンタクトが確認される。

日本ホメオパシー医学協会会長の由井寅子氏と民主党衆院議員の鳩山由紀夫元首相との接触が確認された。

由井氏はあの『毒と私』を鳩山氏に渡す

由井寅子氏は民主党の『統合医療を普及・促進する議員連盟』の会合に参加し、同議連の会長を務める鳩山氏に自著『毒と私』とDVDを手渡したそうだ。

由井会長からは会議終了後、鳩山前首相に、ホメオパシー治癒のエビデンスとしてホメオパシーでの発達障害など難病の治癒症例集のDVDおよびホメオパシーバッシングの真相を由井会長自身が執筆した「毒と私」を贈呈しました。

(引用: http://news.jphma.org/2012/09/95-ddab.html 強調は引用者による )


由井氏側の発表では『ホメオパシーバッシングの真相を由井会長自身が執筆した「毒と私」』とあるが、これは私がこの本を読んで理解した内容とは大きく異なる。私の理解によれば、同書は『死亡事故の責任を転嫁し、被害者のプライバシー*1を晒した怪文書』である。

政府・与党とホメオパシー団体との関係は変わったのか

これまでも民主党統合医療に積極的だった。2009年の政策集には「統合医療の確立ならびに推進」とする項目があったし、日本統合医療学会と政府・与党との間には双方向的繋がりが続いている*2。下記は2010年8月の時点で確認できた情報にもとづいて作成したホメオパシー団体と政府・与党を含む関係団体との相関図*3である。



重要なことは、この当時は、政府・与党と双方向的関係にあったのは日本ホメオパシー医学会と繋がりの深い日本統合医療学会学会のみだったということだ。当時は一方的に厚労省にアプローチするだけの存在だった日本ホメオパシー医学協会会長の由井氏が、今回はある程度双方向的なやり取りを行うことに成功した。これは新傾向である。*4


では、具体的には、どんなやり取りがあったのだろうか。由井氏側の発表によれば由井氏にも発言の機会が与えられ厚労省の担当者との間で以下のようなやり取りがあったらしい。

由井会長の発言を受け、厚労省の担当者からは、「エビデンスについては、RCTメタ分析だけでなく様々なグレードがあるとの意見を聞いており、ケースレポートでも一つのエビデンスになりうると思っている。」という見解をいただきました。今後、科学的な説明が難しい療法であっても、ケースレポートの集積で一定の評価が可能とされる流れになるのであれば、日本におけるホメオパシーの社会的地位も確保されるのではないかと期待されます。

(引用: http://news.jphma.org/2012/09/95-ddab.html )


また、今回の会合の位置づけ・参加者の選定方法は定かではないが、由井氏側の発表によれば、

通常は、この会合は厚労省担当者と国会議員のみの参加で行われるものですが、今回は8月6日に開催された政府の統合医療に関する第3回検討会についての厚労省からの報告が主要議題でもあり、漢方、アロマ、鍼灸、柔道整復、臨床心理、温泉など各療法に取り組む各療法団体初めて招かれました

(引用: http://news.jphma.org/2012/09/95-ddab.html 強調は引用者による )


とあり、直接的な言及はないが、由井氏の団体"も"招かれたとみなしても不自然な点は見当たらない*5。さらに、鳩山氏側も自身のウェブサイトにおいて、他の団体とともに由井氏のホメオパシー団体の名前を堂々と挙げている。

2012年9月6日、第12回 統合医療を普及・促進する議員連盟鳩山由紀夫会長)が開催されました。厚生労働省より「統合医療」のあり方に関する検討会についてのヒアリングを行い、ご出席賜りました関係団体の皆様と意見交換会を行いました。

出席団体(順不同)
一般社団法人日本統合医療学会
公益社団法人日本柔道整復師
公益社団法人全日本鍼灸マッサージ師会
公益社団法人日本アロマ環境協会
日本漢方生薬製剤協会
一般社団法人日本臨床心理士会
一般社団法人国際和合医療学会
一般社団法人日本温泉気候物理医学会
一般社団法人日本ホメオパシー医学協会
名古屋大学大学院 医学系研究科 統合診療医学

(引用元: http://www.hatoyama.gr.jp/activity/detail.php?id=119 強調は引用者による )


他の団体と同列に書かれているところを見ると、由井氏の団体だけが一般公開されている会合に押しかけて一方的に持論を披露したとは考えにくい。ただし、招かれたというのが単に"募集された"程度の意味で、鳩山氏は単に募集に応えて会合に参加した団体の名前を列挙しただけという可能性も排除できない。


結局のところ、今回の一件だけでは由井氏らのホメオパシー団体と政府・与党との関係が偶発的なものなのか、それ以上の意味を持つものなのかは判断できない。両者の関係がどのように推移していくのか今後も注視を続ける必要がありそうだ。

*1:正確に言えば、プライバシーともとれる情報である。述べられているのは由井氏側の一方的主張であり、事実かどうかは実に疑わしい。しかし、事実であれどうであれ、ああいったことを本に書くというのは信じられない無神経さと言わざるをえない。引用するのも忍びないほどだ。

*2: 最近では議連メンバーと共同で視察を行っている。http://imj.or.jp/news/110901.html

*3:相関図の詳細は http://d.hatena.ne.jp/Mochimasa/20100815/1281855817

*4:ちなみに、医師である帯津良一氏が理事長を務める医学会が医師等の公的資格の保持者にのみホメオパシーを認める立場であるのに対し、医師ではない由井氏らの団体は当然そうではない。両者は同じホメオパシー信奉者でも水と油だ。

*5:ただし、これが由井氏側の発表であることには依然として留意すべきだろう。